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科学こそ安全保障の基盤 競争力維持に必要なこと|【特集】歪んだ戦後日本の安保観 改革するなら今しかない[PART04]

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防衛費倍増の前にすべきこと

安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。
だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。
日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。

かつてノーベル賞を連発した、「科学技術立国・日本」の姿は霞みつつある。細る科学の現場を前に、日本はここでも「戦略」を必要とされている。

文・編集部(木寅雄斗)


 「どの国でも科学技術の進歩こそが、安全保障の一丁目一番地だ。国家と国民の安全は、それによって守られているということを、多くの日本人は認識できずにいる」

 元国家安全保障局次長の兼原信克氏はこう喝破する。

 昨今、日本の科学技術の凋落ぶりが先進国の中でも際立っている。メディアは研究費減などを主な事例として挙げるが、原因はそれだけではない。ここにも日本人の〝歪んだ〟安全保障観が大きく影響していると言っても過言ではないからだ。

 「基礎研究は、国家の安全保障に直結するものだ。多くの日本人は、安全保障といえばすぐに『軍事』を想定するが、米国をはじめ、諸外国では『いかに国を守るか』ということこそが安全保障の核心だ」

 ある国立大学教授はこう断言する。

 戦後日本は、米国にすべてを委ねて安住し、空想的平和主義の中で繁栄を享受してきた。その結果、国を守ることにも直結する基礎研究が育ちにくくなってしまった。

 「安全保障という言葉から、多くの日本人は『対国家』を想像するが、敵は『国家』だけではない。予期しない地震・津波といった自然災害もあれば、隕石や感染症など、あらゆる敵が存在している。特に米国では、安全を脅かす敵はいつ、どんな形で現れるのか分からないからこそ、基礎研究を重視している。つまり、国を守るためには人類の知識レベルを常に上げなければならないという発想だ」(同)

 それを象徴する出来事といえば、新型コロナウイルスの感染拡大に対し、日本はワクチンを海外に依存せざるを得なかったことだ。国家と国民の安全を脅かす〝敵〟に対し、日本の脆弱性が露呈した形だ。

東京大学宇宙線研究所が運用する「スーパーカミオカンデ」。科学には莫大な資金と時間がかかる (THE MAINICHI SHIMBUN/AFLO)

 安全保障の土台が揺らぐ中、大学の研究資金は減少し続けている。2004年、行政改革の機運の中で国立大学の法人化が行われ、研究者が自由に使える基盤的な補助金である「運営費交付金」は、前年比で1%ずつ削減されることとなった。15年以降は横ばいだが、04年と21年を比較した際の減少額は1600億円を超える。

 その代わりに強化されたのが、科学研究費助成事業(科研費)を代表とする「競争的資金」である。しかし科研費には使途に対する縛りも多く、任期なしの教員や研究員を雇うことはできない。多くの大学では、運営費交付金減少により新規の教員雇用が不可能になり、若手研究者の不遇にもつながっている。また、事務職員も削減され、事務作業を研究者自身が行うことになり、研究や教育に割く時間が削られているのが実態だ。

 日本の競争力低下は、下図のように、量・質ともに、論文数の減少という形でも明確に表れている。

主要国の中で日本のみが
論文数で伸び悩み、質も低下している

(出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所のデータからウェッジ作成 
(注1)分数カウント法による論文数
(注2)折れ線グラフ(左軸)は論文数を、棒グラフ(右軸)は日本の「Top10%補正論文数」 (他の論文から引用される回数の多い論文上位10%の数)を示す

 また大学の国際的なレベルを見ても、英国の高等教育専門誌「Times Higher Education」が毎年発表する「THE世界大学ランキング」において、04年には東京大学は12位、京都大学は29位で、東京工業大学や大阪大学、東北大学、名古屋大学は200位以内にランクインしていたが、22年版において200位以内は35位の東大、61位の京大のみで、他の大学は軒並みそれ以下に転落してしまっている。

 これは単に「学力の低下」という観点だけで捉えてはならない。日本の安全保障への対応力がますます脆弱になっているともいえるからだ。

「科学」を軽視していては
イノベーションは生まれない

 この遅れを取り戻すのは容易ではない。科学には時間がかかるからだ。

 例えば、東工大栄誉教授の大隅良典氏が16年にノーベル生理学・医学賞を受賞した「オートファジー(自食作用)」の研究は、1992年の発見から、重要性が広く認知されるまで10年以上、ノーベル賞まで24年を要した。このように、ノーベル賞を受賞するような科学分野の研究の多くは、研究者が20~40代の若手の頃に行ったものが、後年になって評価されたものだ。

