【短編小説】夢記録
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【短編小説】夢記録

七藤 隼

 夢を残しておくことにした。
 なんてことはないよ。枕元に100均で買ったメモ用の小さなノートを置いておくだけ。朝起きたときだったり、夜中に途中で目が覚めたりしたときに、直前まで見ていた夢を忘れないうちにメモっておく。もちろん、覚えてないことがほとんどで、はっきり覚えているのは週に一日か二日くらいだけなんだけど、それでも幾日分か溜まったメモを見返してみると、その雑多な世界の入り交じりが面白い。
 現実では仕事で疲れてるっていうのに、夢の中は、万華鏡を覗いて見えるあの円形の幻想的な景色を引き伸ばしたみたいなふわふわした世界だ。いや、あんなにきらびやかじゃないんだけど、でもやっぱり、現実とはさ、なんていうか質量がね、もうなんか違う感じがするんだ。形があって中身がない感じ。そりゃあ夢だもんね。というか、さすが夢。天国なのか地獄なのか、現実の裏っ返しなのか、もうわかんない。

 それに、ノートに書いた私の字がすごくふらふら。だって寝起きだもん。まだ手に力が入らない状態でペン握ってるから。もう、線が短いみみずみたいになってるんだ。夢を文字っていう現実の一形態に置き換えてるわけだけど、いかにも夢の世界の象徴みたいに、くねくねふわふわしてる。書きはじめたのは五月からだし、だんだん暑くなってきてるから、余計に頭がぼんやりして、字がふらつくのかも。
 ページによっては紙が、一体どうしたんだ? っていうくらいくしゃくしゃになってたりする。まあ、寝ぼけて書いてるとそうなるときもあるか。布団とか枕の上に置いて書いてるからね。もはや私のベッドが夢の土台みたいに思えてくる。ベットが幻想の世界への入り口。でも幻想っていう、そんな綺麗な言葉で片づけたくない気持ちもある。陽の光が当たってないのに陽の光が当たってるとか、影にのまれてはいないんだけど影にのまれてるとか、言うとしたらそういう、中途半端なのに完成されてる感じ。そういう感じ、ちょっと憧れちゃう。もう私自身がそのまま夢の中の人間になってしまいたいよ。完全完璧な、非の打ちどころのない「中途半端」になってしまいたい。それで、「私は私だ!」って言い張るの。
 ああ、でも、現実の洋服とか、はっきり存在が確認できて安心するマニキュアとか、色鮮やかな美味しい料理とかもやっぱり捨てがたいな。
 ーーほら、こうなっちゃう。こういう中途半端じゃないんだよ、まったく。でも私は、ずうっとこういう中途半端なんだ。お母さんの顔が突然浮かんできて、なんか申し訳なく思っちゃう。そういうときは、仕方がないから自炊する。食材を切るのに専念して、あえてやけに丁寧に盛りつけたりして、自己満足。ベッドは寝るとこ。休む場所。睡眠は大事。

