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『俺の旅』生駒明編集長の講演・全文掲載 セックスワークサミット 「コンビニから消える風俗情報誌の未来 ~『俺の旅』の存続を考える~」(2019年3月23日)

大洋図書・『俺の旅』編集部、編集長の生駒です。皆さま、ご来場ありがとうございました。とても嬉しいです。

この第1部では、まずは私の考え方とビジョンをお伝えしたい、と思います。『俺の旅』存続の具体的な方法論は、次の第2部でご説明します。

2003年7月10日発売の第1号以来、15年と9ヶ月、続いた『俺の旅』ですが、今年2019年4月10日発売の第125号をもちまして、休刊することになりました。

その理由は、皆さまが既にご存知の通り、コンビニで成人雑誌が販売できなくなったためです。休刊はやむを得ないかたちとなりました。

理由はどうであれ、今回の休刊は雑誌の「寿命(じゅみょう)」だったと思います。出版大不況の中、「15年もよく続いた」というのが本音です。

ここ10年ほど、雑誌の販売数は右肩下がりだったので、正直なところ、潮時(しおどき)でした。土俵際いっぱいで粘りに粘っていたところを、一気に押し出された、感じです。

私は、今回の休刊を「大きなチャンス」と捉えております。「時代に合った新しいコンテンツを作るいい機会」だと考えております。

コンビニが世間に、成人雑誌の取扱いを中止すると発表した、その翌日の1月22日(火曜日)に、『俺の旅』の休刊が決まりました。

その連絡を受けた瞬間から、「いかにして『俺の旅』を存続させるか」が、私の至上命題(しじょうめいだい)となりました。

今、現在のビジョンですが、私は、『俺の旅』休刊の責任を取って、今いる会社を「退社しよう」と考えております。
 
どんな理由であれ、全国の多くの人々の楽しみがなくなることになった、その責任は重い、のです。

『俺の旅』に関する事柄は、すべて編集長である私の責任です。

10年以上、編集長を務めた者としてのケジメです。

いさぎよく、身を引こうと思います。

それが、責任ある大人の男としての生き様(ざま)、だと判断しています。

当初は、平成が終わる4月30日付けで、現在在籍している大洋図書を退社し、新しい元号が始まる5月1日から、独立して会社を立ち上げようと考えていました。いわゆる編集プロダクションです。

しかし、周囲の方々に相談した結果、元同僚の、15年もの付き合いのある東京の親友から、

「そんなに慌てることはない。しばらく準備した方がいい。会社を立ち上げるなら、そうする必要ができてからで、遅くはない。まずはフリーの編集記者として、個人事業主として始めるのがいい。仕事が軌道に乗ってきたら、法人化するのを考えればいい」

という感じのアドバイスを頂きました。親身な助言でした。その通りだと思いました。

今は、勉強することだ、休むことだ、充電することだ、と考えを改めました。「急がば回れ」と。

法人化するのも、いろいろと大変なのです。定款(ていかん)を作ったり、登記が必要だったり、開業の届け出をしたり、しなければならないのです。
いきなり法人として起業するのは、現実離れしている、と考え直しました。まずは、個人事業主として、起業します。

