【ぼっち・ざ・ろっくSS】「視点K」


「ごちそうさまでした」

私の名前は喜多 郁代、今年秀華高校に入った高校1年生。
ちょっと紆余曲折あってバンドを始めて、ギターを練習中。
ギターなんてまるで未経験だったのだけど、同じバンドの同級生に教えて貰って何とかライブハウスのオーディションでOK貰える事が出来ました。
そして、今日もお昼休みにその子に教えて貰います。

「喜多、今日も師匠のとこ行くのか?」

同じクラスの佐々木さんが練習の事が気になるのか話しかけて来ました。

「うん、でも後藤さんご飯食べるのゆっくりだしもうちょっとしてから行くつもり」
「あそこ通るとギター聴こえてくるけど、最近は随分サマになって来たよな」
「えへ、ありがとう、でもあそこでは感想言わないでね?後藤さん『誰にも聴かれてない』って体裁じゃないとギター弾けなくなっちゃうから」
「もう全校生徒が知ってるよそれ、みんな『あそこで音立てたら死ぬ』くらいの覚悟で通ってるよ」
「いや別にゾンビじゃないんだから…っていうか最近足音もしないと思ってたらそういう事だったのね」
「おう、息止めてるヤツもいるぞ」
「いや、だから別にギター弾いてる事を気にせず通ってくれればいいのよ?」
「だったら話しながら通っても問題ないのか?」
「…えっとね、後藤さんめっちゃ地獄耳で自意識過剰でね、それでいて被害妄想過多だから誰かが話してたら自分の悪口言われてるんじゃないか?って思っちゃうのね」
「生きづらそうだなそれ」
「でね、他の子達が楽しそうに話してるの見ると、自分がそんな風に他人とコミュニケーション取れないからコンプレックス爆発させて発作起こしたりするの」
「やっぱりあそこは会話禁止だな」
「お手数お掛けして申し訳ありません」
「別に迷惑って程でもないし、アイツがコミュ障っぽいのはみんな心配してるしな」
「ありがとう、私もみんなとお昼食べようとか誘ってるんだけど、嫌なら嫌って言ってくれればいいのに断るのも気まずいみたいで逃げ出しちゃうのよね」
「そういうのは無理しない方がいいよ」

ふと周りを見ると、話を聞いてたクラスの子達が「完全に理解しました」って顔で私を見てる。
他のクラスの子なのにみんな気を遣ってくれる、みんな優しい。

「…もうそろそろ後藤さんお昼食べ終わる頃だわ、行かなくちゃ」
「おう、頑張れ」

私はギターのバッグを取って、いつもの階段下スペースに向かいます。



「ごちそうさまでした」

後藤ひとりはいつもの階段下スペースでひとりで昼食を食べ終えたところだった。
すると階段を降りて来る足音が聞こえて来る。
軽やかで、楽しそうな足音。

「後藤さん!今日もよろしくね!」
「あっはい、よろしくお願いします」

後藤さんの手元を見ると、食べ終わったお弁当箱のフタを閉めているところ。
今日はちょっとだけ早かったな、でもまぁセーフ。
後藤さん、私は来るのが早過ぎても遅過ぎてもおかしくなる。
あんまり早く来ると後藤さんがお昼食べ終わるのを待ってる事になるんだけど、私を待たせてる事を気にしちゃって無理して早食いして咽せたりするし、お昼終わるまでずっと挙動不審になっちゃう。
遅れたら遅れたであからさまに余計な事考え事してましたって顔でお出迎えだし、それもお昼いっぱい様子がおかしくなる。
丁度いい時間に来ないと後藤さんがベストコンディションでギター弾けないし、私も練習にならない。
このピッタリの時間の感覚をようやく掴めるようになった。

「昨日は2曲目を練習して来たの、見てもらえる?」

今日は後藤さんがまだお弁当箱を片付けてるので、私はゆっくり準備する。
背負って来たギターバッグを膝に置いて、ギター出す前に練習する曲の話して間を持たせる。
後藤さんに待たせてるって思わせてもダメだし、待たせてもいけない。
丁度いいタイミングで準備出来た感じにしないといけない、それも自然に。

「練習はどこまでやりました?」

後藤さん、ギターや音楽の話になると言葉に詰まったりせず聡明に話すようになる。
今日は特に調子良さそう。
でも、手元はいつもの様に迷ったり躊躇ったりしながらお弁当箱を片付けてる。
結び目の長さが左右で違ってるのが気になって手が止まったけども、諦めてカバンの中にしまい込んだ。
多分、練習が無かったら結び直すんだと思う。

「ん〜、イントロからBメロまで通しで弾いてみたの、失敗せずにはまだ弾けないかな」

後藤さんはお弁当箱をしまったので、私がギターを出し始めて大丈夫。
後藤さん、普段の動作は右往左往しながらになるので遅いのだけど、ギターバッグに手が掛かったらビックリするくらい早い。

