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オーガニックという名の光輪、ワインとハロー効果


こんばんは、じんわりです。


 突然の質問ですが、皆さんにとっておいしいワインとはどんなワインでしょうか。特定の産地や生産者のワイン、特定の栽培醸造方法を採用したワイン、コスパが良いと感じられるワインなどなど・・・、いろいろな価値観があるでしょう。

 私にとって本当においしいワインとはブラインドテイスティングしたときでも不快な味臭いがなくおいしく感じられるワインです。ブラインドテイスティングというと、ワインの外観以外は価格情報も含め一切不明の状態で試飲評価する行為、という定義が一般的でしょう。

 何が言いたいかというと、特定の産地や生産者、品種、栽培醸造方法、価格等の周辺情報を飲む前に知ってしまうことで、我々がワインの中身だけをあるがままに感じられなくなる可能性があるということですね。いわゆるバイアスというやつですね。

 本項ではこの問題を実際に実験で証明した論文を引用しながら、賢くワインを選ぶために消費者さんにお伝えしたいことを綴っていこうと思います。

 引用する研究結果は今年初めに公表されたRomanoらのものです。オーガニックというキーワードを事前に飲み手に与えた場合、ワインの評価にどのような影響が及ぶかを実験しています。以下に概要と一部結果を雑に要約しますね。本稿で綴りたい点にフォーカスするため、一部結果のレビューについては敢えて割愛することをご容赦くださいませ。

Romanoらの試験概要

被験者グループ:
教育されたテイスター群(48名の男女、平均年齢27.5歳)
教育されていないテイスター群(47名の男女、平均年齢38.2歳)

供出ワイン:
白=オーガニック3本(ポルトガル産)、非オーガニック1本(シャブリ1erクリュ)
赤=オーガニック3本(ポルトガル産)、非オーガニック1本(AOCブルゴーニュ)


 テイスティングセッション(※):
・教育されたテイスター群 → オーガニック、非オーガニック、非開示の3セッション
・教育されていないテイスター群 → オーガニック/非オーガニックを開示した1セッション

(※)ここがポイントですね

教育されたテイスター群には、同じ赤白各4種計8種の2フライトを異なる3前提条件でブラインドテイスティング実施

 1回目:テイスティングするワインは非オーガニックワインであると被験者に注げる
 2回目:テイスティングするワインはオーガニックワインであると被験者に注げる
 3回目:テイスティングするワインがオーガニックか非オーガニックかを推測して欲しいと被験者に注げる

教育されていないテイスター群には、教育されたテイスターの各セッションで使用された8本ワインについてオーガニックであると伝えた上でブラインドティスティング実施


試験結果の抜粋

“Willingness to pay(WTP)” スコア
 (テイスティングした上で)このワインをいくらなら買うか問う意味ですね。教育されたテイスター群のテイスティング後の提示価格平均は・・・
 
非オーガニックと告げられた場合 → €4.44(¥533)
 オーガニックと告げられた場合 → €8.29(¥995)

 中身は同じワイン8本のセットなのにオーガニックと称した方が倍近くの値段で売れるという驚きの結果です。被験者である教育されたテイスター群は全員が週1回以上ワインを飲むと答えるほど経験豊富な人々であったので、非オーガニックワインとオーガニックワインの相場観を踏まえてこの値段なら買うという回答を出したのかもしれません。
 どのような背景があるにせよ、ワインの中身よりもオーガニックであるかないかという条件の方が被験者の希望購入価格に強い影響を与えた、と捉えてよいでしょう。

 以下このWTPスコアリングについての補足説明です。興味のない方は読み飛ばして頂いても良いと思います。

補足1:
この2セッションの平均価格差は統計学的に意味のある差(≒偶然ではない)でした。
 補足2:
日本円価格へは¥120/€で換算しています。ここでワイン常習者の方は「ん?安すぎない?8本平均の価格とは言えシャブリ1erクリュやAOCブルゴーニュを含んでこの値段?」とお感じになったと思います。
これは現地価格ですね。それぞれの原産地呼称の相場感で雑に推測すると、これらのワインの日本での小売り価格はおおよそ¥1,500~¥4,000あたりに収まるのかなと考えます。


 一方、教育されていないテイスター群は試飲する8本がオーガニックワインであると情報開示を受けた上でブラインドテイスティングを行っています。そのときのWTPスコア平均は以下です。

教育されていないテイスター群 → €6(¥720)

教育されたテイスター群のオーガニックセッションでのWTP平均=€8.29(¥995)よりも安く指値されている点が興味深いですね。テイスティングコメントの解析から、8本中6本のワインには程度は不明ながら何等か不快な味臭いが認められたと考えられ、ある意味プロよりもノンプロの方が鋭くワインの中身を評価できているともとれる結果です。


被験者集団について

 教育されたテイスター群はワインの官能評価(テイスティング)用語やワインの知識を熟知したンワイン醸造学とぶどう栽培学を専攻する大学院生であり、教育されていないテイスター群は大学職員や専門外の学生たちからリクルートしたとの記載が論文中にありました。以下は両被験者群のワイン喫飲頻度と自己申告の習熟度の比較表です。

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 その他論文中の記載も含め総合的に判断すると、教育されたテイスター群はワインの科学を理解しており、ある程度の確かさでオフフレーバーを検知し、適切に言語化できる(例:硫化臭や馬小屋臭をブショネと表現しない)レベルにあると想像できます。