まだ、会社側には、このことを伝えておりません。私は現在、『俺の旅』最終号の製作に追われており、その余裕がありません。

一番最後の号なので、その製作に集中した方がいい、と判断しております。その後のことは、製作が終わってからでも遅くはない、と。

会社側も今回の騒動で忙しく、落ち着かない感じです。4月に入ってから、会社側と話し合いを持つ、見込みとなっております。

『俺の旅』の継続の件ですが、現在在籍している会社ではなく、私が独立して、個人事業主、もしくは私の会社の仕事として、何らかの形で続けていきたいと考えております。

私はこれまで、『俺の旅』と「心中する」気持ちで、働いてきました。その気持ちは、今も変わりません。
 
今回、雑誌の『俺の旅』がなくなると同時に、「会社員としての私も、一緒に死のう」と思います。「一緒に海の中に入ろう」「心中しよう」と。

一旦、2人で死にます。近いうちに、私は会社を辞めます。

今いる出版社に入社してから15年間、『俺の旅』一筋の編集者生活でした。他の雑誌とは、ちょっと関係が違います。

他の雑誌は、売れなくなると、編集長がコロコロと変わるのですが、『俺の旅』は、私が10年以上、務めてきました。

今の『俺の旅』を軌道に乗せたのは私であり、私が『俺の旅』の「中興の祖(ちゅうこうのそ)」と言っていいと思います。

私は今回、改めて『俺の旅』と自分との関係性を、見つめ直しました。

「もし、今いる会社で、何らかの別の雑誌、別の仕事をして暮らすのは、私にとって幸せなのだろうか」と、自分に問いかけました。

その答えは、「ノー」でした。

例えば、「新幹線の本」「恐竜の本」「昆虫の本」などを作っても、私にとって、それが幸せとは、思えませんでした。月給はもらえるかもしれませんが、幸せを感じることはない、と思いました。

今いる会社で、『俺の旅』を、何らかの形で続けることができればいいのですが、現状では非常に厳しい、ほぼ無理、といった感じです。99%、難しいでしょう。

書店売りの書籍やムックが思うように売れないうえ、今あるウェブサイトも本誌の代わりになるほど、儲かるようになる見込みがないからです。

私にとって、本当の幸せは、『俺の旅』と共に生きること、フーゾクに関する情報を世の中に伝えること、それ以外にないと思いました。それが「天職」なのだと、再確認しました。『俺の旅』は、私の分身なのです。

私にとって、『俺の旅』は、15年間連れ添った「嫁さん」です。夫婦なんです。結婚しているんです。

女房であり、息子であり、娘であり、親でもあります。つまり、「家族」なんです。「ファミリー」なんです。血がつながっているんです。

「コイツといると損か得か」
「儲かるか、儲からないか」
「利用できるか、利用できないか」
といった、利害関係ではないのです。

ぶっちゃけた話、「マネタイズできるかどうか」は、二の次なんです。

そうじゃなくて、私にとっては、掛け替えのない家族なんです。
他(ほか)に代わりのいない愛妻(あいさい)なんです。
恋人なんです。親友なんです。自分自身なんです。

編集長になってから、『俺の旅』に関する全ての責任を取ってきました。

ソープで土下座し、ピンサロで軟禁され、ストリップで怒鳴られて、キャバクラで恐喝されました。

部下やライター、漫画家、編プロ、その他の関連するスタッフを、体を張って守ってきました。全てのクレームの盾になりました。

編集長になったばかりの頃、休日出勤していた日曜日の夜に、ソープから電話があり、「お前のクビをとってやる」と凄まれました。
 
そういったトラブルや修羅場を一緒に潜(くぐ)ってきた間柄なんです。
私にとって、人生のパートナーは、『俺の旅』しかいないのです。
私が一生続けていく仕事は、「フーゾクについての事柄を世の中に伝えていくこと」、なのです。

今後、『俺の旅』は、私が「自分の家族」として、養っていく。食わせていく、つもりです。年老いた親を介護するように、生まれたばかりの赤ん坊を育てていくように、です。 

そのためのマネタイズは、別の手段で行います。
つまり、将来の会社設立を念頭に置いて、当面は、フリーの編集記者として働くことです。その期間は、まだ予測がつきません。仕事次第です。

私は、今回「大きな壁を破ることができた」と思います。
その壁は「保身」でした。
「自己防衛」と、言ってもいいかもしれません。

「何とか今までの自分を保っていこう」

「今までの自分が無くなるのが怖い」

「今までの生活を続けられなくなるのが不安」

という「将来不安」からくる「保身のスパイラル」に、いつの間にか陥っていました。

今、思うと、まるでトンネルの中に、いたようでした。

今回の件を機に、私は生まれ変わります。『俺の旅』と共に、新しい時代に合った人間に、リニューアルします。

長引く出版不況から、

「将来不安に封じ込められた人生の貧(まず)しさと哀(あわ)れさ」、

「打算でつながった人間関係のモロさと冷たさ」、

この2つを、ここ数年で、嫌というほど感じました。

今は、誰もが先行き不安に怯(おび)えている時代です。人口減少により、日本社会全体が、縮小しています。

このまま行くと、日本は発展途上国に、なってしまうのではないか。

このまま物が売れない状態が続くと、今いる会社が、潰れてしまうのではないか、今やっている仕事が、なくなってしまうのではないか、という不安から、多くの人々が、冒険しなくなっている。