 
 一番最初のページ。一番最初に書いたやつを読んでみる。
 それによると、夢の中で私は近所の公園にいた。けっこう広い公園。たぶん夏だと思う。日差しの雰囲気というか濃さが夏っぽかったから。でもはっきりしないな。夢ってさ、季節の概念がけっこう抜け落ちてるんだ。
 でね、ひとりで公園にいたんだけど、そこにいきなり小型ジェット機が横滑りで目の前に現れて、誰かが降りて来た。それは、ブライダルの専門学校時代の友達だった。ずさーってジェット機が来て、砂埃が大量に巻き上がった。砂に攻撃された目をこすっていると、その友達が私の横に駆け寄ってきて、いきなり私の手を引いてジェット機に乗せたの。
 経験したことのない搭乗をたどたどしく終えると、ジェット機の中には、私の高校のときの友達が座ってた。入って行った私たち二人は、なんの躊躇いもなく座った。その専門学校の友達と高校の友達は、まったく繋がりがないのに。
 で、三人で、とくに五年前くらいに人気だった女優の話をしながら、空を飛んで行った。夢の中の私はその女優に恋してるみたいだった。変だ、私は男の人が好きなのに。おかげで夢から覚めたあと、その日一日、その女優のことが気になって仕方がなかった。なんか胸がどきどきした。彼女によく思われるようにメイクをしたし、仕事も全然手につかなかった。新婚のお嫁さんに似合うウェディングドレスを勧めるときも、お嫁さんの顔を見ながら、その女優の顔を思い出して、頬がぽっと熱くなるのを感じた。
 でも、次の日にはもうどうでもよくなっていたんだよね。ちょっぴり悲しくなって、枕とか抱いちゃった。あの恋は私に起こったことって言えるんだろうか。なんだか、もったいない気がしちゃう。
 ジェット機は次の瞬間には、東京タワーの展望台の上に停まってた。タワーの高さの半分くらいにある、あの白い横長の長方形の上に。そこで降りるのかと思いきや降りずに、機内にいたまま、窓から三人で東京の街を眺めて何やら話をしていた。そのときの話の内容は覚えていない。二人と顔を合わせたり、窓の外を見たりしながら、その二つの顔や口がごにょごにょ動いていたことだけが最後の残像となって、夢は終わった。


 その次の夢は、短かったのか、起きた直後でもほとんど覚えていなかったのか、ページの四分の一くらいにちょこっとしか書かれていなかった。いや、私のことだから、面倒臭くなってすこししか書かなかったのかも。二回目で、もう面倒臭くなって。
 お母さんが海の断崖絶壁の上に立っていた。それを私は眺めていた。それでいきなり、海からとんでもなく大きな波が、それはもう崖の上五メートルくらい飛び出してくるくらい大きな波が、ばしゃあんって襲ってきて、お母さんはそれにのみ込まれてしまった。私は波が引いたあと、急いでお母さんのいた場所に駆けていって、そこでおろおろして立ち尽くしたまま、そこで、目が覚めた。
 起きたあとのことはよく覚えてる。まだ朝の四時くらいで、真っ暗の中、うっすらと私は泣いていた。それで、お母さんのことが心配になって、不安で胸がざわついた。気を紛らわすためにスマホを開いて、好きなYouTuberの動画を十分くらい見てからまた眠った(日常系の動画で、北欧風の家に住む女性がまったりお菓子づくりしてる動画。かわいい猫もいる)。
 朝起きてからもしばらくはお母さんのことが気になってて、なんだかそれがものすごく悔しかった。親とか妹の声が聞こえるのが嫌で一人暮らしを始めたのに、お母さんのことが恋しくなっちゃうなんて、家を出たときの私を裏切るような気がして、くっ、ってなる。ただで料理が出てくるのだって、感謝は一応しても、「自分でも料理はできるし」って謎の反発心を抱いていたのに(もう二十代半ばなのに反抗期みたいで苦笑い)、いざ、お母さんが急にいなくなる可能性にやられると、こんなに動揺する自分が恥ずかしい。でもやっぱり、素直にお母さんを大事にしようって思った。あと、お父さんと妹も。なんだ、夢って役に立つじゃん。書いといてよかった。


 ちょっと飛ばして(自分で読んでても、あまりにつまらなかったから)、六つ目の夢ではまず、私は一つ目の夢とは別の高校の友達数人と教室で話してた。他にもけっこう人がいたんだけど、他の人たちがどんな顔ぶれだったのかはわからない。でも、一人だけはっきりしてたのは、教室の隅にいた男。なぜか、いま私の好きなバンドのボーカルの男がいたのだ。なかなかいいなって思うほどの容姿。全然年上のはずなのに、なぜかいる。現実の日常生活でその人の顔がけっこう頭をよぎるから、たぶんそれで夢に出てきたんだろうな。そしてどういうわけか、私たちのグループで、その人をいじめようって話になっていた。
 全校生徒か、それとも私たちの学年だけかはわからないけれど、何かの集まりがあって体育館に移動することになった。体育館に向かう一階の渡り廊下。すぐそばに水飲み場がある。そこに先に待ち伏せしておいて、バケツで水をかけてやろうっていう話だった。
 スタンバっていた。男がやってきた。服装も、制服なのかライブの衣装なのかぼんやりしててわからない。そして、次の瞬間にはもう、一緒に待ち伏せしていたはずのみんなは消えていなくなってて、え!? ってあわてふためいているあいだに、男がしゃがんでる私の前に立っていた。それで、なんて言われたかはわからないけれど、とにかく罵倒された。ひたすらに。こっぴどく。いつも洒落たロックを歌うあの口で。男は行ってしまい、水の溜まったバケツとともに残された私は、そこで謎にシャボン玉を吹き始めた。そこでこの夢も終わった。

