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【withE通信:顔のない女】

皆さんは、「ウミガメのスープ」というクイズを知っていますか?
別名、水平思考クイズとも呼ばれますが、このウミガメのスープという呼び名は次の有名な問題に由来します(問題と解答はこちらのページ から引用しています)。

<ウミガメのスープ>

ある男が、とある海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文した。
スープを一口飲んだ男は、それが本物の「ウミガメのスープ」であることを確認し、勘定を済ませて帰宅した後、自殺した。一体、なぜ?

ウミガメのスープでは、回答者は出題者に対して「はい」「いいえ」「関係ありません」のどれかで答えられる質問をします。

回答者:スープに入っていたのは本物のウミガメですか?
出題者:はい
回答者:自殺の方法は重要ですか?
出題者:いいえ

今回の問題でいえば、このようなやり取りをしながら真相を推理していきます。

ちなみに、この問題の答えは以下の通りです。


男はかつて数人の仲間と海で遭難し、とある島に漂着した。食料はなく、仲間たちは生き延びるために力尽きて死んだ者の肉を食べ始めたが、男はかたくなに拒否していた。見かねた仲間の一人が、「これはウミガメのスープだから」と嘘をつき、男に人肉のスープを飲ませ、救助が来るまで生き延びさせた。男はレストランで飲んだ「本物のウミガメのスープ」とかつて自分が飲んだスープの味が違うことから真相を悟り、絶望のあまり自ら命を絶った。

このように、一見すると意味がわからない不可思議な問題の真相を見抜くのがこのクイズの醍醐味なのですが、こんなことを思った人はいないでしょうか?

「さすがに設定に無理があるんじゃないか?」と。
「クイズだから」と言ってしまえばそれまでですが、現実味がないことも事実です。

ですが、世の中にはウミガメのスープに引けをとらないような奇妙な事件も存在します。今回は、十数年前にドイツで起こったある事件についての記事です。

<問題>

せっかくなので、ウミガメのスープ風に進めていきましょう。問題は次の通りです。

ドイツのある街で、少年らが学校に不法侵入する事件が起こった。現場に残っていた缶から採取されたDNAを調べた結果、14年前に起こった殺人事件をはじめとした40件近くの犯罪で指名手配中の人物のDNAと一致した。一体どういうことだろうか?

もちろん、不法侵入をした少年たちが数々の事件の犯人だったわけではありません。
ここからは、皆さんも推理しながら読んでみてください。

DNA鑑定の結果は合っていましたか?

はい、DNA鑑定の結果に間違いはなく、全て同一人物のDNAでした。


缶から検出されたDNAは少年たちのものでしたか?

いいえ、少年らの誰のものでもありませんでした。



現場にあった缶は少年たちのものでしたか?

はい、少年らが残していったものでした。


指名手配犯は不法侵入事件の現場にいましたか?

いいえ。


指名手配犯は不法侵入事件に関わっていましたか?

いいえ、無関係です。


指名手配犯は14年前の殺人事件の犯人でしたか?

いいえ。


指名手配犯は容疑がかかっている事件いずれかの犯人でしたか?

いいえ、どの事件も起こしていません。


実際に数十件の事件を起こした指名手配犯は実在しましたか?

いいえ。


警察が指名手配犯のDNAだと思っていたものは事件とは関係のない人物のDNAでしたか?

はい。


<事件の概要>

皆さんある程度の予想はついてきたのではないでしょうか?

ことの発端は、2007年ドイツのハイルブロン市で起こった警官2人の殺傷事件でした。この事件の捜査中、現場で採取されたDNAが、ドイツ各地さらにはフランス、オーストリアの殺人・強盗・薬物取引の現場でも検出されたほか、1993年に起きた殺人事件で採取されたDNAとも一致したため、警察は国際的連続殺人犯としてこのDNAの人物に指名手配をかけました。

DNA分析の結果から、犯人は東欧やロシア出身の女性である可能性が高いとされたものの、捜査は難航。この姿の見えない犯人は、「ハイルブロンの怪人」「顔のない女」と呼ばれるようになりました。