誰もがガッチリと身を固めて、お金を使わない。
いや、将来が不安で「使えない」のです。それが合理的だからです。

それで物が売れない。
売れないから、給料が上がらない。
それだけでなく、仕事が無くなり、いつか来るであろう、リストラに怯えている。

私は、この「危機の時代」を、救いたい。
フーゾクで、『俺の旅』で、世の中を、救いたいのです。

私の世界は、フーゾクに救われました。
若い頃、人生に絶望していた私を救ってくれたのは、フーゾクであり、『俺の旅』でした。

『俺の旅』に、私は、育ててもらいました。
親子同然です。

今度は私が、『俺の旅』を、救う番です。

今、『俺の旅』は、得体(えたい)の知れない大きな力に切り裂かれて、瀕死(ひんし)の状態です。
「血だらけになって倒れている」と、言ってもいいでしょう。

私は、命をかけて、『俺の旅』を、救います。
人生の恩人を救うのは、当然です。

これからは、私が『俺の旅』を通して、フーゾクを助ける番です。

そして、フーゾクが世の中の困っている人たちの、受け皿となっているのは、皆さまもご存知の通りです。

世界を救っているフーゾクを、私はこれまで以上に応援し、援助します。

私は、フーゾクを通(とお)して、世の中を良くしたいのです。

『俺の旅』を通して、社会に貢献したいのです。

私は、絶望とおびただしい不安に満たされ、疲れ果てた人々を、救いたいのです。

私が、「世界を、救います」。

1)
 私は救う。
 この困難に 満ち溢れた 世の中を。

2)
 私は救う。
 人生に 絶望している 若者たちを。

3)
 私は救う。
 将来不安に 怯えている 人々を。

4)
 私は救う。
 縮小社会に 打ちひしがれている 多くの人たちを。

5)
 私は救う。
 人口減少に 悩まされている 公務員たちを。

6)
 私は救う。
 物が売れないと 嘆いている ビジネスマンを。

7)
 私は救う。
 奨学金の返済に 苦しんでいる 元学生たちを。

8)
 私は救う。
 承認不安に 包まれている 愛に飢えた男たちを。

9)
 私は救う。
 下流老人になるのを 恐れている 中高年の人々を。

10)
 私は救う。
 貧困から抜け出せないと 苦悩している 女性たちを。

11)
 私は救う。
 この世の中の 全ての 人々を。

私が、世界を、救います。
それが私の「人生の使命」、すなわち、「天命」なのです。

私は、フーゾクに救われた人間、『俺の旅』に育ててもらった人間です。
今度は私が、フーゾクを救う番です。

『俺の旅』を、復活させて、フーゾクを支えていく。
フーゾクを、支援していきたいのです。

私は近い将来、会社を作ります。その会社の名は、「株式会社ニュープラスワン」としたいと、考えております。

その理由は、私が出版業界に入った時の、最初の会社、名古屋の編集プロダクション「オフィスプラスワン」が、楽しかったからです。

「オフィスプラスワン」の中の「プラスワン」に、「新」という意味合いをくっつけて、「ニュープラスワン」としたいと、考えております。

既に、名古屋の編プロ「オフィスプラスワン」の社長の承諾を、得ております。

名古屋の「オフィスプラスワン」に私が入社してから、まる20年となります。

下積み20年と考えております。
個人事業主、つまりフリーの編集記者としての仕事が軌道に乗り、法人化できるくらいに仕事量が増え次第、会社を立ち上げます。

私は、この会社を、「人の心が温まる会社」「いるだけで心が和む会社」「訪れる人の心を癒す会社」に、したいです。

ブラックでもホワイトでもない、色鮮やかな企業に育てていきたいのです。そう、まるで点描画(てんびょうが)のような、カラフルな企業です。

フランスの画家、ジョルジュ・スーラやポール・シニャック、カミーユ・ピサロの名画のような、線ではなくて、点の集合や非常に細かいタッチで表現する、印象派による鮮やかな色の配列の、視覚混合を追求した、グラフィック企業(視覚表現企業)、ハーモニー企業(調和企業)です。

近くから見ると、いろいろな色の点があるだけですが、遠くから眺(なが)めると、ちゃんとした一枚の絵になっている、そんな企業です。
 
社員一人一人が自分の色を出して、それを大切にし、その個性を活かして、主体的に行動し、活躍していく。それが全体で見ると、見事に調和しており、一つの意味、つまり成果を作っている。

