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PERSON vol.3 "浅子智昭"

 「北斗の拳って知ってる?『199X年、地球は核戦争により滅亡した。これは生き残った人類の物語である』みたいな話。世紀末が来て、人が権利や金を奪い合って、っていう社会を描いたんだよね」

 「それを見てたら、あぁ、地球って環境破壊だったり、核戦争とかでいつか滅亡していくんだなあって思って。その影響もあって、自分で食べ物は作って生活できるようにならないとまずいんじゃないかって、結構真剣に考えてた。小学校高学年のとき」

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 「自分で食べ物をとっていきたいなと。で、僕ね、釣りが性に合わないんだよ。待つのが苦手で。でも動物性たんぱく質をとりたいなあっていうので、狩猟を始めた」

 今年でホールアース入社15年目となる浅子(フィールドネーム:あなご)に、狩猟を始めた理由を尋ねると、なんとも無邪気な答えが返ってきました。

2018里よう5月 (233)

 「子どもを案内するんじゃないよ。教えるんでもない。子どもと遊ぶ感覚で森に入んないと、子どもの心は掴めないし、伝えたいことは伝わんないよ。自分が楽しまなくちゃ、絶対に楽しい空気なんて生まれないね」

 教えるんじゃなくて、一緒に遊んで伝える。童心を忘れないこと。

 私がホールアースに入って間もない頃、小学生たちを連れて森をガイドしたとき、浅子に言われた言葉を今でもよく覚えています。

 新人スタッフ研修で氷の張った洞窟に入り、誰よりもはしゃいで頭を思いっきり打ったり、真剣なランチミーティングの最中にライトセーバーの形をした箸でお弁当をつつき、シュールな空気を生むことも、私にとっての「浅子らしさ」を形成するワンシーンです。

富士山冒険学校7日目 (79)

 そんな浅子ですが、ホールアーススタッフ15年目、沖縄校での勤務や自然公園指導員の委嘱等も経験してきた最古参の一人です。今では執行役員として組織経営の基盤を支え、昨年には行政とタッグを組んでジビエ解体処理施設「富士山麓ジビエ」を設立し、所長を務めています。

 日本の森の多くは今、”食害問題”が深刻です。近年、急増している鹿を中心とした野生鳥獣が、山の幼木や草木を大量に食べることで、富士山麓の森も瀕死状態に陥っています。

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 これまでは「自給自足」という切り口で、自ら山に入り、小さく猟を行っていた浅子ですが、「森を守る」という観点で、地域の猟師の方々が今までは処理に困っていた野生鳥獣を買い取り、美味しいジビエとして解体処理できる施設を運営するようになりました。

 また、全国のハンターが集い、語り合う3日間「狩猟サミット in 富士山」の実行委員長を担ったり、ジビエ解体処理施設の運営者として、地域の学校での環境教育に関する授業や、行政主催の狩猟講習会を受け持つなど、社会的なインパクトの大きいプロジェクトも数多く担当してきました。

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 無邪気でやんちゃな一面を持つ浅子が、自分や目の前の人々、半径数メートルの幸福の実現だけでなく、森や社会の問題解決にまで手を出す理由はどこにあるのでしょうか。

 「鹿とか猪を獲って、楽しみにしてる人にあげて、喜んでもらうってシンプルだよね。わかりやすい幸せだと思う。そういうの、僕も好きだよ」

 「だけど、幸せの価値観で、何をすると自分が本当に幸せなのかなって考えたときに、公への奉仕というか、世の中のためっていうところに、僕は結構生きがいを感じるんだってことに、あるとき気が付いた。個人の欲を追求していっても、その欲が尽きることはなくて、多分先細っていく。おっきい幸せって得られないと僕は思うんだよね」

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「解体所を運営すれば、猟師の親父さんとのちっちゃい経済が回って、たくさんの人に美味しいジビエを食べてもらえて、富士山麓の森が守られて。大きな渦ができていくんだよね」

 かつて北斗の拳に感化された少年が、日本の片隅で大きな環境問題に立ち向かっています。『PERSON vol.1 夫津木学』とはまた異なる、でも自分なりに手探りで見つけ出した幸せの形。

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 とはいえ、ガイド業の傍らで解体処理施設を運営することは簡単ではありません。農業とは違って、いつ獲れるか分からない野生鳥獣。朝一番、地域の猟師さんから携帯電話に連絡がくるため、急遽業務を調整したり、ときには休み返上で受け入れたりすることもあります。

 まだまだ泥臭いやり方ではありますが、昨年度はなんとか80頭の野生鳥獣を受け入れ、少しずつ富士山麓のジビエを外へと出せるようになってきました。

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 地元の食肉加工会社と鹿肉ソーセージを共同開発したり、富士山麓のガストロノミーレストランで鹿肉を使っていただいたり、都内企業と協働した社会課題解決ラボに参画したり。里からいただいたジビエを、様々な形で人々に提供し、浅子自身の伝えたい価値観が少しずつ広がりつつあります。

 少し不器用でも、自分にも他人にも嘘をつかない、無邪気だからこそ真っ直ぐな浅子の挑戦。

 様々な方と化学反応を起こしながら、でも大事にしている価値観は曲げずに、これからも走り続けていくことと思います。

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