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空気を読むように英語を読め!

「ディスコース(discourse)」に注目した英語の読み方(クリティカル・リーディング)を紹介します。

「ディスコース(discourse)」って辞書で引くと、その訳語は「言説」とか「談話」とか、アカデミックでむずかしい。でも、私たちの身のまわりにあふれていることだし、普段、何の気なしにしていることです。たとえて言うなら、ディスコースとは「空気」の発生源。クリティカル・リーディングは、さしずめ「空気の読み方」です。

「空気」ってことばがあります。

くうき【空気】
①地球上の大部分の生物がそれを吸って生きている気体。無色・無臭・透明で、地球全体をおおい包む。「――や水のようにしか受け止めぬ:液体――・圧縮――」
②その場の人たちに共通してみられる、志向のありかた。「歩み寄りの――が生まれる・分離独立の――が高まる・保守的な――が強い・譲歩する――がかもし出される」 三省堂 新明解国語辞典 第4版

「自然の空気」と「社会の空気」

ことばの成り立ちからすれば、おそらく、①がオリジナルで、②はメタファー(比喩表現・たとえ)です。あたかも、私たちが日々、すって・はいてを繰り返している「空気」のようなものが社会にも存在する、ってことなのでしょう。「自然の空気」と「社会の空気」。どんなところが共通するのでしょうか?

1.目に見えないし、臭いもしないけれど、存在する。あるのかないのかハッキリしないけれども、ある。わかる(読める)人はわかる(読める)。わからない(読めない)人はわからない(読めない)。
2.その場に、あたりまえのように、しかも有り余るほどある。私たちはそれを、それほど意識することなく、無意識的に体内に出し入れする。はじめは違和感があるかもしれないけれど、次第に同化して慣れてしまう。
3.その場にいる人たちが、共有する。ある時、ある種の「空気」がその場に蔓延して、その場にいる人たちに影響力を及ぼす。でも、しばらくしたら消えてなくなってしまう。一時的な支配力は絶大だが、永遠に続くわけではない。

「空気を読む」って、大事なことです。あるのかないのかハッキリしないのに、気がついたら自分もその場の空気に同化していて、身動きが取れなくなっている。そんなことで、気がつけば自分もクラスの「いじめ」に加担していたリ、自国が戦争に突入していったり… 

それなのに、「空気の読み方」って、学校では教えてくれません。「あとは各自で、シッカリやっておくように…」みたいな感じで、それぞれに託されてしまいます。

教えようがないと思われているのかもしれません。センスがあれば読めるけど、なければ読めない。しかも、センスのあるなしは生まれつき…

私はイギリスの大学院で、行間や前提など、ハッキリと書かれていないことまで読み取る方法があることを知りました。私たちが日本の英語教育で学ぶ文法とは異なる、もう一つの英文法があって、しかも、体系的に学習することができる…

それまでは、語学(英語)と研究科目(哲学・経済学・言語学・社会学など)を、バラバラに勉強していましたが、ディスコースを知ってからは、すべてがひとつになりました。ディスコースを読み取れば、それが語学力にもなるし、研究論文にもなる。

イギリスのタブロイド紙を読んでみる

これから読んでみる新聞記事は、だいぶ古いものです。ニュース(news)というぐらいですから、記事は新しいものの方が良いはずです。でも、ディスコースを初めて知るために、こんなよいところがあります。