そんな企業です。

皆さま、私の「夢」を聞いてください。

私はこの会社を、大企業、老舗企業に育てていきたいです。

そう、千年続くような、歴史と伝統のある、超老舗に。

今、2019年3月23日です。

千年後、つまり、3019年3月23日まで生き残っている企業を、今から立ち上げたいと思っています。

「ニュープラスワン」は、最初は、個人事業主として活動するうえでの「屋号」として、使用します。

今、世界で一番古い会社は、日本の大阪府にある『金剛組(こんごうぐみ)』という建築会社です。

西暦578年に創業なので、2019年の今、1441年間、続いていることになります。

創業当時は、日本は飛鳥(あすか)時代。

聖徳太子が四天王寺(してんのうじ)を建てるために、百済(くだら)から招いた宮大工(みやだいく)・金剛重光(こんごうしげみつ)によって創業されました。

残念ながら、2006年に自己破産して、経営は事実上、幕を閉じていますが、千年以上続いたのは間違いありません。

このような千年以上続く会社も、最初は少人数で立ち上げたに違いありません。

最初はゼロだったのです。

「成せば成る」と、思います。

「大風呂敷(おおぶろしき)を広げている」「大言壮語(たいげんそうご)すぎる」「精神分裂病患者(せいしんぶんれつびょうかんじゃ)みたい」と、笑われても結構です。

好きなだけ、馬鹿にしてください。

人は、「笑われて、笑われて、強くなる」、作家の太宰治(だざいおさむ)の言葉です。

私はやります。

「人々を救う会社」を、作ります。

一度きりの人生、チャレンジしたいのです。

自分の可能性に、賭けてみたいのです。

困っている人、助けを求めている人、社会的に弱い立場にある人たちにとっての、セーフティーネットになるような会社、

いや、「セーフティーネット」ではなく、上まで跳ね返ってくる「セーフティートランポリン」のような企業を、
 
これから作っていきます。

フーゾクが「社会の受け皿」として機能しているように、「人生に悩んでいる人たち、生活に困っている人たちの、支えになるような組織」を作りたいです。

そして、私一人ではなく、もし、よろしければ、ここに集まっていただいている皆さまと共に、この会社を育てていきたい、大きく成長させていきたい、と考えております。

私一人の力なんて、たかが知れています。

『俺の旅』は、周囲の人々のご協力があって、成り立っているものです。

私の理念に共感していただける方、私の考えに共鳴していただけると方と一緒に、「世の中を救う会社」「全ての人々を幸せにする企業」「あらゆる困難を乗り切っていく組織」を、創造していきたいのです。

