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人生はぶっちゃけなんでもいい

わたしたちはここにいるだけで、ただ生きてるだけで完璧なんだよね。

社会とか、人と人との関わり合いとか、法律とか、そんなものが物心ついたときからあるから【普通】とか、【異常】とか、【優秀】とか、【ダメな奴】とかなにかと人にランクを付けたり位置付けしたりしたがるけど、ほんとーにほんとーにおっきく見たときに、わたしたちって何十年、長くても何百年ぐらいかしか生きないじゃん。

で、死んだら今の自分をそのまま次のステージに持ってけないじゃん。

名前も、性格も、見た目も、家族も、人間関係も、お金も、ぜーんぶ一旦リセットされる。

こんだけ資金貯めたから〜って言って次に持ってけるわけじゃない。

肉体が終わりを迎えたら、はー今回も楽しかった〜とか、ちょっとつまんなかったかなーとかって魂が感想を持ちながら、また次の人生を計画するんだろうなと。

てことは、究極「なんでもいい」んだよね。
だっていつか終わるから。
どんなに惨めでも、裕福でも、善人でも、悪人でも。

この世界で悪と言われるようなことも、その人の魂にとっては罪や罪悪感のような気持ちを経験したいのかもしれない。そして、そこから優しさを学ぶのかもしれない。愛を学ぶには罪の感覚を体験しなきゃいけなかったのかもしれない。

そう、ただ体験を楽しんでるだけなのよね。

ただ「在る」ということだけだから。
ストーリーをつけて楽しんでるのは自分自身で、悲しいのも胸が裂ける思いもぜんぶ自分が臨場感付けて体験してるだけ。

わたしがこのnote書いてるのもテクノロジーを使って想いを届ける遊びをしてるだけ。
そこに特別な意味もないし、別に意味なんていらない。

個人的に思うのは、みんな愛と光の方へと向かってるんだけど、その究極の果ては「無限にあって何もない」ってこと。

そんな感覚で物事を眺めてて、わたしは都合がいいので楽しいこととか愛とか心地いい感覚とか、自分が味わいたい感情だけを選んで味わってる。

ゲームを操作してるのが自分だって分かった瞬間からほんとに楽しめるんだよ〜〜!!


ってことを書いてる下書きを見つけたので投稿してみる。( 笑 )


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