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指導歴30年、J1昇格4回。名将・小林伸二のトークはなぜ長いのか?

今季からギラヴァンツ北九州を率いている小林伸二監督。過去に大分トリニータ、モンテディオ山形、徳島ヴォルティス、清水エスパルスを監督就任後短期間でJ1昇格へと導き、「昇格請負人」と呼ばれる実績を誇ります。長崎県雲仙市は国見の出身で、島原商業高校OB。のちに国見高校サッカー部を名門へと押し上げた小嶺忠敏監督の指導の下、1977年に長崎県勢初のインターハイ優勝を遂げたときのメンバーで、正真正銘の元祖“小嶺チルドレン”です。お兄さまは国見高校近くにある菓子店のパティシエ。

大阪商業大卒業後はハンス・オフト監督率いるマツダSCでプレー。現役を引退して指導者の道を歩みはじめたのは1990年のことです。

徳島監督時代、ミーティングで通訳の声が嗄れた事案

そんな小林監督、ミーティングが長いことでも有名です。なんと徳島の監督に就任した初年度、ポルトガル語通訳ルイスの声が嗄れたという珍事件も。トイレ休憩は「普通にある」(某選手による証言)。

山形の監督時代には、J's GOALに掲載される試合後監督コメントの長さが話題になりました。通常の監督コメントは数百字から、多くても1500字くらいが標準なのですが、小林監督の場合3000字超が普通で、4000字クラスはザラ。5000字を超えたときにはある意味感動を覚えました。これを試合後に速報として緻密に文字起こしする佐藤円記者の仕事も素晴らしい。ちなみに円さんはかつてエルゴラッソ記者仲間の間で、西川結城記者、竹中玲央奈記者とともにユウキちゃん・レオナちゃん・マドカちゃんの「エルゴラ三大美女」と呼ばれていましたが、三者とも立派な男性です。むしろマドカちゃんは最も男性、いや、おじさまの部類にあたるナイスミドル。

わたし自身も、山形の雲仙キャンプを取材した2010年、小林監督がキム・クナン選手に守備の指導をしている場面を見て、その微に入り細を穿つ懇切丁寧さに感銘を受けた経験があります。また、2017年かぎりで清水の監督を退任されてフリーだった昨季、DAZN解説で大分戦を担当した際に、中継打ち合わせの席でもいろいろとご教授いただいたのですが、そのときも実に圧巻の微細さでした。もちろん打ち合わせも長引いた(笑)。

しかし、どうしてそんなにも微に入ったり細を穿ったりできるのか。話が長くても飽きさせることなく細部まで伝えきり、選手を成長させて戦績という成果をも導き出す秘訣は何なのか。

そのメカニズムを知りたくて、かねてより一度しっかり腰を据えてロングインタビューをさせていただきたいと密かにチャンスを狙っておりました。そしてこのたび、ついにそのチャンスが…!

文字数は時間換算して他の監督の1.5倍

機会を与えてくださったのはタグマ!の「J論プレミアム」。以前には北野誠・現FC岐阜監督のインタビューも、前後編にわたり掲載してくださっています。

7月12日、新門司のクラブハウスに小林監督を訪ねました。「きっとボリューミーになるから北野さんのときのように前後編とかに分けてください」と、あらかじめ編集長にお願いしておく自分の抜け目なさよ。

しかし、30年のキャリアを誇る名将には完全にその上を行かれました。通常ならわたしのインタビューの標準文字数は1時間でおよそ8000〜9000字になるのですが、小林監督の場合、1時間のインタビューを文字起こししてみたらなんと15000字に! およそ通常の1.5倍!! さすがすぎる!!!

果たして15000字を3回に分けて掲載したとして、人は読んでくれるのか。

…という懸念もあったのですが、インタビューというものは、内容ももちろんですが話し手の息遣いを伝えることが非常に大事です。特に「J論プレミアム」の読者の方々なら日頃からDAZNで監督インタビューを御覧になっている方も多いでしょうから、ある程度の口語体で書けば、脳内にはその監督の声色で再現されるはず。ならば、読みづらくならないギリギリのラインまで音声に忠実に文字起こしすべし、です。

かくして、インタビュー音源との格闘がはじまりました。随所に鳥肌の立つような言葉がちりばめられた、貴重なインタビューの追体験であります。

時には寄せくる波のように、また時には刷毛でペンキを塗るように

文字起こしの作業を通じ、あらためて小林監督のトークのメカニズムをひもといていくと、そこにはいくつかの特徴が浮き彫りになりました。

まず、ひとつの質問に対する回答が長い。他の人ならば2、3のセンテンスで終わらせるところを、最初の回答に追い討ちをかけるように、あとからあとから補足していくのです。それは浜辺に打ち寄せる波が尽きることなく次から次へと折りたたまれていくようにノンストップで。

その「あとから補足」パターンに加え、「逆から補足」パターンも存在します。ペンキを塗るときに、最初は左から右へと刷毛を動かしたあとで今度は右から左へと重ね塗りするようなイメージです。これは実にサッカー的で、攻撃側/守備側両方の視点から多角的・立体的に描き出されていく感じ。

そのすべてがとても丁寧かつ緻密に、熱量をもって紡がれていくのです。その過程で、ネガティブな言葉は絶対に使われません。表向きというのではなく、たぶんご自身の中で日常的にそういう意識を習慣づけてこられたのではないかと思われます。マイナスからプラスへの転換時に発する熱は、実にハイカロリーです。