「じゃあ私はイントロの後はヴォーカルのメロディ弾きますんで、それで合わせてみましょう」

後藤さんとギターの練習をする時はここがいつも楽しみ。
後藤さん、普段の動作は迷ったり躊躇ったりでギクシャクしてるのに、ギターバッグに手がかかった瞬間から迷いや躊躇いが一切消えて全ての動きに無駄が無くなってスムーズになる。
別にスピードアップする訳じゃないのに気が付いたらギター構えてる。
ピックなんて探してる様子なんてなかったのにいつのまにか持ってる。
なので、後藤さんがギターバッグに手が掛かるかな?くらいのタイミングで膝の上のギターバッグのチャックに手を掛けたら、後藤さんにちょっと遅れてギターの準備が出来る感じ。

「うん、それでお願いします」

私がバッグからギター出して膝の上に置いていたバッグを横にどかした時には後藤さんはもう既にギター構えてフリーで弾いて音チェックしてた。
後藤さんが弾く音は何気なく弾いた音でもすごく綺麗。
天使が弾くハープみたい。
膝の上からどかしたバッグのポケットからピック取り出して私も準備完了、フリーで音チェック。
素人の私が聴いても後藤さんの音とは天と地の差、まるでオモチャ箱をかき回してるみたいにガチャガチャしてる。

…あれ?弦が一本足らない?

「6弦、切れてませんか?」

ヘッドの方を見たら一番細い弦が一本ぶら下がってる。
え?昨日はちゃんと弾けてたのに!

「弦が切れるのは練習してる証拠ですよ、そんなに慌てなくても大丈夫です」 

私が慌てて取り乱してるのを見て後藤さんが嗜めてくれた。

「えぇ、うん、ありがとう…でも今日はもう練習出来ないわね」
「私も予備は持って来てないんで、バイト行く前に楽器屋さんに寄りましょうか」

今日は後藤さんの機嫌も良さそうだったんで良い練習出来ると思ったのに…

「…喜多さん、ギター交換しませんか?」

…へ?ギターを交換?何で?

「私は喜多さんに合わせて弾くだけですから、今日の昼休みは喜多さんは私のギターを弾いて下さい」

…あ、なるほど、後藤さんのギターは無事だからそれで練習出来るんだ。
お昼休みは短いし、変に遠慮してても時間の無駄よね。

「うん、じゃあお願い、ギター借りるわね」
「お互い様です」

ふたりでお互いのギターをグルッと回して交換、後藤さんのギターは大きくて重たい。

「それじゃ始めますね、ペースはオリジナルでいいですか」
「うん、間違えてもいいから本番のペースで練習したいの」 
「凄いですよね、ギター始めて何ヶ月も経たないのに、私なんてやっとコード押さえられるようになったくらいですよ」
「先生がいいのよ」

後藤さんがカッティングでカウント取るとそのままイントロ弾き始める。
ゴリゴリのソロを弾く後藤さんに合わせて私はコードをストロークする。
後藤さんは6弦が無いので飛ばして弾くもんだと思ってたけど、6弦の音を出さずに済むように別アレンジで弾いてる。
1オクターブ低いとかじゃなく、全く別アレンジ。
だけどちゃんと「同じ曲」

イントロが終わると、後藤さんは本来なら私が歌うヴォーカルのメロディを弾き出す。
私は変わらずコード押さえてアップ・ダウン。

…そういえば、後藤さんがヴォーカルのパート弾いてるとこ初めて聴いた。
始めてって言えば今回のイントロも聴くのは初めて。
前もって練習するようなとこじゃないよね。
そんないきなりぶっつけで新しい曲なんて弾ける物なの?

「どうしました?」

打ち合わせ通りBメロまで弾いてキョトンとしてると、後藤さんが心配して声を掛けて来た。

「…あのね、私ね、音楽って楽譜があってそれを正しく演奏するのが『音楽』だと思ってたの」
「あっ、はい」
「後藤さん、今のイントロとかヴォーカルのメロディとかどうやったの?」
「えっあっ、喜多さんが練習出来るようにって取り敢えず音を出せればいいかなって思って、イントロは弦足らないんでそれっぽく弾いて、ヴォーカルは1オクターブ下げれば6弦要らないし」
「そんなその場で思い付いて弾けるもんなの?ヴォーカルのメロディも音を覚えてるにしろ練習も無しにいきなり弾けるもんなの?」
「えっあっそれは、あの、ほら、喜多さんがみんなに何か話する時に台本とか無くても楽しい話してくれるじゃないですか?」
「えっ、ま、まぁそうね」
「私とか、先に台本作って話す事考えてないと何も話せませんけど、喜多さんはその場でアドリブで話せるじゃないですか、それと一緒ですよ」
「…後藤さんのコミュ障って、私のギターと同じなんだ」

