見出し画像

木箱記者の韓国事件簿 第8回 チャンギ空港の救世主(2)

 空港警察に連れてこられ事情聴取を受ける木箱記者。警察官は「名前と住所を書いて」と書類を差し出してきた。こういう時に思うのは、日本の旅券を持っているのに韓国の住所を書くのは怪しまれないのかということ。そう思ったところで韓国の住所を書くしかないのだけど。

 書類にソウルの住所を書いたのを見て同行していたカウンターの男性スタッフは、「え? 日本人なのに韓国に住んでいるのか?」とやはり不思議がる。「えぇ、仕事の都合で…」「すると韓国語はできるのか?」「えぇ、いちおう…」。この男性スタッフ、実は救世主だった。大韓航空のカウンターにいるだけに、韓国語ができるというのだ。完璧な韓国語ではなかったが、私のつたない英語よりはるかにコミュニケーションが進む。そしてここでようやく警察に来た真相が判明した。今回のケースはチケットの買い直しではなく再発行が適当であり、再発行をするに当たり手続き上紛失証明が必要なため、書類を作りにやってきたということだった。

 無事に紛失証明を獲得しカウンターに戻る。買い直しなら数万円の出費を覚悟しなくてはならないが、再発行ならどうにかなりそうだ。そう思ったのだが、意外と世の中は甘くないようだ。再発行の手数料として75シンガポールドル(当時のレートで6000円前後と記憶している)が必要という。旅の終盤であとは帰りの飛行機に乗るだけという状況で手持ちの現金はほとんどない。ポケットの小銭までかき集めて75ドルと数セントあったので再発行はどうにかなりそうだが、最後におみやげを買う余裕はなくなった。財布には1万円札が入っていたが、出国直前にわざわざ両替する気にもならない。チケットがない、お金がない、英語力がない、という三重苦をすべて解決してくれる神様は残念ながらいないようだ。

 小銭だらけで75ドルをそろえカウンターに差し出すと、奥から韓国人スタッフが現れた。大韓航空のシンガポール支店長(あるいは空港支店長)とのことだった。女性スタッフから今回のトラブルのいきさつの説明を受けた支店長氏は、「これはお客のミスではなく代理店のミスだ。お客から再発行手数料をもらうわけにはいかない」と無料で再発行をしてくれた。韓国語ができる男性スタッフも救世主だが、金銭面での負担をなくしてくれた支店長氏もありがたい救世主だった。

 いろいろ面倒はあったがこうして無事に飛行機に乗ることができ、使わずに済んだ75ドルでおみやげも買うことができた。機転を利かせて手数料を免除してくれた支店長氏には感謝してもしきれないほどだ。この一件のおかげで大韓航空にはいまも好感を持っている。ナッツリターン事件は当事者ではない私個人になんの実害もなく、部外者が正義感を振りかざして目くじらを立てるような話ではない。

 それよりも、問題はふざけたチケットを売ってくれた代理店だ。韓国に戻ってからすぐに「旅行代理店のくせにチケットの扱い方も知らないのか!」とクレームのメールを送ったのだが、残念ながら私の怒りをさらに増幅させてくれるような対応しかしてくれなかった。私にしてみればナッツリターンよりもこの代理店の対応こそが問題だ。ただ幸い金銭的な被害はなかったので二度とこの代理店は使うまいと固く心に決め、ことを荒立てずに収めることにした。

 時は流れいまは電子チケット時代。チケットの現物がなくても飛行機に乗れるし、オープンジョー発券でもこうしたトラブルはまず起きないようになっている。紙のチケットが基本だったアナログ時代ならではのハプニングだった。

初出:The Daily Korea News 2016年8月29日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?