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(連載小説)和巳が"カレシ"で、かすみが"カノジョ" ① 振袖のち浴衣の男の娘・前編

この作品は拙著公開済みの「成人式はカップル振で」の続編ですのでそちらをまだお読みでない方はよろしかったらご覧になっていただければ幸いです。

「もおー、めんどくさーい、和巳、わたしこれからそっち行くからー。」そうSNSのメッセージが届いてから数分後、「おじゃましまーす!、和巳いるー??。」と女の子の声がして部屋に遠慮なくドタドタ上がりこんでくる。

「いやもうSNSでチマチマ打ってるってめんどくさくて・・・・・。それでその続きなんだけど聞いて聞いて!。あのね!・・・・・。」

ここは東京近郊のある住宅地。1戸建てが並ぶこの団地に3軒隣りから今日も諏訪あずさ(すわ あずさ)が豊岡和巳(とよおか かずみ)の家にやってきてこうしてたわいもないおしゃべりをしている。

あずさと和巳は幼なじみ。あずさが小3の時にこの団地の今の家に引っ越して来てからずっとこの二人はとても近い存在だ。

歳が同じと云う二人はまず小学校の通学班で毎日一緒に学校に通う様になり、何度か同じクラスになった事もあった。

そして中学校は地元の公立中学に揃って進学し、高校もたまたまではあるけれどこの辺りの中学生が一番多く進学している地元の公立高校に同じように二人は合格し、通う様になった。

小学校は通学班で毎日一緒に登校していたけれど、中学・高校は特にそんな通学班みたいなものはなかったがそれでも近所と云う事もあり、通う場所が同じなのでしょっちゅう朝夕一緒になっていた。

大学はこれも示し合わせた訳でなく、ほんとうにたまたまだったのだけど通っていた高校から割に多くの生徒が進学する都内の大学に通学が割に便利と云う事でこれも結果的に二人揃って進学した。

学部は和巳は商学部であずさは文学部と違うのだが、それでも特に1,2年次の教養課程では同じような講義を受ける事も多くて似たような生活パターンになり、当然通学時に一緒になる事も多かった。

こんな二人は通っている学校が同じで且つ近所のよしみと云う事もあり、小学生の頃から当たり前のように近くにいつもお互いが居ると云う生活の日々を過ごしていた。

ただ活発で明るく、いつもクラスの人気者のあずさに比べてどちらかと言うと地味な性格の和巳はクラスの中では目立たない「普通の男子」で、あずさと和巳はいつも一緒にいるけれど大概はあずさの聞き役に和巳は回っている感じだった。

こんな二人だが、半年前に大きな転機が訪れた。それは何かと云うと成人式の少し前からこの二人はいわゆる”カレシカノジョ”の仲になっていたのだった。

あずさは大学で2年連続学園祭のミスコンテストでファイナリストに選ばれた位の美人で、元からのその明るくて活発な性格もあり、男子にはとても人気があった。

当然言い寄ってくる男子も多く、その中からあずさは高校の時の同級生でバスケット部で活躍していた運動神経も抜群の男子と大学でもその男子が同じ大学に進んだ事もあって引き続きお付き合いをしていた。

最近では男子でもいわゆる「コスプレ感覚」で成人式の日に振袖を着て出席するのが徐々に定着してきていて、カノジョの居る男子はカノジョにせがまれて成人式にはお互い振袖を着て出ると云う「カップル振」と云うのも流行っている。

当然あずさもそのカレシと振袖を着てカップル振で成人式に出ると決めて準備していたけれど、成人式直前にそのカレシの浮気が元でカップルは解消し、途方に暮れていた。

たまたま雪の日に落ち込んでいるそんなあずさを近所で見かけた和巳は自分の部屋に招き入れ、温かいウーロン茶を淹れてあずさの話しをずっと聞いてあげた。

和巳にしてみると特に変わった事をしたつもりもなく、近所の女の子が寒い雪の日に公園でポツンと所在なさげに傘もささずにいるのをほっとけないからとりあえず自分の家でいつもしているみたいに話を聞いてあげただけだったのだが、この一件であずさは本当に自分にとって大切なのはいかに自分を大切にしてくれる人が大事なのかと云う事に気づき、そして和巳も今まで身近過ぎて考えた事の無かったあずさが「近所の幼なじみの女の子」ではなく「大切にしたいひとりの女性」だと云う想いに気づき、こうして二人は付き合い始めたのだった。

