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人類最愛の文化ーマイク一本、一千万ー

きっかけは、11月のはじめに原宿の美容院に出向いた際、たまたまラフォーレ原宿の前を横切ったことだ。
1階のエントランスの前、10時頃には長蛇の列ができていた。
10代の女の子が多い気がするが、若い男性も混じっている。

その日、そこで開かれていたのは、若手漫才コンビの日本一を決める年に一度のイベント「M-1グランプリ」の2回戦だった。
髪を切った後ラフォーレ原宿の前まで戻り、なんとなくホールのある階まで上がってみると、階段の踊り場で壁に向かって何組もの若者が「ネタ合わせ」に励んでいるのに出くわした。
プロのライブという雰囲気ではなく、インターハイの地方予選に来たみたいな感じがする。

入り口で尋ねるとまだ入れるというので、1000円の当日券を買った。
12時に始まって夕方まで続くらしい。
約90組の漫才コンビが、文字通り次から次へと登場する。

ラフォーレ原宿のホールは「多目的ホール」という種類のスペースで、きちんとした舞台もなければ観客席もない。
前方に簡易な壇を置き、それに向かうようにパイプ椅子が数百脚並んでいる。
整然と並ぶ椅子を囲むように空いたスペースでは、実にラフな格好で地べたに座り込む若者たち。

一人で来ていた私は、空いている椅子を探すのも簡単だった。

つまらなかったらすぐ帰ればいいや。
という想いでそこに座り、ほとんど名も知らないコンビたちの漫才を聞く。

テレビなんかにはほとんど出ていない、私にとっては限りなく「無名」レベルの若手芸人たちだけれど、コンビ名が呼ばれただけで歓声が上がることもある。
客席には、いわゆる「おっかけ」的なお笑い通の女の子たちが多いようだ。

M-1グランプリは、結成10年以内の漫才コンビであれば、出場資格にプロ・アマ・所属事務所は問わない。
すでに有名で人気の高いコンビであろうが、まったく無名のコンビだろうが、同じ条件で闘う。
聞くところによると、1回戦は本当に「記念出場」的なコンビも多くて、正直、目も当てられないらしいが、2回戦は一応のふるいをかけられているようで、さすがにどこかしらの事務所に属して、ライブの経験も少なからずあるコンビが多いようだ。
その日の出場者は約90組だったが、同様の2回戦が東京で3日間、大阪で2日間あるので、2回戦出場組は全部で450組ほどということになる。
これでも既に1/7程度に絞られているのだ。

つまらなかったらすぐ帰ればいいや、のはずが、気がつくと5時間ほどそこに座り続けていた。
これが、なんだか妙に面白いのだ。

確かに、ちっとも面白くないコンビもいる。
そこそこ名の通ったピン芸人が即席コンビを組んで出場しているケースなどは、正直ネタは面白くないことが多い。
けれど、そこに座っているのは、なかなかどうして面白い。

古典的なものから斬新なもの、王道的なものから実験的なもの、多種多様のテンポと嗜好をこらしたあらゆるタイプの漫才が、間髪入れずに次から次へと繰り広げられる、それがとにかく面白い。
負けたら終わりのトーナメントで、ここで一発名を売りたい芸人たちの、熱気や緊張感が伝わってくるのも面白い。
そしてその数多の挑戦者の中で、「おっ」と思う笑いに出くわすのは快感だった。

スポーツも演劇もそうなのだけれど、やはり何といってもライブなのだ。
そこには、演者と観客とが一体になる独特のものがある。
観るとか、聴くとかいうので収まりきらない「体験」。
漫才師たちの名前はほとんど憶えられなかったけれど、会場を出た後も笑みがこぼれ足取り軽くなる満足感を得て、家路に着いた。

味をしめた私は、3回戦は事前にチケットを取った。
お笑い好きに違いないと踏んだ、ある方を誘う。
その方はとても喜んでくれて、お会いした日、「プレゼントがあるんですよ」とくださったのは一冊の本。

「マイク一本、一千万」

M-1グランプリの立ち上げ秘話を綴ったノンフィクション作品。
漫才という文化、それを再興せんとする想いと、また逆に伝統を打破せんとするエネルギー。
いずれにしても、愛に溢れている。

笑いというのは、大真面目なものだ。
原始的で本能的な生理現象だけれど、それを生み出す知恵は芸術に等しい。

かつて、松本人志はこう言った。

勉強の出来る奴、 ケンカのできる奴、女にモテる奴、家が金持ちの奴、そんな人間を羨ましく思った。
子供の頃の話である。
神が人間をつくったと偉ぶるなら「それが どうした」と、言ってやる。
オレは笑いをつくっている。

そしてまた、その笑いという人類最愛の文化を紡ぐために、たとえば「M-1グランプリ」というような装置を生み出してかたちにしていく人たちに、私は尊敬を憶えないでいられない。


マイク一本、一千万(2004年・日)
著者:オートバックスM-1グランプリ事務局/唐澤和也
出版:ぴあ

■2006/12/10投稿の記事
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