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ドッグトレーナーが愛犬を看取った話。<経緯・前編>

…とはいえ、彼女がどうして亡くなったのかを知ってもらわなければ話は始まらないかな、と。だから、まずは彼女がどういった経緯で亡くなったのかを書くことにします。

もしも、読み進めるうちに悲しい気持ちが大きくなってしまったら、その時はそっとスマホを閉じて、心を休めてくださいね。

また、お世話になった動物病院さんや葬儀屋さんの具体的な紹介は、ここでは控えさせていただきます。彼女が運んでくれたご縁は全て、とても素敵なものでした。投稿を読んで、紹介してほしいという方は直接ご連絡ください。

そして大切なこと。今から書くのは、あくまで私と愛犬の経験です。すべてのひとといぬが当てはまるわけではありません。n=1であることを理解して、ひとつの読み物だと思ってください。



4月に受けた健康診断の結果、腎臓の数値が少し悪くなってきているということだったので、腎臓ケアのフードに切り替えたのが6月上旬。あまり好みではなかったようだったけれど、数日かけてようやく食べてくれるようになりました…が、おなかを壊して、嘔吐。ここで病院受診。時系列的に「フードが合わなかったのかしらね」ということで下痢止めと整腸剤、吐き気止めをいただいて帰宅。

お薬が効いて、別のごはんを与え始めた直後、ふとおなかを触ると違和感…この違和感、すぐにピンときたのです…

「胃拡張やん…」

<胃拡張>とは、簡単に言うと、胃にガスが溜まり、お腹がパンパンに膨らんでしまうことです。ちなみに、拡張した胃が捻じれた状態を<胃捻転>といい、捻転を起こしてしまうと血管が圧迫され、臓器への血流が阻害されるためショック状態を起こしてしまいます。緊急性が高く、また死亡率も高い病気です。(参考:『イヌ・ネコ家庭動物の医学大百科』)

大型犬に多いとされている、この<胃拡張胃捻転症候群>ですが、体重4キロの我が愛犬は2度の胃拡張ののち、約2年前についに胃捻転を起こし夜間救急病院にて6時間にも及ぶ緊急手術を受けた経緯があります。手術では胃に溜まったガスを抜くだけではなく、また捻転を起こしてしまわないように胃を腹壁に固定するという処置をしてもらいました。支払った二十ウン万円は、彼女の命と「もう捻転を起こさない」という安心料だと思えば全然痛くありません。コンビニで、ハーゲンダッツはしばらく買えなかったけど…。

(注:胃を腹壁に固定しても、絶対再発しない、というわけではないそうです。)


そんなわけで、合計3度の<胃拡張胃捻転症候群>を経験していた私は、愛犬のおなかを軽く叩いたときの感覚ですぐに病院へ駆け込むことを決めました。

胃拡張自体は、口から胃にチューブを挿入することでガスを排出し、症状はすぐに収まりました。腸にも少しガスが溜まっていましたが、週に1度の定期的な通院の中でお薬の種類や量、組み合わせを試して、彼女の体に合うお薬スケジュールを見つけることができました。

もともと胃拡張をよく起こしていたことや、おならが多かったこと(本当にめちゃめちゃ多かった…笑)などを考え、今回の胃拡張の症状が治まっても投薬は継続して行うことに。2種類の錠剤を1日3回与えることは、亡くなるまで毎日続きました。


…と、<胃拡張胃捻転症候群>は収まったにも関わらず、どうしてこの出来事から書いているのか?それは、この治療の中で、彼女が亡くなる原因となった病気が見つかったからです。


「胃拡張だ!」と確信して病院へ駆け込んだ私でしたが、獣医療素人の申告だけで処置が行われるはずはありません。きちんと診断を確定するため、またただ拡張しているだけなのか/捻転を起こしているのかを見るためにレントゲンを撮影しました。

レントゲン写真を見ながら、先生が胃の状態を丁寧に説明してくださいました。一通り説明を終えたあと、「ただ、正直それより気になるものが写ってて…」

素人目にも分かる、肺の真ん中に白い丸がひとつ。

肺の悪性腫瘍、つまり肺がんである可能性が高いとのこと…というか、間違いなく肺がん。後々調べてみると多発性のようでした。とはいえ、そもそもの来院理由は胃拡張疑い。「まずは今の胃拡張をきちんと治しましょう」という先生の言葉に従いました。

致死率の高い胃捻転を発症した時に言われた「手術に耐えられるか分からない」、無事に手術を終えても「予後が悪い可能性が高い」という言葉。そこから奇跡の生還を果たした彼女の命は、本来ならきっともう消えていた命。ガリガリくんで当たりが出て、もう1本もらえたようなもの。なかったはずのものが、運よく存在してくれている。今ある彼女の命が、私にとってすでに「あって当たり前のもの」ではなかったからこそ、彼女に対する向き合い方がこの日の前後で変わらずにすんだのかもしれません。

通院は週に1度。6月末の診察の日には、胃にガスが溜まっている雰囲気は全くないといえるほど。レントゲンも、お腹の中のガスはほとんどなく、ほっとひと安心…する間もなく、これまた素人目にもはっきり分かる、肺の真ん中に白い丸がふたつ。