皆さま、もし、よろしければ、ご協力いただけると助かります。

具体的には、皆さまの周りにある、いらない物、捨てようと思っている物、役に立たない物、を私に下さい。

それを新しいオフィスで使用します。

何でもいいです。いつでも大丈夫です。

鉛筆でも、お皿でも、スリッパでも、歯ブラシでも、大丈夫です。

その物に、マジックでメッセージを書いてください。

日付と名前も、一緒にお願いします。

いわゆる「寄せ書き」です。

「そこにいるだけで心が温まる会社」を作りたいです。

私は、皆さまから頂いたメッセージ付きの物に囲まれて、仕事をしたいのです。

その「物」は、他(ほか)に代わりのない、世界で唯一の「物」です。大事にします。一生、大切にします。

苦しいときも、辛いときも、プレッシャーで潰れそうなときも、その「物」を見れば「勇気」が出ます。

「皆さまに支えられている」という心強さで、乗り切れると思います。

その「物」を、「家族」だと思い、接していきます。

私は、世の中で一番大事なのは、「愛」だと思います。

「家族愛」と言ってもいいです。「無償(むしょう)の奉仕(ほうし)」「無私(むし)の心(こころ)」「相手を思う気持ち」「思いやりの精神」です。

人間はみんな、「家族」だと思います。「人類みな兄弟」、本当にその通りです。

今から10数万年前(じゅうすうまんねんまえ)、人類は5万人程度でした。

アフリカで野生動物として暮らしていた、初期のホモ・サピエンスです。

その一部の、数千人から1万人程度の人たちが、アフリカ以外の全世界に拡散しました。

それから、気の遠くなるような長い年月が経ち、今、その人数は70億人を超えています。

現在の75億人近い人類も、元々は5万人だったのです。その5万人も元を辿っていけば、数人だったのでしょう。

つまり、「ファミリー」だったのです。そう、今の75億の人類は、「家族」なのです。

今、都会、地方、問わずに、日本では共同体が解体されて、個人化が進んでいます。

一昔前のような「血縁(けつえん)」「地縁(ちえん)」は次第に薄くなり、特に都市部では「職縁化(しょくえんか)」が進んでいます。

日本人の人間関係は、ますます「希薄(きはく)」と、なりつつあります。

お互いに無駄な干渉はしない、無関心な関係です。

そして、その人間関係は、まるで「人を物のように見なしている」ようです。

いわゆる「ブラック企業」に見られるように、「人をお金儲けのための道具」のように、見ている感じです。

「この人とつきあえば損か得か」
「こいつは利用できるか、利用できないか」
「この人と一緒にいれば儲かるか、儲からないか」
「こいつは役に立つか、立たないか」

こういった、「打算や計算でつながっている人間関係のモロさと冷たさ」を、今回の休刊の件で、私は身をもって感じました。

日本人の「人事(ひとごと)無関心主義(むかんしんしゅぎ)」です。

今まで子犬のように尻尾(しっぽ)を振って近寄ってきた人が、休刊決定後、まるで潮が引くように、波が海に帰るように、離れていきました。

言葉や表情には出さなくても、腹の中が透けて見えるのです。

口では、「応援してます」「何でもやります」と言っても、実際は何もしない。

自分は安全なところにいて、高見の見物を決め込んでいる。

巻き込まれたくない、と思っている。

まさに「観客民主主義(かんきゃくみんしゅしゅぎ)」を、感じました。

その時、思いました。「利害のみでつながった人間関係は、なんとモロくて、冷たいのだろう」と。

そして、もうひとつ、「信頼のない人間関係は、なんと痛々しくて、残念なのだろう」と。

正直、ガッカリしました。あまりにも、つまらなくて、落胆しました。

私は、「大事なのは、打算ではない」、と思うのです。

私は会社を立ち上げ、社員と、自分の家族のように接したいのです。

社長である私が父親、社員は全員、私の子供たち、といった感じです。

親身になってアドバイスする、常にちゃんと向き合う、父親として子供たちを守り続ける。

京都の平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)の中にある、阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)のように、千年近くの間、どっしりと座り続ける。

「何があっても動じない、大きな山のような存在」として、見守り続けたいのです。

「勇気」とは、「逆境や困難を乗り越える精神的な強さ」のことです。

「勇気」は、その人が生まれながらに持っている性質のもの、ではありません。

「努力して身につけることができるもの」です。

私は、この「勇気」を出して、近い将来、起業します。

フリーの編集記者としての仕事が軌道に乗り、仕事量が増えて、会社設立の必要ができ次第、新しい会社を立ち上げます。

私は、この15年間、ひたすら働きづめだったので、しばらくは「休むこと」、自分を「休ませること」を、考えることにしました。

気分をリフレッシュさせて、新しい自分に、生まれ変わるのです。

当面は、フリーの編集記者として、細々と仕事をしながら、数多くの本を読み、いろいろな人と会い、様々な場所へ旅行をし、今まで以上に「見聞を広げていきたい」と考えております。

私の編集哲学は、これから話す3つのことを柱としています。

1、本を読むこと。(世の中を学ぶこと)

世の中の仕組みを理解することです。世の中を回しているシステムを把握すること、と言ってもいいでしょう。

2、人に会うこと。(人間を知ること)

社会は人間が作っています。人と話すことによって、社会のリアルな動きを察することです。

3、旅をすること。(現場に出ること)

常に時代の変化を身をもって感じることです。時代の移り変わりを、現場で体感することです。

私の編集者としてのモットーは、この3つを徹底すること、です。

これからは、風俗街だけでなく、別の場所へ、別の形の旅行もしてみたいのです。
 
フリーの編集記者としての取材旅行として、もしくは、自分の会社の社員旅行として、ゆっくりと地方の美術館を巡ってみたい、
ハワイ、パリ、ニューヨークなど、欧米へ旅行してみたい、
ストリップの踊り子を追いかけて、のんびりと国内を旅してみたい、などと、考えております。

