PERSON vol.5 "伊藤航"
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PERSON vol.5 "伊藤航"

 ホールアース自然学校のことをご存知の方は、「ホールアース=富士山」なんていうイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、実は富士山麓だけでなく、全国各地に拠点を持っています。

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 そのうちの一つ、福島校は、国内で4番目に広い湖「猪苗代湖」の南岸に拠点を置く分校です。2011年の東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故を契機に、解決しないといけない課題が山積みだからこそ、本質に立ち返って必要なことを実践していかなければ、という想いから、2013年に現福島校代表の和田により立ち上げられました。

 そんな福島校は現在3名で活動していますが、そのうちの一人が伊藤航です。

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 普段富士山麓にいる私は、彼と共に仕事をする機会はあまりありませんが、出張でこちらに来るときには必ず東北の地酒を持ってきてくれて、地元山形の郷土料理である芋煮を振る舞ってくれることもあります。後輩を見つけると腰を据えて雑談しながら日頃の悩みを聞いたり、そのままごはんに誘ったり。自分の時間を使って、自身の経験を仲間に伝えたり。そんな姿をよく見かけます。

 人懐っこくて、ちょっとお節介なくらい世話好きな伊藤の今に至るまでを探るべく、彼の転機となった東日本大震災のときの話から伺ってみました。 

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 「福島の大学に通ってて、震災当時は学生寮にいたんだけど。しばらくは寮のみんなで集まって、ごはんを作ったり、情報集めたり、余震に控えて交代で寝たりして。大学の後輩に誘われて、大学内にできた避難所に初めて足を運んだのが3月16日の夕方だった」

 「大学の体育館のドアを開けたら、段ボールの上で毛布に包まってうずくまる人たちがたくさんいて。ついさっきまでテレビで見ていたような光景が目の前に広がってて、月並みな表現だけど、『自分にも何かできるんじゃないか』って思った」

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 そこから、避難所運営のボランティアを務めることとなった伊藤。「やらないといけないことがまだまだあった」と言い、避難所が閉まった後は大学内に災害ボランティア団体を作り、代表を務めることになります。

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 「大学に入った頃はそうでもなかったんだけど、震災があってから、福島に残りたいっていう気持ちがだんだん強くなって。当時決まっていた県外の企業からの内定も断って福島県内で就職したんだよね。でも、それから親父が死んじゃったり、色んなことがあって、仕事を辞めることになった。で、自分の人生考えたときに、やっぱりもう一回災害支援のことをちゃんと学びたいなと思って。大学院に入り直すことにした」

 地域福祉や災害ボランティアのマネジメントを専攻分野として大学院に通う中で、伊藤はホールアースに出会います。福島校代表である和田が、「学生アクティブリーダー養成講座」のチラシを持って、当時所属していた研究室を訪れました。「学生アクティブリーダー養成講座」とは、各回1泊2日で、自然体験活動や環境教育の次世代を養成するために福島校が開催している、大学生・若手社会人向けの年間講座です。

 「アウトドアとか自然には特に興味はなかったけど、なんか楽しそうだなと思って、とりあえず行ってみるかって感じで。でも、実際に参加したら、衝撃的なことだらけで。あの頃まだ福島校が湖南町に移転してきたばかりだったから、水道もガスも通ってなくて。そんなところで和田さんがマッチとナタ、薪だけを持ってきて、『じゃあ火つけてみて』って。いやいや無理でしょ、と思ってたんだけど、和田さんはあっさりつけちゃってさ。今思えばなんでもないことなんだけど、目の前で火がついたことにびっくりしたのを、今でも覚えてる」

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 「あと、登山にも連れていってもらって、それがほんとに楽しかったな。そこも今思えばただの裏山なんだけど、自分の知らない世界に触れた気がして、しかもそういう世界が遠くじゃなくてすぐそこにあるっていうことが衝撃的だったね。俺も誰かに伝えたいって思った」

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 ボランティア団体の活動としても、「自然」という言葉がオーバーラップしはじめ、福島の子どもたちを県外の自然の中へ連れていったり、放射線の影響が少し落ち着き出した頃には福島県内での自然体験キャンプを企画・運営したりもしたそう。そんな日々を過ごす中で、自然体験や環境教育という分野に心が惹かれ始め、大学院卒業後、28歳でホールアース自然学校の門を叩くことになります。

 「世話好きって言われても自覚はないんだけど、『誰かのために何かしたい』みたいなのはずっとあって、大学院に入ったばかりの頃は、震災復興のNPOとか、社会福祉協議会みたいなところで働きたいと思ってた。今思うと、『自分がなんとかしないと!』みたいな使命感に駆られて当時は必死で。でも、だんだんそういうのから、『伝えたい』っていうワクワクが勝るようになってきたのかな。肩の力が抜けて、自分に忠実に動けるようになってきたのかもしんない」

 富士山麓での半年間の実習期間を経て、かつて様々なことを教わった福島校へ配属されることに。福島校では、津波被害を受けた地域から新しい集合住宅に移転した人と、震災前から移転地域に暮らしていた人とを繋ぐコミュニティ形成サポート事業を担当したり、被災地での植樹祭の企画・運営に携わったりと、学生時代のノウハウと人脈が活きる場面も多々あったとか。

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 その後、自身でツアーを主催するなど経験を積み、ガイドとして活躍の場を広げる一方で、昨年の台風15号、19号の際には千葉県や宮城県丸森町へ災害支援活動を仕事として、現地に足を運んだとのこと。

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 「特に丸森町については、ボランティアセンターの立ち上げにも携わらせてもらって。学生のときは福島で災害支援のプレイヤーとしてマネジメントされる側だったのが、今度はその経験を活かして自分がマネジメントする側に。誰かが困ってるなら、自分の知ってること、経験したことは伝えたいと思った」

 「自然っていう分野でいうと、自分がプレイヤーとしてトレッキングとか登山のスキルを上げていくことはもちろんだけど、楽しみ方とか知識を誰かに伝えたりしながら、色んな人が喜びを共有できるようにしたいっていう気持ちの方が強いかな。災害支援も、同じ組織の同僚とか後輩との関わり方も一緒な気がして、『自分がこうしてほしかったな』とか『あぁ、あれで困ったことあるな』っていうことは、できるだけ伝えてあげたいって思っちゃう。俺、先輩より後輩が得意で、いわゆる先輩気質なんだと思う(笑)」

 伊藤が出張で富士山麓を訪れた際、「どういう魂胆で後輩とか同僚にそんなに親身に接してるの?」とストレートに聞いてみたことがあります。そのときは伊藤自身もうまく答えられないようでしたが、世話焼きの根底には、ちょっと大げさに言うと、隣人愛みたいなものがあるのかな、と改めて感じました。

 まだまだ復興途上である福島の地で支え合い、助け合い、伝えていくには、お節介なくらいがちょうどいいのかもしれません。福島という場で伊藤が活躍する理由がわかったような気がしました。

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1982年設立、人と自然、地域を繋ぐことを生業としているホールアース自然学校。 全国に拠点を持ち、年間約80種類の無農薬野菜を育てる農場やジビエ解体施設を運営し、自然ガイドや地域づくり支援等を行っています。 仕事にかける想いと、未来への構想をお届けします。