見出し画像

【映画感想】ウオーッ!イップ・マン!イップ・マン師匠!あなたこそ俺の師匠だ!

「イップ・マン継承」を見てきた。おとといAmazonビデオで一作目の「イップ・マン序章」を見て、きのう二作目の「イップ・マン葉問」を見て、今日映画館で三作目にして最新作の継承をみるという見事なドハマりコースである。

ちなみに一作目と二作目はAmazonで100円だし、Huluにもある(Amazonにお金払って見たあとで気づいた)のですぐに見られる。見よう。最新作も4/22に公開されたばっかでどこの映画館でもやってるし、メチャクチャおもしろいのに全然人も入ってなかったのですぐ見られる。見よう。

ちなみにこの記事ではネタバレとかそういうことは一切気にせず俺が感じたイップ・マンシリーズの魅力をつらつらと思いついた順に書き連ねていく。まあ別にネタをバラされたから台無しになるような映画ではないので問題ないはずだが、気になる人は先に見てきてほしい。すぐ見れる。

ありそうであんまりなかった魅力的なヒーロー像

このシリーズの魅力はカンフーが超スゴイとか美術が超綺麗とか音楽が超カッケーとかいろいろあるのだが、とにかく一番はイップ・マン師匠のキャラクターが魅力的だということに尽きる。

イップ・マンは常に物腰穏やかで品格があり、超強くてカンフーで戦えば誰にも負けないのに決して偉ぶったり安易に暴力に訴えたりはしないという、一見するとパーフェクトな人間だ。しかし一方でお坊ちゃん育ちで世間知らずのお人よしなので(それが品格の良さにもつながっているのだが)、本人には全く悪気はないというか精一杯やってるのに妙に気が利かなくて奥さんに苦労をかけたりする。そこが妙に愛嬌があっていい。

イップ・マン師匠は地元の名士の家の出なので、「序章」の開始時点では働くこともなく、地元最強でありながら弟子をとることもなく、妻や子どもと遊んだり自分の稽古をしたりして屋敷で悠々自適に暮らしている。それが日本軍に屋敷も財産も接収されてしまって、いきなり極貧生活になる。苦しい生活が続く中、栄養失調からついに妻は倒れてしまう……イップ・マンはそんな妻を抱き寄せて優しくいう。「無理しないで寝ていなさい。私も働くことにするから」

ここは占領下の生活の苦しさを描いたシーンなのだが、俺は思わず笑ってしまった。えっ、お前この期に及んでまだ働いてなかったの!? でもこれは決して、イップ・マンが妻に何もかも押し付けるヒモ男だとかそいうことではないのである。単に働くという発想が心底なかっただけなのだ。妻のためにできることはないかと必死で頭を巡らせて、今まで思いもしなかった「自分が働く」という選択肢にようやくこの時行き着いたのだ。そういうことが100%伝わってくる優しい笑みをしている。

しかもこの時、妻の方も「えっ!? あなたが仕事を!?」と驚くというのがまたいい。内心で「あの人が少しは働いてくれたらなー……」と不満に思っていたとか、そういうことは全然ないのだ。そのあと口入れ屋に行って「ええーっイップ・マン師匠が仕事を!?」と街中の人から驚かれたり、石炭運びの仕事にヒラヒラの優雅な服で行ってしまったり、それでも嫌な顔ひとつせずに仕事をこなしたりするあたりもとても良いのだが、まあそのあたりは逐一書き連ねていったらキリがないのでとにかく見てほしい。

人格的にも戦士としてもパーフェクトだから、見てて「コイツなんでこんなことしやがるんだ」とイラッとさせられるようなことがないし、かといってそんな愛嬌のおかげで嫌味にもならないという、主人公のキャラ造形として最高のものだと俺は思った。こんなヒーローが今までいたか? いたかもしれないが、俺がパッと思い出せる範囲にはいない。俺はもうこの「序章」の時点でイップ・マンという男に夢中になった。

イップ・マンの怒りがばくはつ……しない!

そんなわけでイップ・マンは過剰なくらい上品な人格者であり、決して自分がコケにされたり不当な扱いを受けたからといって怒ってカンフーを振るったりはしない。だが、周囲の無辜の人々が虐げられたとき、自らが受け継いできた中国武術の誇りが踏みにじられたとき、愛する者に危機が迫ったとき、イップ・マンは立ち上がる。

クライマックスでイップ・マンは敵に立ち向かうが、それは決してヤバレカバレの怒りの爆発ではない。愛のため、誇りのために戦わざるをえないが、彼の心には第一に「愛する家族のもとに生きて帰らねばならない」という思いがあり、そこに葛藤がある。その点がまた、よくある「最初8割くらいひたすら悪いやつが悪逆非道の限りを尽くし、ラスト2割で男たちが怒りをばくはつさせて暴れまくる」という展開とひと味違う点だ(誤解のないよう言っておくと俺はそういう作品もメチャクチャ好きだ。男たちの挽歌とか)。

これは決してイップ・マンシリーズがカタルシスに欠けるとかそういうことでは全然ない。なぜならそんな葛藤を抱えて戦っているということそれ自体が、イップ・マンが武術家として、人間として、敵よりも勝っているということを何よりも証明しているからだ。劇中でイップ・マンが「戦わないことこそ真の強さだ」と弟子に語るシーンがある。彼ほどのカンフーがあれば、その気になれば試合相手の歯を全部折っておかゆしか食べられない身体にしたり内臓を破裂させて殺したりするのも容易なはずだし、なんとなれば不意打ちで全員暗殺することだってできるはずだが、それはあえてしないのである。俺はそのイップ・マンの戦い様、生き様に、本当の強さというものを見た気がした。