1.短い新聞記事なのに、いろいろな種類のディスコースが盛りだくさん。
2.1語・1文ごとに英文和訳していくような日本人の読み方では「行間が読めない」。だから、その結果「空気が読めない」。
3.出典のInternational Expressは、イギリスの右翼系タブロイド紙(大衆紙)。思想的な違和感がハッキリするので、ディスコースに気づきやすい。
‘Superman’ may never walk again
(1) SUPERMAN star Christopher Reeve is in hospital with a suspected broken back. (2) His family ordered hospital officials not to give out any information ― but sources say he is partially paralysed. (3) The actor’s publicist, Lisa Kastelere, was plainly upset as she revealed that horse-mad Reeve was hurt show-jumping in Virginia. (4) Witness saw him hit the ground hard as his horse shied. (5) As doctors evaluated his condition in the acute-care ward at the university of Virginia’s Medical Centre in Charlottesville, it was not known whether he will walk again. (6) Reeve, 43 and 6ft. 4in. was flown to the hospital by air-ambulance after doctors at the competition decided he needed special care. (7) Reeve who starred in 4 Superman movies, lived with his British lover Gael Exton for 11 years. (8) They had two children. (9) Reeve then began a relationship with singer Dana Morosini. [International Express, 1-7, June 1995]
「スーパーマン」はもう歩かないかもしれない
(1)「スーパーマン」で人気のクリストファー・リーヴが入院しています。背骨を折った疑いで。(2)彼の家族は病院の職員に指示しました。どんな情報も出さないように、と。しかし情報筋によれば、彼は半身不随です。(3)広報のリサ・カステレーレは、あきらかに動揺して打ち明けました。馬に夢中のリーヴがけがをした、と。バージニアで行われた障害ジャンプ競技において。(4)目撃者は見ました。彼が地面に強くたたきつけられるのを。馬が後ずさりした時に。(5)複数の医者が診断しました。彼の状態を。シャーロットヴィルにあるバージニア大学医療センターの救急治療室において。その時にはわかりませんでした。彼が再び歩くかどうか。(6)リーヴ(43歳・6フィート4インチ)は病院へ搬送されました。緊急輸送機で。複数の医者が競技場で判断した後で。彼には特別な治療が必要だと。(7)スーパーマンを4度演じたリーヴは、イギリス人の愛人、ガエル・エクストンと11年間生活しました。(8)彼らには、二人の子供がいます。(9)リーヴは、その後、歌手のダナ・モロシニと関係を持ちました。
堅苦しい表現はないか?砕けた表現はないか?
一音節の短い単語が多い(4)に対して、(5)には二音節以上の長い単語が多い。目撃者(一般人)と医者(専門家)とのコントラストを演出しています。単に「見る」のは一般人、「診断」するのは専門家。
メタファー(比喩表現・たとえ)はないか?
「リーヴ(43歳・6フィート4インチ)は緊急輸送機で病院へ搬送されました。」自分で飛んでいける「スーパーマン」と「生身の人間」リーヴとのコントラストを強調しています。スーパーマンなら自分で飛んでいけるけど、リーヴは人間だからケガもするし、輸送機で運ばれる。
どんな文脈があるのか?どんな行間があるのか?
(1)~(6)で不運な事故に触れた後、(7)~(9)でリーヴの「浮気」に触れる。「不運な事故」と「浮気」の因果関係を示す接続表現は一切ありません。でも、家庭を捨てて愛人と関係を持ったリーヴは「罰が当たった」という印象を読み手に与えます。
書き手の価値観が読み取れる表現はないか?
「広報のリサ・カステレーレは、あきらかに動揺して打ち明けました。」「女性は感情を隠せない生き物」という、紋切り型の「女性観」を窺うことができます。一般的に、女性には感情的な表現が、男性には理性的な表現が用いられる傾向にあります。
書き手の価値観が読み取れる表現はないか?
(ただの)関係しかなかったモロシニさんに対して、愛人のエクストンさんはBritish(イギリス人)と紹介されています。International Express(英国タブロイド紙)の英国人読者を惹きつけようとする意図や、民族主義的な思想背景を読み取れます。

私は個人的に、スーパーマンを演じたクリストファー・リーヴに詳しくありません。でも、この記事を読むかぎり、自身の不幸な事故も含めて、批判的に取り上げられていることはわかります。

かと言って、記事の論調通り「浮気したから罰が当たったんだ」なんて、もちろん思いません。そこはカッコにくくって読み取ります。これが、「ディスコース(discourse)」に注目した読み方(クリティカル・リーディング)です。いちいち真に受けずに読むことなら、わざわざ学校で教わらなくても、日常的にしているかもしれません。よりリアルです。

ディスコースは、セッケンにたとえられることがあります。毎日使うものだから、あまり意識しないけれど、いつもと違うセッケンに変わったらすぐわかる。それが不幸にも、自分の肌と相性の悪いセッケンだったら、2・3日はどうってことないかもしれないけど、気がつけばヒドイことになっている…

「ディスコースに注目して読む」っていうことは、自分の身体感覚に注目して読むことなのかもしれません。「うさんくせーなぁ」とか、「なんかシックリこねーなぁ」とか、かすかな身体の反応に耳を澄ましてみる。すると、そこに自分がある。

参考 Goatly, Andrew (2000) Critical Reading and Writing: an introductory coursebook, Routledge, London and New York.

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