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春なので-きみに読む物語-

穏やかで柔らかな風は、春のしるし。
なぜこうもこの季節には、心が軽くなるのだろう。
(幸い、私は花粉症でもないし)

自然の営みの一部として人間は、春の訪れを全身で感受し、他の生命たちと同じように歓喜する。
そういうふうにできているらしい。
私はとかく忠実なバイオリズムを持っているらしく、春には春の、夏には夏の気分になる。
体の調子も、心の調子も、性格さえ変わる気がする。

たとえば春には、家具を買いたいという衝動が起こる。
やたら収納に燃えたりする。
それは雑誌にそんな特集が増えるからかもしれないし、ショップの店頭にそんなディスプレイがされるからかもしれない。
先日、久々に無印良品に行ったら、俄然模様替えのやる気が湧いた。

なんていう意味では、「自然の営み」という以上に、消費に対して刺激を与えようとする「企業の思惑」に影響を与えられているという方が当たっているのかも。

まあ、なんにせよ。

今年も春が来た。

気持ちが良い天気なので、今日は久々に、ひとりで映画にでかけることにした。
幸い(?)、ここ何年かは映画館にひとりで行くことがない。
いつも誰かしら、連れがいる。

そんなとき何を観るかはほぼ100%私が決めることになるのだけれど、その際、相手の好みや雰囲気や、その人と私の関係性なんかをイメージして、公開中の作品の中から何にしようか考える。
私はどんな映画でも楽しめる人なので、できるなら、一緒に行く人の好みに合わせたいと思うから。
なので、純粋に自分が観たい映画は先送りになることもある。

今日はお目当ての映画があったというよりは、GAGAの株主優待でもらった劇場鑑賞券があり、その有効期限が3月末なので、それを使いたいというのが第一優先だった。
このチケット、特定の劇場で上映されるGAGA配給作品にのみ使える。
これが案外使いづらく、なぜならその「特定の劇場」というのが、マイカルシネマ系を除けば、かなりマニアックなミニシアターばかり。

最寄のマイカルシネマが板橋やみなとみらいと私の日常生活圏に入っていないので、なかなか足を運ぶことがなく、かといって、「テアトルタイムズスクエア」とか「渋谷ジョイシネマ」といったミニミニシアターで私の都合がつくタイミングにGAGA作品が上映されているという確証はない。
まして、そのとき一緒に行く相手に合った作品が上映されているなんてことは、恐ろしく低い確率だと言える。

そして、最後まで使われることなく余ってしまった二枚のチケット。
本日は、かつてはポルノ映画館だったという「銀座シネパトス」にて、「きみに読む物語」を観ることにする。

澄み渡る春の空のせいか、男友達に「幸せになりたいならピンクを着るべし」と言われたのに影響されたせいか(とかく人に影響されやすい)、そしてもちろん流行色というのもあるだろうけれど、3月に入ってからピンクを着たい熱が強い。
今日はそれにうってつけの日和だったので、淡いスモーキーピンクのシフォンブラウスを着た。
スカートの丈もいつもより5cm短い。
香水は、すがすがしい気分に合わせてCHANEL NO.5にした。

「銀座シネパトス」は銀座駅から徒歩数分、晴美通りの下をもぐるように横切る地下通路にある。
少しいかがわしい雰囲気が、かえって良い。
湊川の映画館など思い出させる。

外にまで溢れるほど「きみに読む物語」の列が続いていたので、少々驚いた。
小さな映画館で待合室がろくにないためだろうけれど、この作品が場末っぽい劇場を満席にさせるほど人気があることが意外でもあった。
世は間違いなく「純愛ブーム」である。

列を作っているのもほとんどがカップルだった。
中には熟年夫婦らしき人たちもいた。

そう、「きみに読む物語」は、年老いた夫が老人性痴呆症の妻のために自分たち自身の恋愛物語を読み聴かせるというラブストーリー。
妻は自分が誰かも分からないほどの痴呆症で、夫のことも、子どものことも、もう認識できない。
毎日のように読んでもらう物語も、彼女にとっては、毎度初めて聴くのと同じで、それでも諦めることなくただ夫は彼女のかたわらに暮らし、長い物語を通じて愛を説く。

夫の人生唯一の誇りは、「ただひとりの女性を一生愛し貫いたこと」。

ふたりは50年も前の夏、夜の移動遊園地で出逢った。
すぐに恋に落ちた。
けれど、夏の終わりがふたりを引き裂いた。

この映画の大部分は、激しく衝動的な若い情熱を描いている。
キスシーンの多さといったら、類を見ないほどかもしれない。

けれど、現代の老夫婦の静かな生活と対比したとき、それが永遠に閉じ込められた記憶だと痛切に感じる。
観る側の私も、一気に時を飛び越えて、まだ見ぬ未来の視点から自らの現在、あるいは過去を振り返るような奇妙な気持ちになる。
胸がきゅっとなる。

私も、主人公ノアのように、毎日手紙を書いたことがあった。
20の夏のことだ。
今でこそ想像もつかない健気さだったけれど、海外でホームステイをした1ヵ月半、毎日一通ずつ私は40通以上の手紙を彼に宛てて書いた。

長い物語は、ただ一瞬のためにあった。
この映画も、ただ一瞬のためにある。
その一瞬で、思わず涙がこぼれる。

そして、恋がしたくなる。
大切な誰かを静かに、温かく、愛してみたくなる。

映画のせい?
春のせい?

やわらかい余韻を抱いて帰った。


きみに読む物語 The Notebook(2004年・米)
監督:ニック・カサヴェテス
出演:ライアン・ゴズリング、レイチェル・マクアダムス、ジェームズ・ガーナー他

■2005/3/22投稿の記事
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