 悲しかったのかな、私。シャボン玉なんか吹いちゃって。夢の中の私は悲しかったのかな。いや、それとも現実の私が悲しいのか。どちらか判然としない。夢で傷ついたなら、その傷を本物の傷としてもちゃんと持っておきたかった。でも、にょろにょろした私のメモの字を見てると、なんだか夢の世界にしまっておきたい気もして、何をどこにあずければいいのかわからなくなっちゃった。それでもご飯はおいしいんだから、傷の在り処なんてあんまり頼りにするものじゃないのかも。傷なんて、負わないなら負わないほうがいいんだから。でも、宿命的な傷は、やっぱり大事にしたいなあ、って思う。


 こんなふうに夢を通して、自分がいままでに出会った人たちと、会ったり何か行動をともにしたりしてると、起きてからふと空しくなることがある。その過去の人たちと新しい出来事をいろいろやるわけだけど、なんかそこには自分がいない気がしてーーまあ夢の世界だからそんなに深刻になる必要はないんだけど、なんだか、疎外感。夢の中にさえ私はいない。いるんだけど、いない。
 といっても、現実でそんなに孤独なわけではなくて、仲の良い仕事仲間もいるし、学生時代の友達ともたまに集まるし、完全に「一人」って感じではないんだけれど。コミュニケーション能力もあるほうだし、笑顔だって昔から得意。接客だって、なんなくこなせちゃう。
 でも、夢を見たあとに、「なんなんだろう、私」ってなることが増えてきた。何やってるんだろう、って。メモを書きながら、十秒くらいペンを持ったまま止まったり。

 そういうとき、夢が私の真実を握ってて、私はどうやってもそれを掴めない、海で溺れて底に沈んでいくんだけど、それでも生命の源に帰れないような、寂しい気持ちになる。
 カーテンを開いて、朝の陽が日だまりになっているシーツの上に、正座したまま体を折り曲げて顔を押しつけたりしてみる。少女だった私にちょっと会ってみたい気がしてくる。小さいころの私とお話しして、それでから、外に出れたらいいな、なんて。ああ、この先も生きていくんだね。


 夢を記録しはじめて約二ヶ月。七月の半ば。梅雨ってこともあって、余計に鬱々としてたのかもしれない。新婦さんに合うドレスを本人と一緒に考えたり、試着してもらったりしてるときに、あ、私はこんな綺麗なものを一生着ることはないんじゃないかって思ってしまった。ウェディングドレスに限らない、あらゆるドレスを。
 おかしいな。もともとは着るものに頓着しないタイプだったのに。自分があまり服装に関心がないから、代わりにほかの人に綺麗なものを着て喜んで欲しくて、それでドレスコーディネーターを目指したのに。それなのに、なんか暗いことを思っちゃった。仕事が大変でも、給料が低くても、新婦さんの喜ぶ顔を見れるのがやりがいだったはずなのに。幸せな結婚式を想像するだけで、私も幸せになれたのに。
 やりがいってなんなんだろうな。それこそ、夢に訊いてみたい。夢は本能的な願望の現れって言ったのってフロイトだっけ? わからないけど、夢がそういうものなら、私の願望を正確に表してほしい。それでうまいこと未来に繋げるんだ。いや待って、やっぱり怖いからやめておきたいかも。なんだか、過去も未来も怖くなってきた。よく「イマココを生きるのが大事、過去も未来もなく、あるのはいまだけ」って言うけど、私はそうは思えなくて、イマココよりも過去や未来のほうが確実に存在してるような気がしてる。なのに、過去も未来もおっかなくなってきちゃうなんて、私は一体どこにいるんだろうな。

