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探偵討議部へようこそ⑤  #3

前回までのあらすじ
「探偵討議部新人戦」に向けた「謎」を披露し合うエンスー、リョーキちゃん、ハシモーの3人。しかし一人<アロハ>ナガト・ムサシだけはモジモジと披露しようとしないのだった。「ベッドシーンがある」という理由で。強引に聞き出そうとするリョーキちゃんに、渋々アロハは話し始めた。

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※ 今回の話はアロハ先輩による劇中作なのですが、一部性的な表現や、残酷、ととることも可能な表現が含まれています。苦手な方はどうか読み飛ばしてくださいませ。

<私と浩二は愛し合っている。>

恵美子にとって疑いのない事実だ。優しい浩二。誰よりも美しい心と体の持ち主。心から自分の事を愛してくれているその気持ちに決してゆるぎはない。そう信じている。

浩二はいつも、恵美子を守るかのように彼女の左側に立ち、その暖かい右手を恵美子の左手と繋いでくれる。手から伝わる浩二の鼓動。その瞬間だけで満たされる。

だが恵美子は気づいていた。拭いさりようのない不安の影に。

「なにか気にかかっていることがあるの?」

問うと、決まって浩二は言う。
「僕は君にはふさわしくない。僕は醜い。君の隣にいる資格があるのか、どうしても自信が持てないんだ。」

、、そんな浩二は、少しだけ、嫌いだ。

「あなたは素敵。誰よりも。」
恵美子は偽りのない愛を告げる。

「そう思えたら、どんなに気が楽になることか、、。君は美しい。柔らかくて、暖かい。君に比べたら僕なんて、冷たく、ぎこちなくて、まるでピノキオのようだ。」

浩二の心は、時に古い家の重たい扉のように閉ざされる。たとえ相手が恵美子であっても、扉を開け放ってすべては見せてくれない。

「あなたがピノキオだとしたら、いつもそのそばにはジミニーが付いているわ。あなたの鼻は伸びたりしない。あなたの代わりなんかいない。あなたに足りないものなんかないのよ。よろしくて?」

ジミニー・クリケットはコオロギで、それ抜きでは不完全なピノキオの「良心」。優しい心と美しく澄んだ瞳、強い体を持つ浩二。あなたに何が足りないというの?私だって、本当は自分が浩二にふさわしいかどうかなど、わからないというのに、、。世の中に、「完全な人間」なんていないのよ。

ああ、でも浩二は泣きながら言う。恋人同士の夜の営みのときにも。

「僕は醜い。僕の姿を見ないで欲しい。どうかお願いだから、僕と愛し合うときだけでも、この目隠しをしておくれ。後生だ。」

そういって懇願する浩二が哀れでならず、愛すればこそ恵美子はいつも目隠しをして浩二の愛撫を受ける。抱きしめられた体の暖かさ。特別な彼の両腕と、唇の感触。視覚を封じられればこそ、敏感に感じる。背徳的な官能に身を委ねながらも、恵美子は思う。いつか、あたたかい陽の光の元で、浩二の体すべてをこの五感すべてを使って感じる事ができればいい、と。

時々その願望を口にするのだが、浩二は頑なに拒絶する。ゆえに恵美子は愛の行為に及ぶときの浩二の姿を見た事がない。浩二を信じればこそ、身を委ねることはできる。でも、とても不安に思う時もある。自分をぎこちなく、でも丁寧に愛してくれるあの全てを投げ打つような愛撫は、ほんとうに浩二によるものなのだろうか、、。

ある夜。いつものように恵美子は目隠しをされたまま、浩二と愛の行為に及んでいた。浩二の温かい体が自分に覆いかぶさってくるのを待つその刹那、物音がした。階下だ。ものの壊れるような音。

「何?」
目隠しゆえか、音に敏感になっていた恵美子は、恐怖を感じた。

「しっ、静かに、、。少しドアの隙間から冷たい風が入ってくる感じがする。下の窓を閉め忘れたのかも知れない。侵入者がいるのかも、、。少し見てくるから心配しないで、そのまま待っているんだよ。決して目隠しをとってはいけない。僕の姿をみてはいけない。お願いだ。」

そういうと浩二は、冷たい左手で恵美子の震える両手を握ってくれた。

「このままにしているんだ。僕はちゃんと恵美子のそばにいるから。」

恵美子は浩二の手の感触を噛み締め、抱きながら、待つことを決めた。
階段を下りていく浩二の足音が聞こえる。いつもの浩二の足取りより、少し慎重なように思えた。

どれくらい時間が経ったろう?

階下で何かが暴れているような、格闘しているような音がする。大丈夫なのだろうか?何があったのだろうか?恵美子の両手には、浩二の手の感覚がずっとある。恵美子はそれを、慈しむ。浩二の「そばにいるから」という言葉を頭の中で繰り返しながら待つ。

どうしようもなく不安だ。このまま目隠しでいるのに耐えられない。それでも美恵子は愛しい浩二を信じ、待つ。不安に苛まれながらも待ち続ける。

しばらくしてようやく、下から階段を上ってくる足音。浩二の足取りのように思える。だが、本当だろうか?人の気配がして、荒い息遣いが聞こえ、ベッドがズシン、と沈む感触がある。その感触が、いつもより少しだけ軽い気がする。もし、別人なら、、、。

堪え難いまでに大きくなった不安に、ついに恵美子は禁忌を破ってしまった。浩二による「封印」を取ると、目の前にいたのは、、、、確かに、愛する人だった。

「恵美子、ダメだといったじゃないか。僕を信じてそのまま待っているんだと。」

そういって自分を咎める浩二の姿をみて、恵美子は言葉を失った。

浩二の右腕にはいくつもの深い傷があり、そこから赤い血が滴っている。恵美子がいましがたまで握っていた左腕だけは無傷で、浩二の姿は左右非対称に傷ついている。凄惨な光景。激しい格闘の爪痕。

「賊は追い払った。もう何も起きないから、安心していい。だが、こんな僕の姿を君には見て欲しくなかった、、、。幻滅しただろ?素直に言ってくれていいんだよ。」

そういって、悲しげに自分の姿をみる浩二に、恵美子は腕を伸ばし、浩二の美しい両の瞳に優しく目隠しをした。つい先ほどまで自分がしていた目隠しを。

「こんなにひどい怪我をして、、。そんなに自分の姿が気になるなら、こうしてあげる。私の目には、あなたはいつも、どんな時も美しいわ。他の誰よりも。私はずっと前から、その事を知っているの。あなたを苦しめているのは、あなた自身のその瞳だけなのよ。やさしくて、美しい瞳だけれど、今はおやすみなさいね。」

恵美子は浩二をベッドに寝かすと、右腕の傷の応急手当を行い、それから目隠しされた浩二の全身を心ゆくまで愛撫した。非対称な愛を、対称にするために。


だが、対称であることって、そんなに大事なことだろうか?心地よく眠りについてしまった浩二の美しい体をみて、恵美子は改めて思った。

(おやすみなさい。そして、目覚めたら今度は何をしましょうか?)

(続く)

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