「増えるの早すぎやろ…」

これが正直な感想でした。犬の寿命は、私たち人間よりもずーっと短い。仔犬の成長が早いように、年老いたり、病気が進行したりするのも早い。十分すぎるほど頭では理解していたし、「だからシニア期に入ったワンちゃんは半年に1回は健康診断を受けてくださいね」って、たくさんの飼い主さんにお話してきたのに。白い影が増えていたことはもちろん、想像以上に私の想像が追いついていなかったことに大きな衝撃を受けました。

ここで驚いたことはふたつ。

ひとつ目は、この状態になっても彼女の様子がほとんど変わりなかったこと。「肺に腫瘍がある」と聞くと、息苦しさを感じたり、呼吸が荒くパンティングが増えたり、咳をしたり…といった症状が現れると思っていましたが、そういった症状はこの時点では全くありませんでした。ちなみに、どのような症状があるかについては、『イヌ・ネコ家庭動物の医学大百科』という本にいくつかの症状が記載されています。とはいえ、その中にあった「疲れやすい、スタミナの消耗が激しい」という症状は、うちの子のように元々おっとりしたタイプや、運動量の減ってきた老犬であればなかなか気づきにくいのではないかと思います。また、「食欲不振」という症状に関して言えば、私たちの場合、彼女がフードを食べなくなった時がサインだったのかもしれませんが、ちょうどフードを切り替えたタイミングだったので肺の腫瘍のせいだと言い切ることはできないなぁ、と。観察するだけでは分からないこともあるけれど、観察していなければ分からないこともあるなあ、と改めて実感しています。


ふたつ目の驚きは、レントゲンについて。これは私が無知だっただけですが…。肺に2つの白い影を見つけた時、先生に「レントゲンでは2つだけしか写っていないけれど、ほかにもあちこちに散らばっているかもしれない」と言われた私は「これで全部じゃないんですか?!」と心底驚きました。聞くとレントゲンの画質の粗さでは、小さながんを見つけることが出来ないそうで、それらを把握するためにはCT検査をする必要があるとのこと。ただ、CT検査をしてもしなくても治療内容は変わらないということだったので、これ以上の精密検査はしないという意思を伝えました。

胃拡張が落ち着いて休む間もなく始まった闘病生活。またガスが溜まるのを未然に防ぐためのお薬に加えて、抗生物質、ホルモン剤をもらって帰宅しました。

この時、たったひとつだけ私の中で引っかかっていることがありました。それは先生の「肺の腫瘍は転移巣であることが多い」という言葉。もしそうだとしたら、原発巣はどこ…それとも稀なパターンで肺が原発巣なのか…その答えは、想像よりも早く見つかりました。

通院日の前々日、いつものように薬を飲ませようとした時です。

「なんか、上あごの裏、うっすら盛り上がってる気がする…!」

頭をよぎった病名は<メラノーマ>。悪性度が高く、進行も早い病気。しかもそれだとしたらすでに肺に転移している状態。考えうる限りの中で最悪の結果しか思い浮かばず、「いや、よく見るメラノーマって唇にできてるし…」「ポコッて丸いのがついてるようなイメージやし…こんなうっすら盛り上がってるのは違うはず!」「お薬あげるときに引っかかって傷つけちゃったのかも!」と無理やり思うようにしていましたが、発見から2日後、7月最初の通院で、その<最悪の結果>であることがあっさりと認められてしまうのでした。

悪性度が非常に高い。進行が早い。肺に転移している。いわゆる末期がん。しかも抗がん剤治療は副作用のわりに効果が薄いとされている。放射線治療は全身麻酔が必要になる(全身麻酔そのものに対する不安はありません。この状況で、遠い病院へ何度も通うことの体力面と彼女の精神面を考慮した結果です。)、メラノーマに対する外科手術(切除)をしたところで肺の癌がなくなることはない。

皆さんなら、どんな選択をしますか?愛犬のためにした選択にひとつも間違いはなく、どれも正解だとしたら、何を選びますか?

私は、彼女が「「いま」」苦しくない、痛くない、辛くない選択をしようと決めました。

完治する可能性がある病気だったら、違う選択をしていたかもしれません。絶対完治する方法がある病気だったら、違う選択をしていたでしょう。でも、完治しない状態で私が大切にしたかったのは、未来に起こるかもしれない奇跡よりも、今目の前にある彼女という奇跡でした。

とはいえ、傷つきたくない私。次の診察日までに<メラノーマ><肺がん>と検索して出てくる全ての記事を読む勢いでググりまくりました。私の悪い癖で、先に傷つく練習をしてしまうのです。嫌な癖。笑

そして、次の通院日。

少し軽くなった彼女と、「余命2週間」と言われる覚悟を抱いて向かった病院で告げられたのは、「余命2ヶ月」の言葉。傷つかずにすむための、打算的な悪い癖のおかげで、その言葉がありがたく思えてしまって、なんだかなあ。

こうして私たちの最後の2ヶ月が始まりました。

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