解体からの再構築によるオリジナルの世界解釈

このインタビューを通じてもうひとつ描き出したかったものとして、小林監督がDAZN解説などで披露してきた、オリジナリティに富んだ表現の出どころがありました。独自の表現ができるということは、その根底に独自の解釈があるということです。

それらは選手たちへの指導を繰り返す日々の中で培われたものなのでしょうか。理解するということは、原理原則を一度徹底的に解体し、自分なりに再構築する作業です。その自分なりに再構築したものは、突き詰めればかなりシンプルなものになっているはず。それを、波のように刷毛のように懇切丁寧に伝達していく過程で、また少しずつ複雑さを上塗りしていく。監督の日常は、その繰り返しです。伝えることの難しさは、たぶんわれわれよりも切実に感じ続けてきたはず。

たとえば今回のインタビューのうち、守備について語っていただいた部分などでは特に、解体からの再構築とそれを伝達する過程を追体験的に読んでいただけるのではないかと思います。

時折挟み込まれるキラー・センテンス

たぶん小林監督ご自身ではそれほど意識せずに話していると思うのですが、そのとめどなく押し寄せてくるトークの随所には時折、ものすごいパンチの効いたセンテンスが仕込まれます。これが胸に刺さる。

3回に分けて掲載されたインタビューの中から、いくつか抜粋してみます。まずは第1回、北九州の監督兼スポーツダイレクターに就任した理由とその覚悟について語っていただいた部分です。

「人間最後は自分を守るか、この人のために何かするかっていうところに来ますからね。キワのところでは絶対に」

「有言実行みたいにはっきり言ったあとで、自分に立ち返ったりちょっと弱い自分が出たりすると、『言い過ぎたかな、これ出来るかな』と思ったりもします。でも強気で入っていく」

「無謀だと思いますけど。監督を長くやったから、こういうことにチャレンジするときが来たのかなとも思いましたし、やっていく中でやっぱり無謀だなとも感じています」

そして、ご自身のサッカースタイルの変遷について語っていただいた第2回からはこちら。

「いまは高い位置からプレッシャーをかけて奪い、主導権を自分たちで持つサッカーを目指しています。すごく不安なんですけど、それをやっている」

「いや、ずっと特殊です。昇格させるために同じことはやっていませんから。チームが違いますからね」

ここには、体を張って取り組んでいる人にしか生じない質量があります。そして体を張るにあたって感じるプレッシャーや不安についても率直に言葉にした上で、そこに立ち向かっていく覚悟は気迫にあふれています。

最新理論を“小林伸二流”に噛み砕いてもらったら

第3回は、オリジナルの世界解釈に基づくサッカーの原理原則について質問をぶつけてみました。最近の戦術用語の中でもキャッチーな「ポジショナルプレー」と「サッカーのピリオダイゼーション」について、小林監督の解釈で説明していただく試みです。ここでも魅力的なセンテンスがたくさん出てきました。

「ボールを奪う側は、そのポジションの相手の形に重ねていく」

「ですから間違いなく、昔の『攻撃を広げて守備は狭くして』ということしかないんです。言葉で言うと。で、上手くなると、ちょっと広がっている選手がいても回すことができれば、そこを使える。守備側としては、上手いチームが広がったら奪えないじゃないですか。だから、広がった相手を守備のために狭めていく。そこで奪えるなら狭くする必要はないんだけど、奪うために狭くする。攻撃側は奪われないように広く保つ。というところで、ポゼッションの幅広いサッカー」

「『俺に来る!』っていうときに、ボールは空間にある」

サッカーというゲームを究極まで単純化した上で、そこに自分なりの色を重ねていく。まさに第1回の「そうやって少しずつシンプルにしていけば、それなりの形にはなるじゃないですか」という言葉の踏襲ですね。

手厚さの原動力はどこから湧いてくるのか

とにかく濃密な1時間のインタビュー。ひさしぶりにお会いした小林監督は満面の笑みでわたしを迎えてくださったあと、インタビューに入った瞬間にスッと本気の表情になりました。その落差の大きな切り替わり方がまた迫力満点だった。

こうして目の前のインタビューに渾身で向き合ってくださったのと同様に、日頃からコーチや選手たちに、クラブの幹部たちに、ファンやサポーターのみなさんに、きっとそれぞれに手厚さを発揮しているのでしょう。その尽きせぬ原動力は一体どこから湧いてくるのでしょうか。

方向性や強度やキャラクターの違いはあれど、どの監督もそうなのだろうとは思うのですが、小林監督のインタビューで感じたものは、拙著『監督の異常な愛情』で書かせていただいた高木琢也監督と、どこか少し似ているような気がしました。それがお二人の故郷・長崎のもたらしたものなのか、“小嶺チルドレン”という共通項から生まれてきたものなのか、単なる偶然なのかはわからないけれど、やや朴訥な率直さと全力での体当たり感、それでいながらの繊細さや緻密さは、いま振り返ってもやっぱり似ている。もしかしたら、そこにヒントがあるのかもしれません。

…と、「名将・小林伸二のトークはなぜ長いのか?」に迫ろうとしていろいろと書いてまいりましたが、気づけばこのnote自体が4500字を超えていました。渾身さを語るためにはこちらも渾身にならねばということでしょうか。

長くなりましたが、こんなことたちも頭の片隅に置いていただきながら、是非とも小林伸二監督のロングインタビュー、御覧いただきたいと思います。


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