見出し画像

私は君が。

 友達が彼女と別れた。いや、友達、なのだろうか。私からすると好きな人なのかもしれない。去年はとてつもなく大好きだった。でも自分には可能性がないから好きでいることをやめた。恋をするのは苦しいことだからやめた。だけど本当は、心の奥底では諦めがついていないのかもしれない、彼のことを気にかけずにはいられない自分がいる。


 サークルのみんなと旅行に行った。それはそれはこの上なく楽しい旅行だった。旅館で過ごす夜、お酒が足りないとのことで唯一シラフだった私が買い出しに駆り出された。4人で行ったのだが、私は久しぶりの運転だったので優しい彼が助手席でナビをしてくれた。お酒を調達し、旅館に戻りに山を登っているときにその話を聞いた。


「実は3日前に彼女と別れて」


知らなかった。なにを知らなかったって、別れたことだけじゃない。"全部"知らなかった。女の人とデートしたこと、三か月も前から彼女がいたこと、その彼女とついこの間別れたこと。


 付き合い始めたのは彼女からの猛アタックが原因だったらしい。出会って間もなく付き合いだした。彼は彼女を大切にする人だった。気を遣ってあげていた。しかし、試験期間と新歓期間がちょうど重なっていた時、新歓のリーダーだった彼は突如彼女から距離を置きたいと言われたのだ。正直、試験期間は新歓にあまり行っていない私でさえきつかった。毎日毎日勉強して、やっと試験に受かったレベルだ。しかし彼は新歓に毎回参加し取りまとめ、先輩へのお願いや新入生への連絡、その他諸々すべてやっていた。それでいて試験にすべて合格している。忙しいのにすごいなと思っていたのだが、そんな時期に彼女から距離を置こうと言われていたなんて思いもしなかった。精神的にかなりきつかったと彼は言った。


 彼はとても気を遣うことが出来る人で、いつも人の気持ちを考えて行動している。その代わり自分がしんどいときは全く表に出さない。この時彼が苦しんでいたことなんて気づかないほど、会ったとき彼はいつも通り笑顔で話してくれていた。


 なんで気付かなかったんだろう。彼が良い人すぎて、彼が辛かったのを聞いて私も胸がキュッと締め付けられた。


「3日前に一応旅行に行ったんだけど、元カノに冷めたって言われて、俺も精神的に限界だったから別れたんだ。今はまだ完全に立ち直れたわけじゃないけど、後悔はしてないよ。」


 なんて返せばいいか分からなかった。何が正解の返答なのか分からなかった。ただただ話を聞いていて辛かった。とりあえず「この旅行で気晴らししてね」と言ったがなにも慰められなかった。それが虚しかった。彼のことを助けてあげたい気持ちはやまやまだが、その役目は私じゃない気がする。彼にとってはただの部活仲間の、私なんかじゃ何の助けにもならないんだろうな。もう少し彼に近い関係だったら、彼のことを助けられたのかな。大丈夫?って彼の手を取ることが出来たのかな。


 結局旅館に帰ってからも彼は他の人を気遣うばかりで、ほとんど飲んだりはしゃいだりしていなかった。本当に大丈夫なのか心配だった。


 そんなときに悲惨な出来事が起きた。次の日テーマパークに行ったときに、なんと元カノと鉢合わせたのだ。こんな遠い地に?偶然にしてはおかしくない?しかも彼女は、彼よりも何人か前に付き合っていて今は別の彼女がいる元カレを連れて二人で来ていたのだ。彼女は私たちが旅行でここに来ることを知っている。わざと彼に見せつけるために来ているのかも知れない、と思うと背筋がぞわっとした。でも。でも、彼女は美人だった。ショートカットで、モデルさんのようにスタイルが良い年上の女の人。私とは真反対の人。軽蔑の目を向けようとしたがそんな勇気が出ないくらいに綺麗な女性だった。そりゃ何人も元カレいるわけだな。彼は顔を伏せ、彼女に気づかれないように隠れた。彼の顔からはいつもの笑顔が消えていた。それでもただ彼を隠すことしか出来ない私がみっともなかった。


 ねえ、知ってる?私の写真フォルダはいつの間にかあなたの写真でいっぱいで、他の人には見せられなくなったよ。

 ねえ、知ってる?あなたが女の人と一緒に写る写真を見かけるたびに私、胸が苦しかったよ。

 ねえ、知ってる?私、あなたのことただの友達だなんて思ったこと一度もないよ。


 だけどね、そんなこと絶対に伝えられない。あなたを本気で慰めてしまったらきっとこの気持ちがバレることになる。そう思ってどうすることもできない自分が嫌で嫌で、辛そうなあなたを見るたびに息がつまりそうになる。だから私、あなたに“誰かに”相談して、なんて言って逃げたの。本当は私にすべて話して欲しいしあなたの悩みならどんなことでも聞ける。けど、あなたがそれを望むのはきっと私じゃないでしょう?


 旅行の帰り道、好きなタイプの話をしたね。私は年下が好きなんて言ったけど、どれだけ年下の子を好きになろうと思っても、年下の男の子と二人で出かけても、年上のあなたのこと頭から離れなかったよ。実は去年、あなたへの好きな気持ちを紛らわせるために他の人を無理やり好きになったんだ。でもね、その時もあなたの写真は消せなかったよ。恋はしないって決めてからも、あなたのこと忘れられないんだよ。


 だからあなたの苦しむ姿は見たくない。辛そうな顔を見ると物凄く泣きそうになる。私、あなたの無邪気な笑顔が見たいんだよ。目元をしわくちゃにして、真っ白な歯を見せて笑う姿が見たいんだよ。だから早く幸せになって。


 きっともう私がこれから誰を好きになっても、もし今後誰かと付き合うことになっても、誰かと結婚したとしても、あなたのこと脳裏から消し去ることは不可能だと思う。あなたは私の好きな人ではない、と心では言い聞かせているけれど、心底そうは思っていないのかもね。


 次あなたが誰かと付き合ったら、満面の笑みで言ってあげるよ。


「おめでとう。末永くお幸せに!」って。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?