WK2013
生き残されし彼女たちの顛末 第2部 あしたは来月 中ノ壱 第22章 ヒカリ、コンタクトをとる
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生き残されし彼女たちの顛末 第2部 あしたは来月 中ノ壱 第22章 ヒカリ、コンタクトをとる

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第22章 ヒカリ、コンタクトをとる

 その日20時を過ぎた頃、ヒカリはPITで連邦での元上司にあたり、月の連邦本部に勤めるアーウィン部長にビデオ電話をかけた。呼び出し音が3回鳴ったあと、電話の向こうに白髪混じりの髪、彫りの深い顔が映り、同時に大きな声が響いた。
【ヒカリくん!】
【アーウィン部長】
【やっと連絡をくれたんだね。ずっと待っていたんだよ】
 満面の笑みのアーウィン。喜びに溢れた声。
【元気そうだね】
【おかげさまで元気でやっています。そちらはちょうどお昼時ですか?】
【ちょうどカフェテリアに行こうとしていたところだ】
【この前はお電話にも出ず、MATESにも返信しなくて申し訳ありませんでした】とすまなそうにヒカリが言う。
【気にしないでくれ。いろいろとあったのだろうと思っていたよ】

【いまお話ししても大丈夫ですか?】と改めて聞くヒカリ。
【もちろん。こちらの記録ではトウキョウ籍のマリンビークルが、ネオ・シャンハイと大陸の間を2回往復したことになっている。ということは、きみは今、ネオ・シャンハイにいるということかね?】
【いえ。わたしはいま、武漢という街の武昌というところにいます】
【ほう、それはどこにあるのかね】と興味深げにアーウィン。
【長江という大きな長い川があって、ネオ・シャンハイはその河口に浮かぶ島のうえにあります。わたしが今いる武漢はネオ・シャンハイから長江を1200kmほど遡ったところにあります】
【かなり大陸の奥まで行ったんだね。寂しくしてないかね?】
【その点はご心配にならないでください】と快活な声で話すヒカリ。
【いい人たちに巡り会って楽しくやっています。こちらに来て初めてその存在を知ったのですが、武漢の自治組織の幹部に実はわたしのいとこにあたる人がいるんです。その人の指示もあって、今日お電話をかけることにしたのです】
【なるほど、わかった。きみがどうやって武漢まで辿り着いてその人たちに会ったか興味はあるが、それはおいおい聞かせてもらうとして、まずはきょう連絡をくれた理由を聞くこととしよう】

 一呼吸置いて再び話し出すヒカリ。
【ネオ・シャンハイの対岸にある上海と、わたしが今いる武漢とあと2つの街に、わたしたちが「AOR(Aliens Outside the Refuge)」と呼ぶ人々の居住区があります】
 声のトーンを落として続けるヒカリ。
【これらの人たちを、マオのインパクトまでにネオ・シャンハイに避難させたいのです】
 同じく声のトーンを落としたアーウィン。
【なるほど。少しでも生き延びる可能性のあるところへ、ということだね。何人くらいいるのかね?】
【ざっと...】計算するヒカリ。
【...46万人くらいいます】
【46万!】驚いたアーウィンの声のトーンがあがる。再びトーンを落として続ける。
【一定数いるという話は噂で聞いていたが、そこまでいるとは】
【上海に約40万人、残り3ヶ所にあわせて6万人ほどいます】とヒカリ。
【それだけの人をどうやってネオ・シャンハイに運ぶんだね】
【できる限りこちらにある船などで運ぶこととしますが、どうしても必要な部分は連邦にお願いできないかなと考えています】

