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支援の「成果」

福祉、支援の仕事に従事されてる方で、自身の仕事の「成果」をきちんと定義されてる方ってどれくらいいて、その成果、って一体何なんでしょう?
 
 
 

どんな事柄にも必ず行動に対して結果が生まれます。
特に仕事となると、必ず目的と手段、行動と結果をどれだけ一致させていくか、ということが求められます。
 
 
営利業であれば売り上げや利益、販売数、業界シェア、顧客満足度、リピート率など、自分達の集団の目的に近づく事を示すための指標が多くあります。
もちろん定量的に測れない要素はあると思いますが、それでも成果の定義を明らかにする材料としては豊富だなぁ、と思います。
 
 
それに対して、僕ら対人援助的な仕事、役割って、ここのところがひどく曖昧じゃないですか?
 
 
目的と手段は明確ですが、それに対する行動と結果の一致性はあまり問われていない感があります。
 
 
確かに僕らの業界でも収益事業をやっていたら、やっぱり経営の指数として売り上げや利益(利益、と必ずしも表現はしてないけど)、顧客数や利用率、みたいなものは取り扱いますが、それ自体が集団の目的なわけでも成果なわけでもない。
 
 
 
じゃあ僕らの仕事における「成果」って何なのかを、みんなどうやって認識してるんだろう?
 
 
 
これ結構前から疑問なんです。
 
 
僕は少なくとも今までの経験の中で、売り上げや利益や理念、などは目的や指標としては示されてきたし、もちろん経営上、そして自分の所属してる法人の存在意義や価値をあげるためにも意識してやってきているつもりですが、なんだろう、1人の支援者として、何を成果として自分の役割に向き合うかを示されたことはないんですね。
 
 
制度事業で定められてる「個別計画」的な目標を成果として設定したらいいんでしょうか?
それとも就労移行なら就職者数?
工賃額?
 
 
そこを成果として皆さんは定義してるんでしょうか?
そこにしっくりきてるんでしょうか?
 
 

 
 
なんで成果の定義、なんて話をしてるかというと、別に営利業と同じ棚に自分達の仕事を並べようと言う事じゃありません。
 
 
 
福祉っていう分野は、そもそも成果を定義しにくく、あまり定量的な指標との相性はよくなくて、じゃあどうする?っていう議論があまりにされてないんじゃないかと思うんです。
 
 
 
でも、僕らは「支援」という手段をやってたらいいわけじゃなくて、利用者さん一人一人に対して何の成果を残すのか、を何かしらの指標として定義しないと、ただの「結果論」になりはしないか、となりませんか?
 
 
  

 
違法性の阻却、という言葉があります。
 
 
ある行為が、外形的には犯罪や不法行為になるように見えても、法律上その行為を正当とする理由があるため、違法性がなくなり、犯罪や不法行為とならないこと。正当防衛や医師の手術行為などに適用。(コトバンクさんから引用)
 
 
昔働いてた会社の研修で教わった言葉です。
僕ら福祉も、これと同じところにいるよ、って話。
まぁ、風刺ですね。
 
 
支援はするけど、その結果についての責任を追求されない。
法律上、その行為が正当とされるから、結果の有無は問われない事への皮肉をこめた話です。

 
 
 
 
もちろん、人の支援なので必ずしも望む結果は出ないかもしれない。
でも、そこを定義してある意味では評価軸をもっておかないと、品質基準のない商品と同じになるんじゃないか、と思うんです。

 
  
 
 
熱っぽくなりすぎですかね。
 
  
 
事業種別が支援者の成果を定義してるわけじゃなく、経営指標がそれにあたるわけでもない、数値化できるものでもないのであれば、僕ら支援者の成果を定義する概念は何で測ればいいんでしょう?
 
 
答えは僕もまだよく分かりませんが、うちの事業所では、ひとまず利用者さんの笑顔がどれほど増えたか、まだ曖昧な表現だけど「人生が具体的に前に進んだ」か、利用者さんにどれだけ信頼されているか、あたりを支援者の成果だと一旦定義しています。
 
 
この指標がいいのかどうかはさて置いても、もし今支援、という仕事の成果に定義がされていなければ、少し考えてみてもいい議論じゃないかなぁ、と思います。

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