見出し画像

春をつくる日

「水族館を水で浸して、いっそのこと、水族館そのものを水槽にしちゃえばいいのにね、それでたくさんの人が溺れ死んでも、間違ってはいない気がするんだよ」


女の子は言った。
全人類の哀しみを湛え、
それが水面上には決して表れないような微笑を浮かべて。


「じゃあ、地球も水で浸して、いっそのこと、地球そのものを海にしちゃえばいいのかもね、それで人類が全員溺れ死んでも、間違いではない気がする」


ぼくが言った。
ぼく一人の哀しみを、
あたかも全人類の代表であるかのように水面上に表して。


春だった。
日差しも、影も、
なにもかもがこわれている途中みたいな春だった。
ぼくたちの脈はその中で続いていた。
溢れ出したい気も、溢れ出したくない気もぬぐえない。
手のひらで行き場を失った生命線のような、
そんな薄闇を出しあって、淡い光にしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?