 ほんの少し間をおいてアーウィンが言う。
【ところで、今話しているのは正式の申し入れかね?】
【いえ、こちらも方針が固まっているのは、武漢の中のわたしがいま所属する武昌地区の自治組織のみです。これから武漢、そして上海やその他の街の自治組織に働きかけて意思統一を図ろうとしています。正式の申し入れは、全体の意思統一の目処がたった段階で、しかるべき立場の人から行ってもらうことにします】
【では、現段階ではあくまで非公式の打診を受けた、ということとしておこう。とはいえ信頼の置けるキーパーソンには内密に話をもちかけてみようと思うが、構わないかね】
 ヒカリの声のトーンがさらに落ちる。
【一番気になるのが、マザーAIです。AIに覚られないような形でお願いできればと思います】
【たしかにその通りだ。了解した】
【あと、シャンハイの危険度がどの程度か知りたいので、現時点でのなるべく正確なインパクト地点の予測の情報が手に入れば助かります】
【わかった。入手できるかどうか、試してみるよ】
【ありがとうございます】

【あ、もうこんな時間。お昼の時間がなくなってしまいましたね。申し訳ありません】とすまなそうに言うヒカリ。
【なんのなんの。ヒカリくんと話ができたことが最高のご馳走だよ。腹のほうはホットドッグでもかっこんでおさめておくから】とアーウィンが快活に応える。
【それからお願いがあります。ネオ・トウキョウに、お世話になった方が一人で潜伏しています】
【きみの他にも生き残りがいたのだね】
【いま、地下第6層のマリンビークル基地のあたりにいます。その方の生命維持に支障がないように、ご配慮いただきたいのです】
【わかった。まかせておきなさい】
【最後に、火星のマモルのことでお願いがあります。手短かで結構ですので、わたしが生きていることを彼に伝えていただけませんでしょうか。いきなり直接コンタクトとると、彼も面食らうと思いますので】
【OK。マモルくんに話をしたら、きみに伝えるようにする】
【よろしくお願いします】
【じゃあ、今日はこのくらいで】とアーウィン。
【はい、それでは】とヒカリ。

[では、2289年8月第1回目の武昌第296班定例会を開会します]
 武昌第296班の区長助理である張子涵は、翌8月13日の18時を少し回ったころ、2週間に1回開かれる班定例会の開会を宣した。
[ま、ふだん通り、ざっくばらんに進めましょう]

 きょうも張子涵は「ふだん通り」化粧っ気のない顔にボーイッシュな出で立ち。
 前から3列目の通路側に並んで腰かけた高儷とヒカリが小声で言葉を交わす。
【彼女、もうちょっとお化粧してそれなりの服装したら、きっと素敵なレディになるのにね】
【顔立ちもくっきりしてるし、スタイルもきっと抜群ですよ。ウエストの細さといったら】

 第296班は武漢自経団武昌支団第15区の管轄で、ヒカリと高儷を加えて総員44名。班員にはダイチ、カオルが含まれる。ちなみにリンリンこと陳春鈴はお隣の第295班に所属している。
 班の定例会にはすべての班員に参加する権利がある。表決権を持つのは満15歳以上の班員。ただし班員のうち支団副局長クラス以上の幹部と区長・副区長の職にあるものは、オブザーバーとして会議の前半にのみ参加し、原則として決議には加わらない。
 会議の議事は非公開とされている。ビデオに収録されるが、閲覧できるのは原則として欠席した班員のみで、特別な場合にのみ、監察局と法院(裁判所)のメンバーに閲覧が許される。決議事項など必要な内容は、区長助理から区長に報告される。法令に抵触するおそれがある場合、特定の班員の権利が不当に侵害されるおそれがある場合など、特段の事情が認められない限り、区長は班が決議した事項に介入しないこととなっている。
 張子涵は、前任の区長助理が高齢を理由に退任した際、全員一致で後任の区長助理に選ばれ、2年の任期切れを前に前回の定例会で再選された。若いが大きなビジネスを切り盛りしている手腕が買われてのことであろう。

