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年賀ランチ-恋のトルティーヤ・スープ-

うちの父親はうるさい。
お正月、GW、お盆の帰省、父の日、母の日、敬老の日のプレゼント、そういったものを堂々と要求する。
それには彼なりの言い分があるのだが、その説明はまた別の機会にするとして、その要求に従って、私の中では毎年、年収の1%を両親に還元する、という決め事をしている。(それが多いか少ないかの判断は人によるだろうけど)

というわけで、この年末年始の帰省の際、家族に食事を驕ることになった。
元々は母親が「お父さんにお年玉あげよ」というので、さすがにまだ現役バリバリで働いている人に現金渡すのもなんだと思って、「ほんなら、おごったろ」ということにしたのだ。

フレンチがいいというので、せっかくだから神戸北野ホテルのメインダイニング「アッシュ」を4人で予約した。

私と両親と祖母の4人。
私はおばあちゃん子なので、祖母におごるのはなんら痛くない。
それどころか、今だにことあるごと祖母はお小遣いをくれるので、私がもらっている方が断然多い。

でも、前日になって祖母は行かないと言い出した。
夏に骨折して入院して以来、やたら用心深くなって、あまり外出したがらない。
神戸まで数十分のドライブさえも耐え難いと言うのだ。

仕方がないので、たまたま実家に帰っていた上の弟が行くことになった。(上の弟は実家の近くで一人暮らしをしている)
同じ3人におごるとしても、弟におごるとなると急にもったいない気がするのは何故だろう。

私が実家に帰るタイミングは限られているけれど、その間に弟たちと顔を合わせるのも珍しい。
4人で出かけるのは随分久しぶりで、昔はみんな一緒に暮らしていたのを、不思議な記憶に
思い起こす。
父の車を弟が運転するのも、私たちがもう立派な大人になってしまって、その分、親たちが年をとったのだということを思い知る。

北野に車ででかけるのも久しぶりだ。
関西人なら知っているだろうけれど、神戸北野と言えば異人館街で、フレンチをはじめとした老舗のレストランが多く軒を連ねる。
中でも「アッシュ」はランチと言えど、アミューズ、オードブル、スープ、ポワソン、ヴィヤンド、デセール、プティフールまで、フルフルコースを出す本格的なお店。
今回、初めて訪れたけれど、評判は何度か耳にしていた。
バターや生クリームを極力使わないあっさりとした味が特長で、来るはずだった祖母にはちょうどいいと思ったのだ。
実家に帰ることもそうないので、「せっかくだから」、である。

そもそも、神戸北野ホテルというのは、この「アッシュ」の料理を売りモノにする、都市型オーベルジュ。(もう一つの売りは「世界一の朝食」と呼ばれる「igrek」の朝食)
レストランだけでなく、一度泊まってみたいけれど、随分先まで週末は予約でいっぱいなのだそうだ。

こじんまりとしたエントランスロビーだが、正面には明るく開放的な「igrek」のフロアが広がる。
さらにその奥のガラスの扉の先に、うやうやしく「アッシュ」のダイニング。

正月3日、6~7あるテーブルは全て埋まっていた。
上品な晴れ着姿の婦人も混じった家族連れ、親戚連れがほとんど。
一様に、「大人」な顔ぶれ。
見てくれはともかくとしても、中身は正真正銘庶民の我が家族が、なんだか浮いている気がするのは、ぬぐいきれない「育ち」のせいだろう。

家族と囲む食卓と言えば、映画「恋のトルティーヤスープ」を思い出す。
男やもめの父親に、三人娘のヒスパニック系家族。
日曜の夕食だけは、毎週、家族揃って父の作った料理を食べるのがルール。
その席で、娘たちが衝撃の告白を繰り返し、その度、父は腹痛を起こしてしまう。

同じテーブルにつく家族。
一緒に暮らす者もそうでない者もいるけれど、それぞれには銘々の人生がある。
大切な決意や、ターニングポイントを伝えるのは、いつもそのテーブル。

父は言う。
「それぞれがそれぞれの人生を歩みながらも、お互いを気遣う、それが家族というものなのだ。」

我が家の今年のお正月のテーブルでは、家族の誰一人、「衝撃の告白」などしなかったけれど、きっとそんな日も来るだろう。
父や母や弟たちが、離れて暮らしてもそれぞれの人生を送っていて、その断片を知るのは限られたタイミングだけだけれど、それでも、私たちは見えないものでつながっている。

お年賀にしても贅沢なランチ。
いくら財布が私だと言ったって、親も弟も遠慮のかけらもなく、昼間からシャンパンにブルゴーニュワインにフォアグラにイベリコ豚を食してくれた。
結局、年収の1%とまではいかなかったものの、年始3日目で既にその半分以上を使ってしまった。
でも本当は、お金よりも、両親を喜ばせるような「衝撃の告白」をプレゼントしたいものだ。

恋のトルティーヤ・スープ Tortilla soup(2001年・米)
監督:マリア・リポル
出演:ヘクター・エリゾンド、ラクエル・ウェルチ、ジャクリーン・オブラドース他

■2005/1/13投稿の記事
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