俺は今まで、よく聞く「武術は精神修養が第一だ」などというのは「人格がヤバイやつに素手で人を殺せる技術を教えたらヤバイから最初に枷をつけるのだな」くらいにしか思っていなかった。だがそうではなかった。それは枷ではなく、確かに強さなのだ。技ではなく精神で既に勝っている……そういうことは実際にあり得る。俺はイップ・マンにそれを教えられた。

愛>>>>>>誇り

「序章」でイップ・マンは、日本軍の理不尽な暴力が武術の誇りを踏みにじったことへの怒りから立ち上がる。「葉問」では、横柄なボクシング世界チャンピオンに対して、中国武術の誇りのため、それを守らんとして死んだ男のために立ち上がる。しかし「継承」では……イップ・マンはどんなに自身の武術を侮辱されても立ち上がらない。なぜなら愛する妻が死の病に侵されており、彼女の側にいることこそがイップ・マンにとって最も大事なことだからだ。

俺は映画館で泣いた。愛とはここまで大きなものだったのかと。誇りのために今まで命がけで戦ってきたのがイップ・マンである。その男が、妻の最期の望みであった「夫とダンスをしたい」という望みを叶えるために、香港中に喧伝された、流派の正当性を賭けた試合を放棄するのである。その心中は察するに余りあるが、イップ・マンは決して穏やかな笑みを崩しはしない。全ては……愛なのだ。

俺は正直これを見る前、「その拳が伝えるのは、愛」という継承のキャッチコピーはしゃらくせぇと思っていた。よく言われる「日本の映画プロモーションがダセェ」というやつの一つなのだろうと。でもそうではなかった。これほどこの映画を端的に表したキャッチコピーはない。単体でこれをやられても特に何も思わなかっただろうが、一作目、二作目で「誇りを重んじるイップ・マン」という描写を積み上げてきたからこそ、この三作目は強く心に響く。

そしてイップ・マンの奥さんの方の描写もまたいい。一作目のラストバトルで、彼女は「今まで彼のカンフーを応援してあげられなかった。これが最期かもしれないのだから、せめて最期は応援してあげたい」と泣きながら訴え、命の危険を冒して日本軍とイップ・マンの試合に駆けつけるが、それでもやっぱりその後カンフーバカのイップ・マンのことはどこか少し苦々しく思っていた節があった。しかしエレベーターの中で自分を守るためにヤクザの放った刺客と戦うイップ・マンの姿を見て、カンフーバカのイップ・マンを愛していたことを思い出すのである。このシーンは特にセリフとかはない。しかし言外に、「カンフーバカのイップ・マンを心から愛していた」というのがまざまざと伝わってくる。そしてイップ・マンの心中を汲み取り、最後の戦いにそっと背を押して送り出す……。俺はここでまた泣いた。

愛だの恋だのしゃらくせぇ……そう思う気持ちはわかる。俺もこの作品を見るまでそうだった。だがどうか、一度イップ・マンシリーズを3作通しで見てほしい。これを見終えたとき、今までと少し違った視点から物事を捉えられるようになった自分に気づくはずだ。

最後に

さて、どれだけ伝わったかはわからないが、俺が思うイップ・マンシリーズの魅力をここまで書き連ねてきた。最後に、この記事を読んだ人で、まだイップ・マンシリーズを見ていない人に言っておきたいことがある。

まず根本的なこととして、俺がこの記事で書いたのは監督:ウィルソン・ウィップ、主演:ドニー・イェンの「序章」「葉問」「継承」三部作のことだ。イップ・マンは実在人物をモデルにしたキャラクターなので(日本でいうところの大山倍達みたいなものだ)、他にもイップ・マンの名を冠した映画は多数あるくさいが、そっちの方は俺は見てないからいいとも悪いとも言えない。まずは「序章」「葉問」「継承」の三本を見てほしい。

それから、「イップ・マン序章」に関して、「えーっ、でも日本軍が悪役の中国映画なんでしょ? 反日プロパガンダなんじゃないの?」などと思って敬遠している人も一定数いると思うが、それは杞憂だということを伝えておきたい。

確かにイップ・マン序章における日本軍は悪役だが、徹頭徹尾どうしようもないクソ野郎なのは日本軍のボスの腰巾着である佐藤大佐だけで(コイツは水木しげるの漫画に出てきそうな顔をした、カラテもできない青瓢箪のくせに日本軍の威光を傘にきて好き勝手しておりどうしようもない)、ボスの三浦は傲慢な支配者ではあるものの、正々堂々とした武人としての誇りを持った人物として描かれている。カラテも強い。ダイの大冒険でいうところの竜魔人バランとか超魔生物ハドラーとかの感じである。この点、結構フェアというか、戦中を舞台にした中国映画としては相当にいい扱いだと言える。なので心配せずとにかく見ろ。

とにかくかなり最高な映画なので、みんなもイップ・マンシリーズを見よう。GW中に「イップ・マン継承」を映画館に観に行くとイップ・マントレカがもらえるらしいという情報もキャチしている。見に行くなら今だ。そして感想とかを書いたら、コメントかTwitterで俺にも教えてくれ。

俺からは以上です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?