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木箱記者の韓国事件簿 第36回 憲兵に怒られる

 サクラの季節がやってきた。個人的には鎮海のサクラがお気に入りで毎年のように通っているのだが、初めて訪れたのは2004年のこと。当時の私は韓国の鉄道全線に乗ることを目標にあちこち出かけていたのだが、軍港祭と合わせて鎮海線に乗る計画を立てていた。鎮海線は現在旅客営業を廃止しているが、2004年当時でも列車は1日に2往復しかなく、そのうちの1往復は早朝に走るとあり、実質的に乗れるのは昼間の1往復しかないというなかなか攻略難易度の高い路線だった。そしてもうひとつの問題は、一般客は乗れない区間があるということだ。鎮海線は馬山駅から統海駅までを結んでいる。市販の時刻表にも全駅の時刻が掲載されているのだが、末端部の鎮海駅から統海駅までの1区間は軍事施設内にあるため、許可のない一般人は乗れない。時刻表に出ているのに乗れないということで一部の鉄道ファンの間では知られた存在だった。日本人の鉄道ファンの中には寝過ごしたふりをして統海駅まで乗車したという話をウェブに公開している人もいるが、基本的にこれは違法行為であるし、場合によっては厄介なことになりかねない。

 それでは合法的に乗るにはどうしたらいいのか。鎮海線乗車に先立ち馬山駅の出札窓口で「統海まで1枚」と切符を頼んでみた。するとやはり窓口氏は「統海は一般の方は乗車できません」と言いながら鎮海までの切符を発券してくれた。窓口氏はたぶん事情を知らないのだろう。でも秘策があるのでおとなしく鎮海までの切符を手に列車に乗り込んだ。

 サクラの名所の慶和駅を出発すると、車掌が出てきて乗客にどこまで行くのか確認に回ってきた。どこまでもなにも、次は鎮海駅で、一般人にとっては終点に当たる。私のところにも確認に来た。ここで堂々と「統海まで」と答えたが、車掌はなにも言わずに次の客のところに行ってしまった。「統海までは乗れません」という案内がないということは乗ってもいいということである。どうして乗れたのか種明かしは簡単で、軍港祭で一部の軍事施設が一般に開放されている関係で、統海駅のある海軍司令部構内も開放されており列車に乗れるようなっていたのだ。

 列車は無事に終着の統海に到着した。ささやかなホームにベンチがあるだけの簡素な駅で、待合室とか切符売り場のようなものは一切ない。せっかくの貴重な体験なので写真を撮りたい。統制区域のため撮影は厳しそうだが、隠れてコソコソ撮っていても余計に怪しまれるのであえて目立つように撮影を開始した。だれもなにも言わないのに気を良くして線路沿いを鎮海方向に向かって歩きながら撮影していたら、「保安」と書かれた腕章を付け威圧感たっぷりの憲兵がやってきた。片手で私を制止しながら「ここは統制区域なので写真撮影はしないでください」と丁寧ながらも厳しい口調で注意してきた。「えっ!そうだったんですか。すいませーん」などとわざとらしいことを言いながらやり過ごそうとしたら、「どこから入ってきたんですか」と詰問された。司令部の正門から入った場合は歩道を歩いて来ることになり、道路をはさんだ反対側にある線路脇に来ることは不可能だ。歩道には50メートルおきに兵士が立っており道路を渡ろうとしたら注意されるはずだ。このため私の不審度は一気に倍増。面倒なことになりそうだ。「あ、えーと、あの、列車に乗ってきたんですけど……」としどろもどろになりながら説明すると、「とにかくここは入ってはいけない。あそこの横断歩道から反対側に渡りなさい」と追い返された。どう見ても私が悪いのでカメラをポケットにしまい正門に向けて歩き始めた。不審者と思われるのもしゃくなので興味もないのに近くの広場で展示中の写真展なんかを眺めたりして務めて一般人であることをアピールしてみたが、どうも後方から監視されてる気配がする。不審人物として完璧にマークされてしまったのだろうか。このまま長居するのは得策ではなさそうだ。走ると怪しまれそうなので早歩きしながら後を振り返らずまっすぐ正門に向かい、敷地外に脱出してホッと一息ついた。

 その後もサクラの季節になると鎮海に通っているが、憲兵に怒られたのがトラウマになり、軍事施設には一般開放していても近寄らないようにしている。

初出:The Daily Korea News 2017年4月6日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。

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