真冬の表参道のモスバーガーで悟ったことを、真夏前に思い出したんだ。

梅雨が明ける気配もないのに真冬の表参道のイルミネーションを思い出した。中学2年だったぼくが人生初のデートをした場所だ。

と言っても実は彼女には全く興味がなかった。好きでいてくれていることは知っていたが、全くタイプではなかったし他に想いを寄せている人がいたが、絶賛片思い中だったし告白するつもりもなかったので、一緒に行きたいと言ってくれた言葉を断る理由なんて当時のぼくは思いつかなかったのだ。

イルミネーションがとても綺麗だったのを覚えている。それを見ているほとんどがカップルだったのもはっきりと覚えている。でも、どんな会話をしたのか全く覚えていない。

夜ご飯を食べるためにモスバーガーに入った。マクドナルドよりもちょっと高くて当時は今よりも店舗数が少なかったから、中学生のぼくからすればちょっと背伸びしたディナーだった。

周りにいるお客さんも今まで出会ったことのない人ばかり。ヤマンバメイクの女子高生やブランド品でゴテゴテに着飾ったお姉様や、これ見よがしにテーブルの上にベンツのキーを置いて女性と談笑するボンボンチックな男。あぁ、これが都会か、と。これが表参道かと。

一緒に来た彼女の話が耳に入らない。聞いたこともない世界の話がぼくの周りで繰り広げられているんだ。そりゃ興味はそっちにいく。


「彼氏にクリスマスプレゼントでグッチの財布お願いしたんだけど、金ないって言われちゃってマジ最悪〜」

「この後良かったらウチに来ない?とっておきのワインがあるんだ」


表参道ってイルミネーションでキラキラして見えたけど、ぼくには人間のギラギラが見えてちょっと面白く、ちょっと醜いなと感じていた。大人って怖いなぁと。


「ねぇ、聞いてる?」


いや、全く聞いていなかった。君の話は1秒も聞いていなかった。面白い面白くないじゃなくって周りの会話が面白すぎるんだ。だから君は悪くないと心の中では思っていたけれど、それは伝えなかった。


「ところでさ、隣の席の人の話聞いた?グッチの財布買えない男は最悪だって。それどう思う?」

「は?そんなの聞いてたの?私の話は聞いてなかったの?最悪」


今考えれば最悪である。グッチの財布を買えない男だって彼女の話はちゃんと聞くだろう。それすら出来ない男がモスバーガーのオニオンリングを手に持ちながら何も弁解できず口をあんぐり開けている姿はきっと烏骨鶏を食べたことがない人が烏骨鶏について熱く語るよりも滑稽に映ったことだろう。

そんなぼくをモスバーガーに置いて彼女は表参道から去った。

ーーー

モスバーガーを出たぼくは一人で歩道橋からイルミネーションを見た。さっきも同じ場所で見たはずなのになんでだろう、よりクリアに見える。とっても綺麗だし誰の声も聞こえない。ぼくだけの表参道イルミネーションだと思えるくらいの空間に立っている。今の方が心がとっても楽でちゃんと景色を見れている。感じないようにしていたけれど、今日という日がぼくにとってはとても苦痛だったんだと分かってしまった。

ぼくは好意がない女性とデートに行くことはもの凄く失礼なことなんだと学んだ。そして、心ここに在らずというのは自分だけじゃなく他人にも影響を及ぼすことがあるんだと知ったのだ。

相手の話を聞くというのは相手に興味があるから聞けるという前提がぼくの中にある。でも社会生活をする上で”特に興味がない人”の話を聞かなければならない時にはどうすればいいのだろうか。

なんでもかんでも興味を持てなんて言われてもちょっと無理な話で。仕事だったら割り切って聞けちゃうことももちろんあるんだろうけど。プライベートに関していうなら積極的かつ自己中に話を受け流したいと思う。

今までもそうやってきたけれど、こうやって宣言して文章にすることで自分に言い聞かせている。それでいいんだと。

それが自分を守るための術であるなら全力フルスイングで相手の話を空振りしてもいいんだとベンチからサインを送っている。大丈夫だ、きっとそのままで。

ただし、スイングのフォームを少し変えたほうがいいかもしれない。上手くいかなかったことも多いから。同じ失敗していてもしょうがない。イチローだって少しづつフォームを変えていった。自分に合うもの、相手投手に合うものを試行錯誤して変えて来たんだから。ぼくにもそれが必要だ、絶対。

ーーー

20年後、いつもは呼ばれない同窓会に行った時、モスバーガーから帰ってしまった彼女も来ていた。思い切って当時の話をしてみた。彼女は一切覚えていなかった。少しだけホッとした。

人は忘れてしまう。

それをいいこととも悪いこととも言えないけれど、人を傷つけるような、忘れてしまいたいことを作りたくないなと思う。今のぼくに出来ているだろうか。それはきっと、もうちょっと先の自分に聞かなければわからないことなんだろう。

とりあえず今言えることはひとつだ。きっと、大丈夫。ぼくも、あなたも。
ぼくはベンチからサインを送り続ける。ぼくにも、あなたにも。


さまざまな人に出会うために旅をしようと思っています。 その活動をするために使わせていただきます。 出会った人とお話をして、noteで記事にしていきます。 どうぞよろしくお願いいたします!