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"レモンピール"のような大人になりたい

ついにわたしも、25歳を迎えた。
ありふれた言葉ではあるけど、自分が小さいころに思い描いていた「25歳」ってなんかすごい大人なイメージだったので、すごく不思議な気分。

食べるものや着るもの、化粧品を選ぶときに、ほんのすこしだけ気にするようにもなった。(ほんまかっ!!!)
とはいえ、今までも自分らしさを貫いて、変なこだわりをもっていた私にとっては、「選択する」基準がいっこ増えたような感覚。

だからなにかを「選択する」ときに、自分の立場を意識して少しハッとするのは、すごく新鮮で、だけどなんだか自分がひとつステップアップした気持ちになれるのは、たのしい。

冒頭でも書いた、「大人」ということば。
自分も25歳になって、ますます「大人」という言葉が不思議に思う。

「大人」ってなんなんだろう?

こないだすこし面白いことがあった。

大学の後輩が、私を訪ねてくれた時のこと。
「大人って...大変ですか?」とどんよりした眼差しで聞かれた。

彼は、きっと、社会で働く人を「大人」と思って「働くのって大変ですか?」と聞きたかったんだと思う。

わたしはそのときに「彼にとって私は大人だと思われているのか」とハッとした。するとなんだか背筋がシャキンッ!と伸びてちゃんと会話をしなきゃいけないなって思った。彼のどんよりした目は、社会で働く=苦しいこと(来て欲しくない未来)と感じていたように見えた。

また別の日。
自分が参加しているプロジェクトの研修会に訪れた時のこと。
まわりを見渡すと、ちょっと年齢層の高い人たち(大体30~50代)がほとんどで、若造の自分がひょっこりいる空間だった。

(余談であるが、いいのか悪いのか、昔から自分の立ち振る舞いが年齢より上に見られがちで、自然とそういう場所に馴染むことができる。見た目は童顔なのになんだろう、斜に構えてしまう性からなのだろうか…。)

その時に、「若いのにこういうのに参加していてすごいね」と口々に言われた。私はその場において、若人として見られているようだった。

そこで思った。
大人ってなんなんだろう。いつから?どんな人?
定義ってあるのだろうか。

私なりに考えてみた結果、「大人」の定義は、環境(場所)・タイミング(時間)・自分や相手の立場によってきっと異なる。

ジュースしか飲めない子供にとって、お酒を飲めるのは大人。
免許が取れない年代にとって、車をすいすい運転できちゃうのは大人。
男性経験が少なかった恋する乙女にとって、二軒目にバーに連れて行ってくれる男性は大人。
社会を知らない学生にとって、仕事バリバリしているように見える人は大人。

私が幼いころに思っていた"25歳"は、
当時憧れていたアーティストだったり、結婚式に参加した親戚のお姉さんだったり、とにかくどこかの舞台でその一人が輝くキラキラした印象だった。

私はどんな大人になりたいかな。
"25歳"は、自分の好きなことに対して前向きにチャレンジしているような人になりたいな。自分の意見を、どんな環境やどんな人に囲まれていても自信を持って言えるように。

昔から、ショートケーキの"苺"のようなとっておきの存在ではなくて、レモンケーキの中でひょっこりアクセントになる"レモンピール"のような人になりたいと思っていたけど、それはこれからも同じ気持ち。

目立とうとせず、偉そうにもせず、自分のことを自分だと主張して、それを愛してくれるような大人に囲まれて、私もすくすく大人になりたい。

この間会った後輩の彼が、そんな私の姿をみて、キラキラする未来をあの目で見ることができるような。どんな大人に囲まれていても若造で終わらない人間になれるような。

これからの阿部ちゃんもどうぞよろしくおねがいします。ペコリ!

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仙台市生まれ、東京歴も早6年。「食」の分野はなんでも好き。26歳、将来の夢は、地域で活きる(生きる)仕事をすること。あわよくば、水がおいしい地域でタイル貼りのカウンター越しにうどんを茹でる名物居酒屋女将になりたい‥!