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捨てる。について

捨てまくる日々

子供たちが小さいころはどんどん物が増えるばかりであったが
一人、また一人と巣立っていくと転居のたびに荷物は減っていく。

私はあまり物に執着がないので結構大胆に捨てる。
「捨てなきゃよかった」的なこともあるにはあるが、
そのうちそもそも何を捨てたかさえも忘れるので未練や後悔もなくなることを知る。

私個人の過去は就職で実家を出たときにほぼすべてを処分した。
小中、高校の卒業文集や卒業アルバムもない。
旅行や友達と一緒に撮った写真も捨てた。ネガも捨てたので焼き増しもできない。スマホのない時代、写真のデータも当然ない。

そこまでさっぱり捨てられたのは、母の言葉が大きい。
実は1回でキレイさっぱり捨てられたわけではない。段ボール1,2個にまとめた日記、絵、作文、アルバムを残して家を出た。
半年後くらいに母から
「リフォームすることになったけど、押入れの段ボールのどうする?邪魔だから、引き取って」と言われた。
実家といっても両親も転勤族であったため、最後こそ両親の持ち家だったが、私がそこで過ごしたのは大学生の間だけ。従って、生家的な思い出はない。
ちょっとは迷った。引き取るか、処分してもらうか。
逡巡していると母は言った。
「あなたが今後有名になって、過去の資料として必要になるんだったらとっておけば?」
なるほど、つまり、私の過去に価値があるのか?ということだな。それならば、即決。
「全部捨ててください。」
ゴミ分別もない時代だ。あっさりごっぞり捨ててもらった。
リフォーム後の実家には私がいた痕跡はキレイさっぱりなくなっている。そのせいか、実家の帰るときは「ただいま」ではなく「こんにちは、お邪魔します」だ。

リサイクルという選択

現在地の勤務年数は3年ときまっており、あと半年もしたらまた引っ越しする。今年の4月、末っ子が進学のため一人暮らしを始めたので、次回は手伝ってくれる若い力がない。半年かけて物を減らしていこうと思っている。前述の実家は飛行機の距離にあるため、この15年は数年に1回くらいしか帰省していなかったが、今年になってからは末っ子の進学がらみですでに3回行っている。其のたびに母は自分が着なくなった服を私に持たせようとする。要る要らないの攻防は時間の無駄なので、ほぼ全部引き取り宅配便で自宅に送ることになるのだが、配送料もなかなかだ。しかし、後期高齢者になった両親の身辺整理と思えば安いものだ。こうして自宅には物が増えていく。着ない服は大方捨てるのだが、母が結構「質の良いもの」をもっているため、これ〇〇円くらいしそうだなと思ってしまうと流行おくれでも捨てられなかったりする。それらを今回は思い切って処分しよう。衣装ケースの2-3箱にはなるのではないか。めんどくさがりなうえにここは田舎なので、メルカリとかセカストとかでの処分は難しい。地元密着型のリサイクルショップもあるにはあるのだが、持ち込むことさえ面倒なのだ。そんな私の溜息をキャッチしたのか、「古着でワクチン」なる商品のインスタが突如画面に現れた。なんと素晴らしい!!早速注文。

4日後にキット到着。詰めていく。おお、結構入る。「重くなるので、玄関で詰めましょう」というアドバイスを無視してどんどん入れる。やばい、満杯だ。重い。もう気持ちよくなって、基本この1年着なかった服は全部入れてしまえ。当然1袋では足りなくった。また注文しよう。その前に集荷に来てもらわねば。やばい、億劫だ。放置すること10日あまり。ネット集荷依頼はサービル対象外らしいが、営業店への電話で集荷予約できた。よしよし。玄関に移動させてぎゅうぎゅうに詰め込むとしよう。
もっといけそうな気がしたが、30kgまでと表記があるのであまり無理せず、いい感じに詰めてみた。時間通り集荷にきていただき、無事終了。

古着でワクチン!詰め込み!!

次は一気に2袋注文しよかな。
バッグとかも入れられるらしい。夫のスーツもあるし。

あと残り5か月、なんとか整理していこう!!


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