   


          



「夢占いって知ってる?」と、夢のことが話題になっているときに同僚が尋ねてきた。夢の内容であれこれ占うらしい。直近でどんな夢を見たかを訊かれたから、私は適当にでっち上げて答えた。本当に見た夢の内容を言うのはなんだか恥ずかしくて、恥ずかしいというか、自分のほっぺたの内側を知られるような嫌悪感があったから、だから嘘の内容を咄嗟にしゃべった。「なるほど、ちょっと待って」と同僚はスマホを見ながら調べる。夢占いのサイトを見てるんだろう。

 休日のファミレス。午後遅く、ご飯時をはずしてるのに、人はわりかし多い。家族連れのテーブルにはジュウジュウと油の弾けるステーキが運ばれ、大学生の男女の集まりでは何やら神妙な顔をつき合わせて話しており、一人でタブレットをいじっている男性は心底つまらなさそうな顔をしていた。私はパスタ、同僚はパンケーキを頼み、それぞれ運ばれてくるのを待っているところだった。

「えっとね……あ、すごい! 死ぬ夢って良い夢らしいよ」同い年のその同僚は嬉々とした表情で言った。適当に捏造した、自分の死ぬ夢の話が吉兆の夢だったとは。私も素直に驚いた。でも、でっち上げた架空の夢の話が良い夢だなんて、なんか空しい。いや、そもそも夢というのは架空の世界なんだけど、それをでっち上げることで、「架空の「架空の世界」」みたいになって、もはや私の何を対象にして占ってるのかわからない。同僚はその後も具体的な占いの結果をのべつ幕なしにしゃべってたけれど、私はほとんど聞いていなかった。

 食器の割れる盛大な音がした。奥のキッチンからだ。一枚だけじゃない、何枚も割れる音。フロアを行き来するスタッフが口々に「失礼しました」とお客さんにお詫びを入れる。キッチンのほうに集まっていたお客さんたちの視線が戻る。
 私はこの瞬間、食器とともに時間が飛び散ったような幻覚を覚えた。店内の時計を見上げると、黒い二つの針が、人間を蝶々結びみたいに時間に結びつけていた。

 私は突然、席を立った。
「なんかちょっと……帰るね」
「え!? ご飯は!? 頼んだのに!?」目を見開いていて顔を上げた同僚の、戸惑いの視線を感じる。
 私のぶんのパスタも食べていいよ、と言い、千円札をテーブルに置いて、私は早足にレストランのドアを出た。同僚が後ろから何かを叫んでる声が聞こえた。

 もわっとした空気が体を包んだ。もうすぐ八月に入ろうとする空は、絵の具を薄めたような水色で、蝉がちらほら街の外れのほうから鳴きはじめていた。梅雨明けの、まだ湿気の多い地上の道を、私は自宅へと歩いた。

 ベッドにどかっと背中から倒れ、しばらく天井をぼんやり見つめたあと、枕元のノートに手を伸ばした。
 くねくねふわふわした文字が書き連ねてあった。私は横になりながら、目眩のような意識の揺らめきを感じた。
 いつの間にか、ベッドやノートの感触がなくなっている。夕暮れに向かいはじめたのか、このとき外は、水色にうっすらオレンジ色が混ざりはじめているのが、視界の端に見えた。夏だから日は長いはずなんたけど、もう?

 私は目眩の中、なんとかノートに意識の焦点を合わせようとした。
 なんだか自分の字ではないような気がした。

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眠れない夜に

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心があったかいです
七藤 隼
小説と詩を書いています。純文学。それぞれマガジンから。