やまゆり🌿

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書いた小説を誰かに読んでほしくnoteに公開しています。不定期に少しづつアップします。 ぜひ読んでください🎶 登場人物、設定はフィクションです。

最近の記事

石廊崎 第6章

翌日から潤一郎は川田とともに、取引先へ同行した。川田は営業用の車を運転しながら、これから行く店はとてもいい店だと潤一郎に話して聞かせた。潤一郎は、川田が窮屈そうに大きな体を丸くして運転席に座っているのを見ると、自分まで窮屈な空間にいるように思えてならなかった。  到着したのは立派な木造建築の古風な老舗の料亭だった。駐車場に小さな庭があり、片隅に天然石灯籠がある。きっと夜になると仄明かりが灯るのだろう。その石灯籠の足元には苔がしっとりと生えていた。その庭は奥行きがあり、表玄関へ

    • 石廊崎 第5章

      潤一郎は真奈美と結をなくしてからひとり岩地のアパートで寒い冬を越し、年が変わって四月、ついに松崎町にある食品会社に就職をした。岩地にきてからの半年間、自分がどう生きていたのかさえ覚えていない。あまりに惰性的な日常に退廃し、妻と娘に面目ないと思い始めた。  いつまでもこうしていてもふたりは報われない。せめて、外に出て真面目に働こうと考えた。外にでて肉体を動かすことで、少しでも靄のかかった気分が変わるかもしれない。世の中に期待もせず、決して必要以上に頑張らず、長く苦痛な一日のうち

      • 石廊崎 第4章

         失意のなかで、気力を失った岡崎潤一郎は目黒にある自宅マンションのリビングにいた。家族のための家、ふたりの面影と匂いが満ちた空間。潤一郎は部屋を見渡す。そこには、日々の思い出が満ちている。空虚な壁を虚ろな目でみつめながら、潤一郎の脳裏はくっきりとふたりの姿をうつしていた。  ここは潤一郎が家族のために購入したマンションルームで、3LDKの間取りである。夫婦の寝室、書斎、娘の部屋、リビングといった部屋割りだ。リビングはこだわった家具が計算された配置でおかれている。まるで主婦が

        • 石廊崎 第3章

           二年前、岡崎潤一郎はいつものように会社で仕事をしていた。午前十一時。広告代理店に勤務する潤一郎は入社一〇年目である。プロデューサーとして信頼も厚い。業績もよく広告代理店としては日本で五本の指に入る企業だ。  来週に控えた大手製薬会社の新化粧品発売発表のプロモーションのために、来月はCM撮影を企画し、製作依頼をする。そしてそのCMには日本で一番売れている旬な女優を出演させる。その交渉も潤一郎が実現させた。そしてプロモーションイベントや、PR広告や特設WEBページの準備に追われ

        石廊崎 第6章

          石廊崎 第2章

           西伊豆の松崎町岩地にある岩地海岸。小さな入江の穏やかな波、透明度の高い海水、白い砂浜によって形成された美しい海岸である。主要道路は一本の国道が走り、その道沿いから見下ろす遠浅の海はコバルトブルーに輝いている。その国道よりも低く、浜から山を切り崩した傾斜に岩地の家々が軒を連ねている。そして松崎町は‹花とロマンの里›と掲げられたスローガンの大きな看板のとおりに、いたるところに花壇がつくられ、緑は萌え、青い若葉が太陽に光っている。  松崎町は風情のある町並みと西伊豆の豊かな土壌に

          石廊崎 第2章

          石廊崎 第1章

          岡崎潤一郎は六畳一間で暮らしている。窓からは岩地海岸が見下ろせる。住まいは高台にある古いペンションを改装したアパートで築三十五年になる。シャワーは付いているが浴槽はない。そのため風呂は週に一〜三回近くの町営温泉に行っている。仕事の日はシャワーで済ませることが多いが、休日はまだ明るいうちに温泉に行く。高台の坂を降り民家を抜け、山の方へ徒歩五分の道のりを歩く。町営温泉は誰でも一〇〇円で利用できる。無人の温泉で、賽銭箱のようにお金をいれる箱を設置している。潤一郎は一〇〇円を入れるた

          石廊崎 第1章