私は、今までの15年間は、「助走」「準備運動」と捉えております。

そう、小学生の頃の、夏休みの、早朝のラジオ体操みたいなものです。

これから、千年続く企業、千年続く『俺の旅』を作ろう、というのですから、15年間は「一瞬」です。

そう考えると、これからしばらくは、「会社設立のための、そして、新しい『俺の旅』を生み出すための、準備期間にあててもいい」、と考えております。

もっといろんな本を読み、様々な人と会い、多様な場所へ行き、視野を広げていく。

フリーの編集記者として、身軽になりながら、自分を磨くために、日々精進努力する。

そう、「急がば回れ」です。

焦ることはない、じっくり準備してから、会社を設立した方がいい。

もっと勉強して、世間を知って、人々に揉まれてからでも、社長になるのは遅くはない。

むしろ、そうしてからのが、いいくらいだ、と思いました。

しばらくは、フリーの編集記者として、働きます。

私にも生活がありますから、お金を稼がなくてはなりません。

皆さま、私に、仕事をください。何でもやります。

「便所掃除」でも、「新聞配達」でも、「皿洗い」でも。

私は、生きていくために、働きます。

必死で、今を、生きます。

私は、何か問題が起きたら、「人に頼っていい」と思います。

今回、周囲の方々に、『俺の旅』を継続(けいぞく)させる方法について、相談しました。

多くの方からアドバイスを頂けました。

ものすごく心強くて、嬉しかったです。

困難を分かち合い、みんなの力で難題を解決していく。

難関を突破していく。

それでいいのではないか、と。

自分一人の力など、微々たるものです。

一人一人の力は小さくても、みんなで力を合わせれば、大きな力になる、と思います。

共に助け合う「共助の社会」、お互いに「頼り合える関係」、「支え合えるコミュニティー」、これからの世の中は、これらが必要不可欠だと思います。

私は変わります。新しい自分を、作っていきます。

今の自分を、「上書き保存」していきます。

「アナログな自分」から、「デジタルな自分」へ。

「時代に合った新しい人間」として、生まれ変わろう、と思います。

これまでの自分を保つことに、必死になるのは、もうやめます。

「保身」と「自己防衛」を、卒業します。

私は変わります。

会社員から事業家へ。

従業員から経営者へ。

サラリーマンからフリーの編集記者へ、です。

私は、退社後は、こうして新しい人生を、歩み始めたいのです。

私は、今回、まるで災害に遭ったようだ、と思いました。

コンビニが成人向け雑誌の販売を中止することは、オリンピックを間近に控え、予想されていたとはいえ、いざ起こってみると、驚きを隠せませんでした。

まるで突然地震が起きて、津波で家が流されて、なおかつ原発が爆発し、放射能で汚染されて、もう同じ場所に住めない、ような感じです。

語弊(ごへい)を恐れずにいえば、東日本大震災や阪神淡路大震災が、直撃した気持ちでした。

でも、コンビニを恨んでいません。コンビニからアダルト雑誌がなくなるのは、時間の問題、時代の流れだった、と思います。

私は、今回の休刊を「時代に合った新しいコンテンツ」、「時代に合った新しい自分」を生み出すチャンスだと、捉えております。

たとえ、退社後に『俺の旅』という言葉、単語が使えなくても、

「フーゾクの素晴らしさ、面白さ、役割を、世の中に伝える」という仕事ができれば、いいのです。

記号は、変えればいいのです。

例えば、「俺の夢」「俺の星」「俺の愛」などです。

私は、これから、世の中を望ましい方向へ、リードしていきたいのです。

新しい幸せな時代を作っていく、社会の変化をよりよい方向へ、導いていきたいのです。

世間の人々を、幸せにしていきたいのです。困っている人たちを、助けていきたいのです。

私は、これからの人生を、世の中や社会をより良くしていく人間として、歩んでいきます。

皆さま、長い間、私の話を聞いていただき、ありがとうございました。

『俺の旅』共々、今後ともよろしくお願いします。

セックスワークサミット2019「コンビニから消える風俗情報誌の未来 ~『俺の旅』の存続を考える~」開催レポート

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