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平穏と言う名の「いつも通り」

今日綴っていくことはあくまでも私個人の考えで、これが唯一無二の正解だとは思っていません。でもきっとそういう傾向が気持ちの奥底にあって多くの方と共通するのではないかと考えているのです。

自宅に籠もることが増え、ビールはもっぱら瓶や缶を食卓で開けることばかりになりました。テレビを見ながらだったり、晩御飯を食べながら奥さんと2人で飲むことも多くなったので彼女の好みや要望もなるべく取り入れて飲むビールを決めることにしています。

その時、「普通のでいいよ、普通ので」とよく言うのです。なんだよ、普通って。全然分からない。いまいち納得しきれないことも結構あって困っていたのですが、よくよく話を聞くと「イチかバチかのリスクの高いものはやめて欲しい」という意味なのだと理解しました。あぁ、なるほどね。そういうことか。

この話は結構大事だと思うのです。特に今は。

こういう時期なので私たちは日々の生活の中に癒やしだったり潤いだったりを無意識にも求めていると思います。穏やかな日常が一日でも早く戻ってきて欲しいと願っています。見えない敵が自宅の外にいると思うとやはり心は不安になるものです。信頼や信用、ひいては生活全般の前提が狂ってきてしまって、今に合わせていくだけでも精一杯。もちろん数ヶ月前であっても常に私たちは妙な緊張感と不安の中で生きていたのだけれど、それが一気に押し寄せてきて溺れそうになっているような気がしてならないのです。

仕事終わりに飲むビールはきっと忙しない一日のリセットの儀式でもあったでしょう。怒られたりミスしたりもしたけれど、一日の終りに飲む一杯のビールはやっぱり美味しくて、酩酊と共に普段向きのカタルシスが生まれていた。昨日と同じ今日が終わり、そんな今日がまた明日になると無条件に信じられるならばこういうカジュアルな儀式が相応しい。ちょっと失敗しても明日またチャレンジすればいいのだから。

そう、失敗しても問題ないのはまたチャレンジすれば良いと割り切れるからなのです。ズルズルと今日が明日になってリセットに失敗してもなんとなく許容できる心持ちが担保されているから、まずいIPAを飲んでも「うーん、イマイチだなぁ、まぁ、飲まなきゃ分からんし、これはこういうものなんだろう。仕方ない。1つ勉強になったな」くらいで済ますことが出来る。平和で穏やかだということはきっとそういうことだろう。

でも、今は違う。ささくれだった日々を更に押し下げるようなビールは欲しくない。少しでもその可能性があるのであればそれは避けるべきだ。彼女はそう言っているのだと思うし、事実私もそれには大いに賛成です。凝りに凝ったもの、特別美味しいものを求めているのではなくて、こちらが求めている期待にちゃんと応えてくれる安心感が欲しいのだ。クオリティやブランドに対する信頼感と言い換えても良いかもしれない。過去に飲んで美味しかったという経験を自分自身でもう一度追体験するのも良いものです。決してノスタルジーに浸るわけではなくて、自分の今を構成する文脈のパーツたちを振り返ることなのだと思う。そこには確実にあのときの幸せがあって、それを確認することで昇華してふっと消えてくれるものがあるような気がしてならない。

こんな気分のせいか、新しいものに挑戦するモチベーションがひどく下がっている。予想外の特大ホームランに巡り合う可能性はあるけれど、今大事なのは失敗しないことであり、イチかバチかの成功に賭けることではない。色んな折り合いをつけながら一日を上手に終わらせることが最重要課題で、そう、絶対に負けられない戦いがそこにはある。そういう意味で言うと、通販でビールを買うのも結構悩ましい。新しいものが日々リリースされていて気になるものばかりなのだけれども、結局定番ばかりを選んでいる気がしてならない。急に保守的になったなぁと感じる一方で、これをきっかけに定番を改めて見つめ直す機会にしようかと好意的に考えようとしている自分もいるわけなのです。

2年前に定番ビール、ありますか?という文章を書きました。主にそこでは樽生について言及しているのですが、最後にこう綴っています。

CRAFT DRINKSとしてはタップの数よりクオリティを重要視しています。現在の日本では世界中のクラフトビールが流通していて最先端のものを追いかけることも出来ますが、質の良い定番をちゃんと語り届けていくことがクラフトビールを文化へと昇華させる為に最も必要なことではないかと思います。多様性は土台となる定番、スタンダードの品質の上に成り立つはずですから。流行には必ず過去との繋がりがあり、その文脈を語ることがこれからとても重要になると思います。

クラフトビールの世界はトレンドの移り変わりも早くて、そこにアジャストしていこうと頑張り続けているとたまに呼吸が苦しくなったりもするわけなのです。パブをはじめとするリアルな酒の場のコミュニティとの接点が弱まっているからどうしても自分自身に目が向きます。体験を共有する時間、空間、そして仲間が遠くなった時、自分自身とビールとの関係を必然的に考え始めるのです。

私たちは何故ビールを飲むのだろうか。
何故パブに行きたくなるのだろうか。
何故このビールを選ぶのか。
ビールで明日が本当に幸せになるんだろうか。
ビールを飲むと何か変わるのだろうか。

堂々巡りしながら、その堂々巡りに嫌気が差して放り出したくもなるけれど、でもやっぱり好きだから真正面からぶつかって考えなくちゃいけないとも思う。

奥さんと2人でFull Sail BrewingのAtomizer IPAを飲みました。何度となく飲んでいて新たな発見は1つもないけれど、涙が出てくるほど美味しい。平穏と言う名の「いつも通り」は見過ごしがちだけれど、いつも通り美味しいことがこんなにも尊いとは思いもしなかった。

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