そして和巳は成人式にあずさに勧められて振袖を着た。これまで全く女装に興味がなかった和巳は一度も女装と云うものををした事がなかったのだけど、試しに試着アプリで振袖を着たらどうなるかやってみると大層似合っていたのとあずさの二人で振袖を着て成人式に出たいと云う思いを叶えてあげたい気持ちに自分でもせっかくなので実際に振袖を着て「二十歳の女の子」の雰囲気を感じるのも悪くはないと思い、古典柄の赤の振袖を着たのだった。

着てみると周りの人誰もが驚く位どこから見ても「振袖の似合う成人式の女の子」に和巳は変身していて、名前も和巳からその日一日だけ「かすみ」と云う名前にしてあずさと「まるで女の子同士のカップル」のような一日を過ごした。

会場で着付けやメイクのスタッフさんをはじめ、高校の同級生たちにもこれがあの地味で目立たない普通のどこにでもいる男子の和巳とは思えないと驚かれ、そしてきれいにメイク・ヘアメイクされ、振袖を着つけてもらった和巳、いえかすみの姿に大変な高評価を口々にいただいたし、褒めてもらってばかりいるとそのうち自分でもまんざらではなかった。

こうして付き合いだして半年経ったのだが、和巳とあずさは付き合う様になったとは言え、特に二人の間に変わった事は無かった。

それは相変わらず同じ町内から同じ最寄り駅より電車に乗って同じ大学に同じような時間帯に通う生活であったし、付き合う様になったからと云っても近所の幼なじみと云う元からの関係性に変化がある訳ではないし、あれこれ言うあずさの聞き役で和巳がある事に変わりはなかったからだったけど、和巳の方には少しだけ変化があったのだった。

まず今までやっていたバイトに加え、成人式にレンタル振袖でお世話になった着物屋さんにそのあまりにも似合っていてきれいだった和巳の振袖姿がこの1回だけと云うのはもったいないと言われ、このお店で以前から行われていた成人式に振袖を着たい男子対象の試着展示会に実際に振袖を男子が着たらこんな風になりますよと云ういわば「マネキン」と云う感じで「実演」するその名も「男の娘振袖モデルアドバイザー」と云うバイトを頼まれて、日当や自分のアドバイスで成約するとインセンティブボーナスが出る事もあって結構待遇もよかったので時々試着展示会に出ては「かすみ」になって振袖を着させてもらうようになっていた。

あの時1回だけと思って着た振袖もこうやって何度かメイク・ヘアメイク・着付け込みで引き続き着る事になり、またそうかと云って女装趣味に目覚めたとかそんな訳でもなかったのだが、あずさにスマホで撮ったバイトでの振袖姿を見せたりしていると時にはバイト先に振袖姿のかすみになった和巳を見に来たりするようになっていた。

和巳はさすがに似合っていてきれいな振袖姿とは言え、あずさに見られるのは最初は恥ずかしかったけど、振袖を着ている時はお店の方針でかすみになり切って女ことばで女の子のように喋るようにして仕草も女の子のようにするよう言われていた事もあったし、何より振袖を着ているので動きが制限されて自然と女らしい動作や仕草になっている事もあって気分もまるで女の子のようだったし、それを見越してあずさも女の子に接するような感じで和巳に接していた。

