小海線電車鉄道雪景信号

冬の清里の森でインタープリテーション実習に参加

 今年の2月27日、大学時代の後輩でインタープリターの村松亜希子さんに招かれて、山梨県北杜(ほくと)市の清里へ樹木観察に行ってきた。いや正確には、母校である千葉大学園芸学部生の「インタープリテーション論」に参加してきたのだ。[interpretation]とは、直訳すると「通訳」や「説明」。環境教育の分野では、自然を案内したり解説したりすることを指し、それをやる人をインタープリター[interpreter]という。「自然観察ガイド」のイメージに近いが、より深く感性や感覚に問いかけ、教育や芸術の要素も入る分野である。広い意味では、樹木図鑑を作る僕もインタープリターといえるだろうか。

 僕が依頼されたのは、「伝える」というテーマで樹木図鑑づくりについて学生たちに1時間ほど話をしてほしいという内容。けれども、せっかく沖縄から清里まで足を運ぶのだから、2泊3日の実習に僕も参加して、観察会のテクニックを身につけて、ピチピチの学生たちとも交流したい、と企んだわけだ。

 清里へは、東京からJR中央線の最高標高(881m)駅である小淵沢まで特急あずさで行き、そこから小海線(八ヶ岳高原線)【上写真】に乗り換えて3駅で着く。駅の標高は1274mもあり、軽井沢と並ぶ避暑地として栄えている(ちなみに次の野辺山駅は標高1345mで、日本の鉄道の最高標高駅である)。清里駅から八ヶ岳に向かって1kmあまり坂を登ると、今回滞在する公益財団法人キープ協会の施設がある。ソフトクリームで有名な清泉寮(せいせんりょう)がある観光地であり、日本の環境教育のメッカでもある。

 学生たちとの実習が始まると、まずはアイスブレーク[ice breaking]、すなわち緊張を解きほぐすためにゲーム形式の自己紹介をやった。配られたA4の紙を4つに区切り、1番には自己紹介で必ず伝えたいこと、2番には好きな景色、3番には今回の実習に参加した目的、4番には今回の実習でやりたいことを書き、他の人と各番号をテーマに自己紹介をし合うのだ。

 こういうのやるの、久しぶりでちょっと楽しい。僕が書いた内容は上の通り。伝えたいことは、やっぱり所在地や出身地、仕事かな。どれも少し特殊だからね。好きな景色は、小学生の時でも同じ絵を描いたかもしれない。海が見える南国風の景色が好きなのだ(だから沖縄に住んでいる)。3番と4番は前述した通り。今となっては観察会を開く側になったが、そのための専門的な知識や経験を身につける機会って大事である。

 自己紹介を終えると、次に興味深いプログラムをやった。これから行く森の生態系を表す漢字やサインを自分で作る、というものだ。こういうの、造園設計を専攻していた学生時代にもやったなぁ。発想力や創造力をテーマにした課題は好きなので、すぐにひらめいて漢字を作ってみた。「木」という漢字をいくつも組み合わせて、大きな木の形をつくり、そこにいろんな動植物やキノコがのっている構図。木1本でも森。木の上にも生態系があることを表したかった。なかなか傑作と思うのだが?

 そしていよいよ、雪の残る雑木林へ入る。このあたりの森を構成するのは、ミズナラやミズメなどのカバノキ科樹木、カエデ類、それにアカマツや植林されたカラマツなどが主体である。僕がふだん入らない植生の中で、個人的には冬芽や樹皮、残った果実、落ち葉などを観察しながら、自然体験プログラムをいくつかやった。

カラマツの下から森に入る。

何かと思ったらヤエガワカンバの花芽。樹皮は八重にはがれる。

ツルウメモドキの果実の残骸。これが冬も枝に残り花のように見える。

サラサドウダンの実。垂れた柄からキュッと上向きに曲がってつく。

これはヤマツツジの天狗巣病。ヤマネが巣を作ることもあるんだって。

おやおやクサボケの実が残ってる。小さな木なのに大きな実をつけるのね。

これサルトリイバラの幼木と間違えやすいけど、サルマメの冬芽だろうね。

ほう、枝に翼(よく)が出るコブニレ(ハルニレの品種)も生えている。

所々、縦に雪が解けているのはシカの通り道なのだとか。

もちろんシカの糞や足跡も。雪上のフィールドサインを見られて嬉しい。


 などなど、いろいろ観察してまた建物に戻る。今度は実際に森を歩いた後に、森のイメージを再び描いてみる。僕が描いたのは、落葉樹やアカマツの下に積もった果実、落ち葉、うんち・・・それらが土に帰っていく様子を表現してみた。久しぶりに冬の夏緑樹林を歩き回り、樹下に落ちるブツの多さを改めて実感したからだ。このように、森に入った直後に描く絵は、入る前に比べて描写がかなり具体的になり、感性が磨かれる。それを自然観察体験を通じて学生たちに実感してもらおうという、素晴らしいプログラムである。

 そんなこんなで、夜には僕のスライドショー&トークも無事に終わり、最終日3月1日の朝を迎えた。前夜の天気予報では、3月の大雪になる可能性があると報じていたが、本当だろうか。布団から出て、つゆで濡れた窓を開けると、一面に銀世界が広がっていた。いやあ、こんな雪景色見るの、何年ぶりだろう。6歳になった沖縄の息子に見せたかったぁ。

 美しい雪景色と学生たちとの交流を終え、帰路につく。雪の中の小海線に乗って、小淵沢駅に着いたときには、青空が広がりはじめ、雪は雨に変わっていた。地元に住むの人も見た記憶がないという、雪景色の青空にかかった虹を見ることができ、何かとてもすがすがしい気持ちで僕は特急あずさに乗り込んだ。明日には熱帯・東南アジア取材への出発が控えていた。

【清里の森で確認した樹木】

高木:アカマツ、カラマツ(植林)、ウラジロモミ、オウゴンシノブヒバ(植栽)、ミズナラ、クリ、ブナ稀、シラカバ、ヤエガワカンバ、クマシデ、アカシデ、ヤマハンノキ、ハルニレ、コブニレ、カスミザクラ、ミヤマザクラ、イヌザクラ、ハリギリ、コシアブラ

小高木:コミネカエデ、モトゲイタヤ、オオモミジ、コハウチワカエデ、ホソエカエデ、カジカエデ、アオダモ、ズミ、ナツツバキ、マユミ、リョウブ、アオハダ

低木:ダンコウバイ、アブラチャン、カマツカ、サワフタギ、ノリウツギ、ヤマツツジ、サラサドウダン、ドウダンツツジ実(植栽)、ガマズミ、ニワトコ、イボタヒョウタンボク、ミヤマウグイスカグラ、タラノキ、ヤマウコギ、モミジイチゴ、クサボケ、サルマメ、ヤドリギ

つる:ツタウルシ、ツルウメモドキ、ヤマブドウ、サルナシ、クマヤナギ

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