 前出の国立大学の教授は「技術やイノベーションが生まれるのは科学の土台があってこそ。だが科研費などの競争的資金はリターンを予想しやすい技術に向けられがちだ。短期志向の投資では、科学は細っていく一方だ」と指摘する。

 日本においては「科学」「技術」「イノベーション」が混同されがちだが、そもそもこの3つは別ものである。科学は「0から1を生み出すこと」であり、新たな現象や理論を発見する研究を指し、成果を予測するのは不可能であり、役に立つか否かは重視されない。一方、技術は「1を100に発展させること」であり、科学の研究成果を医薬品や電気製品など役に立つものへ発展させることを意味する。そしてイノベーションは「100を1万、1億にすること」だ。

土台となる科学がなければ、
イノベーションは生まれない

(出所)各種資料を基にウェッジ作成

 科学技術史に詳しい新潟大学人文社会科学系の佐藤靖教授は「基礎研究が強い国は、人材も強く、イノベーションにつながる可能性が高い」と話す。まさに、米国はそれを体現していると言えるだろう。

 時間もかかり、リターンも予見しにくい科学を担う若手研究者の置かれている不遇を改め、いかに支援すべきか。東大大学院理学系研究科の戸谷友則教授は「基礎研究は急にはできない。期限付きの短期研究に投資するカネを、任期なしの若手雇用にまわすことも検討すべきではないか。このままでは、50年先、100年先を担う人材がいなくなり、科学技術立国・日本の未来が危うい」と指摘する。

 一方で、任期の有無とは別に、人的な流動性も求められている。

 東大で博士号を取得し、米国のある州立大学で物理の研究をしている日本人のポスドクは「ポストが任期制なのは米国も同じ」としながらも「米国では、世界の最先端の研究者とじかに触れ合える」と話す。

 またポストの絶対数は米国の方が多いとされるが「米国内だけでなく世界から優秀な人材が集まる分、ポストの獲得競争は米国の方がむしろ厳しい。日米間での何よりの違いは、米国企業はアカデミアの人材を積極的に採用していることだ。ポスドクとして何年か経験を積んでから企業でデータサイエンスを担うなど、企業への道が開かれている」(前出のポスドク)

 一方、日本における博士の活用は、遅々として進んでいない。この問題に詳しい自民党の有村治子参議院議員は「日本では学術界でしか博士号を評価する土壌が定着しておらず、本来、実社会で高い問題解決能力を発揮すべき博士人材を『どのように日本の付加価値に活かすか』という国家戦略がない。実業界や行政の中核で成功する博士のロールモデルを戦略的に創っていく必要がある」と指摘する。

 米国と日本では、研究費のスポンサーにも違いがある。

 米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが創設した世界最大規模の慈善団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が科学研究助成を行っているように、米国では、巨額の富を得た大富豪が、新たなイノベーションの基盤たる科学に投資するサイクルが存在する。民間だからこその臨機応変さもあり、新型コロナの感染が急速に拡大していた20年4月、財団「Fast Grants」は新型コロナ関連の研究に対し最大50万㌦(約6800万円)の研究助成を開始したが、審査期間は最大でもわずか2週間だった。そしてこの助成事業のスポンサーには、米メタ(旧フェイスブック)最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏や、米テスラCEOのイーロン・マスク氏らが名を連ねていた。

 文科省が研究費の大半を工面し、寄付文化も乏しい日本では、海外に資金源を求めるのも手なのかもしれない。

国防予算を活用する米国
日本が見習うべきは何か

 また、米国の研究現場では国防予算が大きな存在感を放つ。国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)では、軍事利用を見据えて科学や技術への投資を行っている。インターネットの原型アーパネットや全地球測位システム(GPS)も、元はDARPAの資金により開発された。

 年間予算が35億㌦(約4700億円)のDARPAと比すれば約100億円と規模は小さいものの、日本でも防衛装備庁が研究開発に資金を投じる「安全保障技術研究推進制度」が創設された。だが、軍事研究に反対する日本学術会議などの影響もあり、世界では常識の「産官学民」の連携は進んでいない(詳細はパート7参照)。

 未来工学研究所研究参与の西山淳一氏は「日本には安全保障技術を理解しているシンクタンクが存在しない。国内外の技術情報を収集し分析する、米国における連邦政府出資研究開発センター(FFRDC)のような技術シンクタンクが必要だ」と指摘する。また、前出の兼原氏も「日本版DARPA」の必要性を指摘する。

 費用対効果を把握しにくい基礎研究を振興するには、必然的に暗中模索となる。はっきりしているのは、学問という視点のみならず、安全保障の観点からも、長期的な視野に立った政策と実行が必要ということだろう。

出典:Wedge 2022年8月号

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