セーフスペースとパスポートの話

美術館へ行くのは決まって母や恋人、親友とで(在英時はこの限りではない)、1人で足を踏み入れたのは久しぶりだった。展示物の中に「パスポートにサインしないと入れない部屋」がある。「セーフスペース」の展示であり、アーティストと約束を交わした者だけが観れるということだった。
「美術館にいる自分」は私にとって大切な人にしか見せたくない、セーフスペースなのだと気がついた。

美術館の楽しみ方。展示を観てニヤニヤしたり目を閉じて立ち止まったり、突然動き出したりする自分。その時感じたこと。
そこにはうまく言葉にできない好きがたくさん詰まっていて、建築と言語と多様性に満たされること、なんかつまり、あれを体験している時間と空間が正しく私そのものであることは、誰にも、内緒なのである。

私のとっても内部にある、傷つけられると血が吹き出してしまうような、生身の温かい部分。

誰にも見せたくないね、でも一緒に楽しめる人がいると嬉しいね。母のこと、憎めないのはこういう時間を共有できるからかもしれない。同じ星に生きている人。親友は、別の星に生きている人。だけど干渉しないでくれる人。

子供の頃の、どの経験が影響しているのかわからないけれど、私は「好きなものを人に話す」ことが極端に苦手だった。今も割とそうだ。
親にも、親友にも、好きな人の話をしたことがない。年齢と共に結婚の話題を振られることが増え、恋人の有無くらいは話すようになった。だけど、どんなところが好きで、どうなりたくて、とか、そんなのは一度も。
好きな映画ほど、1人で観てしまう。
好きな本の話を、誰にもできない。

多分、相手に対して「どう見られたいか」であるとか「どうなりたいか」という考えが欠落しているのだと思う。
自分の話は、自分の中だけで完結してしまう。
敢えて他人に話す理由が、みつからない。
社会における自分の立ち位置とか、周囲の人からの見え方とか、「相手とどうなりたいか」「相手にどうしてほしいか」という観点が抜け落ちている。
だから、私の会話ってほとんどリアクションだけで構成されてるんだ。逆に、親友には自分の話だけを永遠に壁打ちしてしまう。

「自分(なんか)の言動が、他人に影響を及ぼすわけがない」という絶対的な考えが影響している気がする。それは、多分心の底に鎮座しているのだけれど、私はまだ、怖くて直視できないでいる。
そして同じく、「自分は他人の言動に影響を受けることはない(くらい強い)」という呪いもまた自分に課しているのだと思う。
ああ、なんてコミュニケーション不全なんだ。
「相手をコントロールする」強いコミュニケーションしか取れない両親の元で育ったんだけど、その影響は大きいだろうな、と思う。
呪い、とは思わない。戦果だ。戦って、生き延びてついた傷。でもいつまでも痛んだり、傷痕が残ったりしたら悲しいから、傷があることは自覚してケアしていこうねってくらいの話で。

なんだっけ、そう、セーフスペースとパスポートの話。
だからね、私にとってかなり広範囲における「自分らしさ」が全てセーフスペースに入っていたんだ。今まではね。

俳優業をはじめてから、SNSで感想とか、個人的にお手紙とかDMとか、もらうことがあって。作品に対する感想だけじゃなくて、「みちかちゃんだから」という言葉をもらって。びっくりしちゃって。
それは確かに、私が、「こうなればいいな」って願いを込めて発した言葉や行動なんだけど、それが相手に伝わってるなんて、1ミリも期待していなくて。
いや、俳優としては100%伝わってなきゃダメでしょって話なんだけど。
なんかでも、「ああ、本当に伝わるんだ」みたいに感動しちゃって。
それからオーディションやお仕事で新しい場所に行くたび「私だからできることってなんだろう」「私にしかできないことってなんだろう」って考えるようになって。
仕事が無い期間っていうのも初めて体験して、じゃあこの期間に、応援してくれてる人に対してできることってなんだろう。みんななんで、暁月みちかのことまだ覚えてるんだろうって不思議で、考えて、幸運なことにイベントや舞台の面会やでみんなと話す機会もあって。

最近は、そうやって、自分が他人に影響を与える前提で生きるようになってきた。
もう一つの呪いの方はまだ全然解けないし、それはお芝居の実力の方に直結してくるからまじヤバいんだけど。
でも、「私ってこんな感じかもー!」ってみんなに提示しながら生きていくのって楽しいなって思うし、みんなこうやって社会に参加していたのかー!って尊敬と難しさも感じている。

またみんなで、人生を豊かにしていきましょう。
毎秒、とてつもなく多様な感情を持っているはずです。それを引き出して、見つめ直すお手伝いをしたいです。
芝居や、文章で。
そんなカラフルな心模様が無数に交わる社会を、コントロールなんて仕様もないままならない人生を、愛する人が増えたら嬉しいね。

この辺の投稿をまとめたお話でした🍃


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?