しかしその後、明らかにおかしいケースが発生しました。
その1つが今回の問題になっていた学校への侵入事件です。逮捕された少年らのグループの中に女性はおらず、また彼らも女性の共犯者の存在を否定していました。
さらにフランスで見つかった難民の焼死体からも「ハイルブロンの怪人」のDNAが検出されるという事態に。

ここまでくると、警察もさすがに何かがおかしいことに気づきます。それまでの捜査を改めて調べた結果、驚きの事実が判明しました。

<事件の真相>

警察が追い続けていた「ハイルブロンの怪人」のDNAは、警察が捜査で使用する綿棒を出荷していた工場で働くある女性のものだったのです。「ハイルブロンの怪人」の犯行と思われていた事件の捜査で使われていた綿棒は、全てこの女性が働く工場から出荷されたものであり、綿棒の包装時に女性のDNAが付着していました。そのDNAを犯人のものと勘違いしたため、「ハイルブロンの怪人」という架空の大犯罪者が生まれてしまったのです。


<途中で気づけなかったのか>

この一連の事件、何かおかしな点がなかったのかというと、そういう訳ではありません。

「ハイルブロンの怪人」のDNAは、複数の殺人事件を含む合計40件の事件で見つかったのですが、中には事務所に侵入しながら小銭だけを盗むという軽微なものも含まれていました。しかし、2001年に見つかった薬物のヘロインを使用するための注射器からも「ハイルブロンの怪人」のDNAが検出されたため、警察は「ハイルブロンの怪人」は薬物中毒者であると考え、それがいくつかの不自然な犯行の原因だと考えてしまいました(もちろんこれも綿棒工場の女性のDNAです)。

また、殺害された警察官は薬物事件の潜入捜査官であったため、「ハイルブロンの怪人」の薬物取引への関与も疑われたほか、また別の事件で目撃者の証言から作られたモンタージュ写真が明らかに男性だった際には、「ハイルブロンの怪人」が性転換手術をしたのではないかという憶測まで飛び交いました。

ここまでのことがありながら、警察が自分たちのミスに気づけなかった理由、それはDNA捜査に対する圧倒的な信頼です。実際、DNA鑑定の精度は非常に高く、ほぼ間違いなく個人を特定することができます。それゆえ、そもそものDNAが犯人のものではないという可能性に気づけなかったのです。


<日常生活にも潜む「確証バイアス」>

このように、自分の仮説に合う情報だけを集めようとし、仮説に反する情報は無視したりいいように解釈したりする傾向のことを確証バイアスといいます。

例えば、次のような問題を出されたとします。

“次の3つの数字の列はある法則に従って並んでいます。その法則を当ててください。ただし、自分で作った数列が法則に従っているかどうか質問することができます”

まず、見せられた数列は「2、4、6」でした。
回答者であるAさんが「4、6、8」「10、12、14」「1、3、5」が法則に従っているか質問すると、「どの数列も従っている」という答えでした。そこでAさんは、「左から2ずつ大きくなる」法則だと回答しました。

さて、皆さんはこの答えが合っていたと思いますか?また、皆さんならどんな数列を見せて質問するでしょうか?

残念ながらAさんの回答は不正解でした。正解は「左より右の数字のほうが大きい」でした。「そんな単純なルール?」と思ったかもしれませんが、実際、Aさんと同じ回答や「偶数列」という回答が思い浮かんだ人も多いのではないでしょうか?

実は、これは「On the failure to eliminate hypotheses in a
conceptual task」という論文に出てくる「246課題」という有名な心理学の実験で、実際に参加者の多くが「2ずつ大きくなる」と答えました。

本来、「2ずつ大きくなる」という仮説をより確かなものにするためには、「2、5、8」「1、6、8」のような仮説に反する数列が法則に従わないことを確認しなければなりません。しかし、「2ずつ大きくなる」という法則が答えだと思い込んでしまったために、それを否定する数列にあまり目が向かなかったのです。

今回の「ハイルブロンの怪人」も、警察がその存在を信じきってしまったがために、それに反するケースを都合の良いように解釈してしまい解決が遅れたと考えられます。
確証バイアスは日常生活のさまざまな場面でも見られることが知られています。皆さんも知らず知らずのうちに間違った判断をしてしまっていませんか?
作:高妻(英語担当)

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