 本日の会議は第15区事務所に3つある会議室のひとつで開催されている。参加者はオブザーバーのダイチ、カオルを含めて36名。
[本題に入る前にひとつ決を採らねばなりません。郭偉区長が冒頭にオブザーバー参加したいとのことです]と張子涵。
 班の定例会に班員以外の者が立ち会うには、参加班員の過半数の同意が必要になる。区長といえども例外ではない。
[異議のある人いますか?]
[異議なし][異議ありません、班長][異議なし]...
 参加者が口々に言う。ちなみに班担当の区長助理は、班員からは「班長」と呼ばれている。
[じゃあ、みんな同意ということで]と確認すると、張子涵は自分のPITに向かって言った。
[郭区長、OKです]
 第15区区長の郭偉が扉をあけて入ってきた。

[それではまず最初に、第15区に転入してきて、わが第296班のメンバーとなったふたりの女性を紹介します]
 張子涵が言うと、ヒカリと高儷が席を立ち前に進み出て、班員たちのほうに向いた。
「ふたりとも上海からやってきました。まずこちらが高儷。彼女はいま、支団民政局の仕事をしています]
[ニンハオ。よろしくお願いします]と一歩前に出た高儷があいさつする。
[彼女は上海の周光立の紹介でこちらにやってきました]
 言われた名前を聞いて会場がざわざわする。
[周光立、というとひょっとして周光来の孫の?]と年配の女性が尋ねる。
[そう。上海副総書記の周光立です]と張子涵。
[そのような方が、どうしてわざわざ上海から武昌に来ようと思ったのですか?」
[そうですね...]一瞬言い淀んだのち、高儷は[...都会の喧騒からしばらく離れたいと思った、というところでしょうか]と、どうにか無難に答えた。

 次に張子涵はヒカリのほうに向いた。
[そしてこちらが、みんなから「シカリ」と呼ばれているニッポン人。最初第6区に転入しましたがこちらに移ってきました]
 高儷と同様、一歩前に出てあいさつするヒカリ。
「ニンハオ。どうぞよろしくおねがいします」
[彼女は本名は「美山光(メイシャン・グゥアン)」といいます。いろいろ事情があって彼女は中国語がしゃべれません。ニッポン語と英語だけですのでよろしく]
 会場の皆がイヤホンを通訳モードにして装着する。
[第6区にいたことがあったというと、ひょっとしてあなた、ジョン・スミスのところで働いているエンジニアなのかい?]
「はい、そうです。よくご存じですね」
[「上海からきた中国語のしゃべれない、とびきり腕の立つ女性エンジニア」といえば、武漢のコンピュータ業界で知らないものはいないよ]
[彼女は支団技術局で非常勤の局長助理も務めています。それから...]
 一呼吸おいて張子涵は続ける。
[そこにいる楊大地のいとこです]
[楊書記のいとこ、ということは、つまり楊守の?]
[そう、孫にあたります]
 またも会場がざわつく。
[楊守の孫が楊大地の他に、しかも上海にいたとは...]と先ほどの年配の女性。
[あたしも彼女のことを知ったのは、先月のことです]

[ふたりともいろいろと事情はありますけれど、今日のところはこれくらいにしときましょう]と張子涵。
[楊守といい、周光来といい、超VIPの関係者が班のメンバーに加わったのだね]と年老いた男性がしみじみと言う。
[ま、固いこと言わずに、みんな気軽につきあってやってください。あたしなんか、シカリとは完全にタメ口ですから...では歓迎の拍手ということで]
 張子涵が言うと、会場から大きな拍手が起こった。拍手が鳴りやむと張子涵が続ける。
[そうそう、ふたりとも住まいは楊大地のところです]
[ほほう、楊書記のところとは、ますますVIPだね]と微笑みながらさきほどの男性。
[まあまあ、そうおっしゃらずに...]と張子涵。
 ふたりの紹介が終わったのを見届けると、[わたしはこれで]と言いながら区長の郭偉は扉を開けて会場から出て行った。

<続く>

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ボカロ楽曲制作を6年ほどやって挫折。3年ほどまえからいくつかの小説投稿サイトで作品を公表しています。このたびNOTEで公表させていただくこととしました。よろしくどうぞ、お願いします。