 一方教育されていないテイスター群も喫飲頻度を見ると、週1回以上の喫飲者割合が約75%と、一般的な日本の消費者よりはるかに経験豊富と言えそうです。日本国内の消費者約1万人に実施した調査(MyVoice「ワインに関するアンケート調査」(第8回))での同頻度喫飲者割合は約23%だったそうですので。

 彼らはワインの科学や感知したフレーバーを適切に言語化することに関しては素人かもしれませんが、ある程度「飲み慣れている」被験者であることが想像されます。彼らのWTPスコアリングにおける指値平均は感覚的ではあるものの、経験上の相場観に基づいた妥当なもの、と言えるかもしれません。

オーガニックという名の光輪

 ここからは、本研究の結果を踏まえて、オーガニックも包含するナチュラルワイン界隈の話題について私が思うことを綴りますね。

 実験結果からRomanoらも述べている通り、オーガニックという枕詞が付くと、ワイン中にオフフレーバーが感じられてもある程度までは許容されてしまうようです。いわゆるHalo効果が原因のようです。Haloとは「後光」や「光輪」と訳される、絵画の聖人たちから出ている光や天使の輪っかみたいなものを言うようですね。

 日本人には水戸黄門の印籠のようなものとお伝えした方がわかり易いでしょうか。印籠を出して「頭が高いッ!ひかえおろぅ!!」と助さん格さんが一括すると、先程までジジィ呼ばわりで刀を向けていたご老公に対して悪役一同即土下座、というベタなやつです。どうでもいい話ですが、印籠を出すのは格さんの役目です。

 真面目に話を戻します。世界的に昨今の消費者さんはオーガニック、ナチュラル、エシカルといったキーワードをワインに求めているように感じます。それは近年始まったばかりで、この先もっと要求はエスカレートするのではないかと私は予見しています。そういった消費者心理は理解できるものの、テロワールと言った言葉と同様にオーガニックやナチュラルといった言葉そのものも、昨今独り歩きをしているように感じられます。「とにかく謳っとけ」的な風潮がやや強く感じられ、中身としてのワインが置いてきぼりになりがちではないでしょうか。

 もし本稿をワインビギナーさんがご覧になっているのならお伝えしたいことは、今回引用した実験が示すようにオーガニックやナチュラルという謳いはそのワインのおいしさを必ず保証するものではないが値段は非オーガニックのワインより高くなる傾向にあるということですね。

 また、安全性についても、「オーガニックだから、ナチュラルだから普通のワインより安全」と言えるエビデンスを私は見たことがないのですね。農薬や酸化防止剤などの添加物に対しても各国が健康を考慮した上で使って良いものとその上限を定めているはずなので、ジエチレングリコール事件のような違法行為がない限りは必要最低限の安全性は担保されていると考えてよいと思うのです。

 ですので、まずはオーガニック、ナチュラル、ビオといった売り文句に拘らずにおおらかにワインと付き合ってもらってはどうでしょうか。ご自身が感じる「おいしい」を信じてワインを楽しんで頂ければと思います。

清濁併せ吞む

 個人的に印象的だったのは、シャブリを非オーガニックワインとしてブラインドテイスティングに供すると「還元的」(硫黄系の香味)とのコメントがオーガニックセッションよりも多く聞かれた点です。おそらくは火打石の特徴がしっかり出たワインだったと推測されますが、産地が開示されていない上に非オーガニックと設定された条件下では、火打石の特徴がポジティブな要素と判断されなかったようです。

 私がテイスターの立場であれば同じ判断を下したのだろうなあとしみじみ思います。シャブリだから、サンセールだから「らしさ」として許容されるという共通認識があるように思います。逆に言うと産地や価格が不明のまま飲むと不快臭にしか感じず「らしさ」を楽しめない可能性があるということですね。Halo効果があった方が良い場合(例:今から飲むワインがシャブリとわかっている)もあるのだなと思いました。

 そうすると困ったことに、オーガニックやナチュラルという枕詞は消費者さんによる誤解を誘導したり盲目的な品質妥協を容認する恐れがあると批判しながら、ワインを楽しむためには産地、価格等の事前情報があった方が良い、とするやや矛盾した物言いを私はせざるを得ないのかもしれません。清濁併せ吞む。そういった納得の仕方でしょうか。ワインの清濁ではなく主義思想的な清濁ですね(笑)

 もちろんワインビギナーの方はオーガニック云々だけでなく、産地や品種も気にすることなく、ご自身のお財布と相談されながら手頃な価格のワインを楽しむことからスタートして頂くのが良いのではないかと思います。ある程度本数をこなしていくと、自然と知識は付いていきますので。


さんて!

じんわり

引用:
Romano et. al., Off-Flavours and Unpleasantness Are Cues for the Recognition and Valorization of Organic Wines by Experienced Tasters, food, 2020
https://www.myvoice.co.jp/biz/surveys/25701/index.html

関連稿:
大手企業も「オーガニック」に一目置いていますね。

 
我々が感じるワインの「おいしい」は、事前に知り得た周辺情報や喫飲時の環境の良し悪しに影響される非常に曖昧なものですね。それを前提に出来るだけおいしく、楽しく飲めるといいですね。本稿中でもワインのHalo効果に関する研究結果を引用しています。


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