何となく理解は出来たけど、上手い人ってそんなお喋りするみたいに弾けるんだ。

ふと、ちょっと後藤さんに意地悪な事を思い付いたら、それが顔に出ちゃったみたいであからさまに後藤さんが身構えた。
まぁバレてるんなら期待に応えないとね。

「それじゃあギター全然弾けなかった私もここまで弾けるようになったんだから、後藤さんもみんなとお喋り出来るようになるんじゃないかしら」
「うえぇっ、みんなって、喜多さんの他の人も一緒って事ですよね」

当然でしょ、って言うのを抑えて、本題に。

「私もね、よっぽど仲の良い子とかじゃなければ話する時は緊張するのよ?」
「え?えぇ?ええぇ〜?」

…私を何だと思ってるんだろうな(笑)

「でもね、色んな人とお話しするの、とっても楽しいの」
「楽しい、ですか」
「うん、だから緊張はするし知らない人と話すのはちょっと怖い事もあるけど、お話したら楽しいんだろうなって思ったら話せるの」
「はぁ」
「でね、コミュニケーションもギターと同じで練習しないと上手くなれないと思うの」
「練習、ですか」
「うん、だから、後藤さんも怖がってばかりじゃなくてちょっとずつでも色んな人とお話しした方がいいと思うの」
「…え、え?」
「別にいきなり知らない人じゃなくもいいの、最初は私とだってちゃんと話してくれなかったでしょ?」
「あ、あ、それにつきましてはご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳なく…」
「別にそんなのはいいの、後藤さんだって私のギター練習に付き合ってくれてるでしょ?」
「あっはい」
「後藤さん、誰とも仲良くなりたくないって訳じゃないじゃない?」
「あっ、はい」
「だったら、私はギター教えて貰ってるんだし後藤さんのコミュ障治すの協力するのにやぶさかではないのよ?」
「あっ、うっ、あっ、はい」

後藤さん、尋問されてるみたいになってしどろもどろになってる。
じゃあ、とっとと確信的な質問をして楽にしてあげましょう。

「…後藤さん、私とお話しするのは嫌い?」
「えっ、そ、そんな事はないです!喜多さん、ギター一生懸命に練習してるし、喜多さんが上手くなって行くのを見てるのは嬉しいですし、一緒に練習するのは楽しいです!」

…後藤さん、聞かれたくない事や都合の悪い事は有耶無耶に返事するけど、嘘じゃない事は真っ直ぐに話してくれる。
分かりやすいのね。

「私も後藤さんがちゃんと話してくれるのは嬉しいの、だから私やバンドの先輩達を練習台にするつもりでいいから、後藤さんも色んな人とお話しして楽しいって思えるようになってくれたらいいな、って思うの」
「…色んな人、ですか」
「そんなすぐに出来るようになろうなんて思わなくていいの、私だっていきなり後藤さんみたいにギター弾けるとは思ってないもの、少しずつでいいのよ」
「ううぅ、が、頑張ります…」

昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。

「…今日は練習あんまり出来ませんでしたね」
「でも今日は後藤さんといっぱい話せて仲良くなれた気がするわ」
「いやぁ、私なんかで申し訳ないです」

ギターをまたグルッと回して交換してバッグの中にしまいピックをバッグのポケットに放り込む。

「それじゃあまたバイトでね、後でロインするね」
「あっはい」

私はバッグを背負って階段を駆け上がって行く。



教室に戻ると、一瞬クラスの女の子達が私の方を見て目を逸らした。
うん?何だろ、私何かしたかな?

考え事しながら席に戻ると、佐々木さんが声をかけて来た。

「よぉ、お前ら変なコンビだとは思ってたけど、あんなにお熱い仲だとは思わなかったぜ」
「…聞いてたの?」
「なんかさぁ、会話禁止ゾーンに人だかりが出来ててみんなして息殺してるじゃん、何事かと思って寄って見たら喜多が熱い想いを語ってるじゃない、いやもうドッキドキだったぜ」
「…そんなんじゃないわよ」

…これは今日中に学校中に広まるやつだわ。
まぁ、別に悪い事も恥ずかしい事も言ってないし。

「でもアイツ、フニャフニャした奴だと思ってたけど、結構いい奴だな」
「…でしょ?」
「お前らコンビの今後の成長が楽しみですわ」
「長い目で見ててね」

これは後藤さんには言わない方がいいな。
バレたらもう学校で練習みてくれなくなるかも。

…それはそれとして、あんだけタンカ切ったの聞かれたらんだもん、もっと練習してギター上手くならないと。

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