そして季節は過ぎ、そろそろ暑くなってきたある日、いつものように「和巳いるー??。」と言ってあずさが家にやってきた。

「おじゃましまーす、部屋入るねー。」「いいけど今日はどうしたの?。」

そう言う和巳に「うんとね、和巳もバイトで行ってる成人式の時に振袖を着せて貰ったお店からメールが来たんだよね。」と楽しそうにあずさが言う。

「わたし忘れてたんだけど、成人式に振袖を購入したらサービスでお好みの柄の浴衣が1枚ついてきて、浴衣用のメイクもヘアメイクも着付けも1回サービスなんだって!。」

と言いながらあずさは画面を和巳に向けて「見て見て!これって結構いいでしょー。」とか「これもかわいいよねー。」「やっぱり夏には女の子は浴衣でしょ!。」などと言いながら画面をスクロールしたりタップしたりしながら和巳に見せるのだが女物と云う事もあって「そうだねえ・・・・・。」と言いながら興味なさそうに生返事をしながらいつものようにあずさが言うのを和巳は聞いていた。

あずさがそんな風に自分のペースであれこれ喋るのを聞いているのは和巳にとっては別に何でもなかった。

ずっと前からいつもあずさがこんな感じであれこれ和巳の家に来ては自分のペースで喋るのは毎度の事だし、今回もそれと特に変わった事はないので和巳も普通にいつものように相槌を打ってあずさが喋るのを聞いていた。

そのうち「よしわたし決めた!。」とあずさが言う。「決めたって何?。あずさがこの着物屋さんのサービスの浴衣を着る事に決めたって事?。」「そうよー。せっかくの無料サービスだし、スマホでお店のサイトにアクセスして浴衣のサンプル画像のページを見てると色とか柄もとぉってもかわいいのばっかりでこれなら利用するしかないって思ったの。そんでこれ着せてもらって今年の花火大会にわたし行くんだ。」

振袖も結構似合ってて、和服全般が似合うあずさだから浴衣もきっと似合うだろうし、それ着て花火大会って夏らしくってまたいいなと思いながら聞いていた和巳にあずさが事もなげに言う。

「ねえ、和巳もいっしょに浴衣着てわたしと花火大会行くのよ。いいでしょ。」「うん、まあそりゃ浴衣着て花火大会にあずさと行くって僕はいいけど。」「そっかー。だったらもひとつ決まりね!。ねえ、じゃあどの浴衣にする?。」

そう言ってあずさはスマホの自分が見ていた女物の浴衣のサンプルページを和巳に見せて「そうねえ・・・・・そうだ、このパステルカラーのかわいい浴衣が似合うかも?。成人式の時は赤の古典柄だったから今回はちょっと冒険して夏らしくかわいい感じの浴衣がいいかもね?。それとも成人式の時のように定番の落ち着いた感じの色柄のがいいかなー?。」と言う。

「え?・・・・・でもこれって女物じゃない?。僕は男子だからこれじゃなくて藍染とかの男物着て花火大会行けばいいでしょ?。」

そう言う僕に「いいえ、何言ってんの?。わたしが言ってるのは2人でいっしょにかわいい浴衣女子になって花火大会行くって事よ。またかすみになっていっしょに楽しみましょうね。うふっ。」といたずらっぽく笑ってあずさが言う。

「和巳もこのお店で振袖レンタルしたと云う事はなんかサービスがあるんじゃないの?。バイトで行ってて聞いてない?。」とあずさに言われ、和巳はそう言われれば振袖モデルアドバイザーのバイトの時に来られた方にご成約特典のひとつとして浴衣を着付け込み無料で1回サービスしますと云うのを言う様に言われていたのを思いだした。

「そう言えば男子でも振袖をこのお店でレンタルや購入すると女物の浴衣をサービスで1回着せてくれるって云うのあったような・・・・・。」

「そうでしょう!。和巳もバイト先のお店で振袖レンタルしたんだから無料サービスの特典を受けられるよね!。だったらかすみになってこの特典をわたしと同じ日に使おうよ。ね、いいでしょ、そうしょうよぉー。」

こんな感じで再びまた和巳はかすみになる事になった。「ま、振袖の時まったく男ってバレなかったし、今度は浴衣を着てかすみになってあずさとひと夏の想い出を作るのも悪くないか・・・・・。」

こうして女装外出も1度経験済みの和巳は今度はさほど心配する事なくいわば一種「コスプレ感覚」であずさと女物の浴衣を着て出かける事にしたのだった。

(つづく)



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