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超絶技巧の「普通」  Full Sail Brewing Company Amber Ale

はるばるアメリカ・オレゴン州フッドリバーまで行ったからそう思っているのかもしれません。現地マジックというヤツで、思い出補正がかかっている可能性も否定できません。しかしながら、こういう地味で繊細で、ちょっと間違うと粗が目立つお酒を常にかっちり作り上げるということはとても大変なことだと思うのです。農産物を使ったビールというものづくりのことを考えた時、ブレないという人的、職人的技術に関することはもっと評価されるべき点であると考えます。

Full Sail Brewing Company(フルセイルブルーイングカンパニー)は1987年開業の老舗。場所はオレゴン州フッドリバー。ポートランドの東に100kmくらい行ったところです。グーグルストリートビューで見ると、巨大なタンクが何本も屋根より高くそびえています。オレゴン州のマイクロブルワリーの中でも最初に商業的に成功したブルワリーでもあります。開業の翌年1988年に発表したAmber Ale(アンバーエール)はたちまち人気となり、今でも愛されるフラッグシップビールです。

さて、アメリカンアンバーエールとはどういうものなのか、一度確認しておきましょう。BJCP2015 19A American Amber Ale から引用します。

Overall Impression
An amber, hoppy, moderate-strength American craft beer with a caramel malty flavor. The balance can vary quite a bit, with some versions being fairly malty and others being aggressively hoppy. Hoppy and bitter versions should not have clashing flavors with the caramel malt profile.
アンバーカラーで、ホッピー、かつ中程度の強さのアメリカンクラフトビールで、カラメルモルトのフレーバー。バランスの取り方はかなり幅があって、かなりモルト寄りのものもあれば強烈にホッピーなものもある。ホッピーで苦いものの場合はカラメルモルトのフレーバーを崩してはならない

Style Comparison
Darker, more caramelly, more body, and generally less bitter in the balance than American Pale Ales. Less alcohol, bitterness, and hop character than Red IPAs. Less strength, malt, and hop character than American Strong Ales. Should not have a strong chocolate or roast character that might suggest an American brown ale (although small amounts are OK).
一般的にアメリカンペールエールよりも色が暗く、よりキャラメルの風味強く、苦味が弱い。レッドIPAに比べてアルコール度数も低くて苦味やホップのキャラクターも弱い。また、強さ、モルト、ホップのキャラクターもアメリカンストロングエールに比べて弱い。少し感じられる分には問題ないが、アメリカンブラウンエールを連想させる強いチョコレートやローストのキャラクターはあってはならない。

基本的にカラメルモルトのフレーバーがあって、他の要素は「強すぎてはいけない」という感じで表現されています。各要素の上限はなんとなく分かるものの、それらをいい塩梅で美味しく仕上げなくてはならない。ホップをガツンと効かせれば良いわけでもなく、焦げのニュアンスが立ちすぎてもいけないし、かと言ってゼロでもいけない。いい塩梅とは難しい。

フルセイルブルーイングのアンバーを飲んだ時想起したのは、よくある夕方のやり取りです。

「ねぇ、晩ごはん何食べたい?」
「んー、何でもいいよ」

この時の「何でもいいよ」は本当に何でも良いのではなくて、「うまく一つに絞れないのだけれど、美味しいヤツが食べたいな。そこのところをうまく察して適切かつ上手にお願いします。いい感じでよろしく。」という意味であることが非常に多い。まぁ、無茶振りです。しかし、人間という生き物にはこういう瞬間はよくあるものです。フルセイルブルーイングのアンバーは正にそういう「いい感じ」。別の表現をするならば「世界最高の普通」で、ケチのつけようがありません。悪いところが一切無く、そして濃くもなく薄くもなく、癖もない。ただただ滑らかに緩いモルティーな味わいが喉をすり抜けていく。気がつけば、いつしかグラスは空になっているのです。

近年のクラフトビールシーンを眺めると、大盛りのどぎついものばかりになってきたように感じます。それはそれで悪いことではないのですが、原点が定義されていないと今いる位置が測れません。つまり、「普通とは何か?」を各人が定期的に考えておかないとクラフトビールという発散し続ける海で遭難してしまうような気がしてなりません。

ですから、たまには振り返ってみるのも悪くないと思います。その意味でこのビールはいつも変わらずそこにあります。ちょっとミスをするとすぐに粗が目立つこのようなごまかしの効かないタイプのお酒をコツコツ作り続けていることは素晴らしい。フルセイルは超絶技巧を尽くして最高の普通を作り続けていて、その「普通」の精度の高さに気が付いた時、クラフトビールは日常に降りてくると思います。

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