kitto_kato
私の経歴

私の経歴

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1. はじめに

私はWeb系のフリーランスをしています。複数の企業様と請負・準委任契約を結び、フルリモートでディレクション・エンジニアリング・Web担当をさせていただいています。また、その他に小規模チームでWebサービスの企画・開発・運営もしています。

Web業界に身を置いて、なんだかんだで8年が経ちました。(2019年現在)
実際にお会いした方でも私の「経歴」について、なかなか話す機会もないのでこの記事を書いてみました。長文になりますが、よかったら読んでみてください。

2. 営業マン時代

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大学は経済学部で卒業後は電気メーカー向け部品の営業をしていました。スマホから宇宙船まであらゆる電子機器で使用される部品を扱うメーカー兼商社でした。少し補足すると、電子機器には熱、衝撃、振動、ノイズなどクリアすべき規格があり、その規格通過をサポートをする部品です。下記のような感じです。

・CPU→熱暴走→熱伝導グリス、放熱シート、ヒートシンク
・HDD→振動や衝撃に弱い→緩衝材の成形品
・防水→IP規格クリアのためパッキン成形品
・ノイズ→誤動作→ノイズの減衰・防止・シールドさせたりする部品

とても地味ですね。そしてニッチです。ですが全ての国内大手メーカーと取引があり、りんごマークの製品にも使われていたり機器を分解してみると大抵何かしら採用していただているのはガジェット好きの自分としては嬉しいものではありました。

一応企画営業なのですが「企画、提案、採用!」なんてかっこいいストーリーはありません。部品を採用してもらえるよう機械設計、電子設計、購買、品証へ足しげく通う。用事はなくとも口実を作って通う。小さな宿題をもらって応える。そうしていく中で話してくれなかった事情や潜在ニーズを汲み取ったりする。今誰が何の機種を設計していてどのフェーズなのか、お客さんよりも把握して、なぜかいつもタイミングよく現れる人。まず一番に声をかけてもらえる人になること。そういう営業スタイルでした。

7年間、厳しくも優しい先輩上司、取引先に教育していただき、やっと少しは営業マンらしくなれたかなと思った頃、こんなことを思いました。

一生この会社で生きていくのも楽なのかもしれない。だけど、この狭い業界・会社・職種だけしか知らないのはリスク。売上達成ができているのは長年築き上げた会社のポジショニングや仕組み、先輩方の力が大きい。会社から外れた自分には何ができるのか。そして本当にやりたいことは他にあって探せば必ず見つかるはず。

専門スキルのない学生の私には営業しか選択肢がなかったのが正直なところ。今度は自分で探して選択しよう。そう決めました。

3. やりたいことの模索期間

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そんな訳で会社を辞め、3年ほどは派遣でもアルバイトでも何でも良いので異なる業界、異なる職種、時にはボランティア団体の運営、肉体労働などやりたいことを探す期間として過ごしていました。

その中でWebサービスのスタートアップ企業で働くことがありました。社内にはテクニカルディレクターやプログラマ、カメラマン、デザイナーなどが在籍していました。私自身は営業マンの代わりにアポイントを取りつける仕事だったので傍から見ていただけなのですが、ここで初めて「エンジニア」という職種の人と出会うことになります。そしてそこにいた「テクニカルディレクター」という当時の僕にとって訳のわからない肩書きの人がものすごくカッコよく映りました。難しそうなプログラムコードを書いて、ディレクションもして、自分たちのサービスを作り育てている姿に。とても憧れました。

私は昔から、モノづくり・機械いじりが好きで、いつか自分のアイデア商品を作って売りたいと思っていたのですが、このテクニカルディレクターの働く姿を見て「Web」も「モノづくり」だよなと気づくことができました。Webは自分がスキルを身につければ作れる。自分でアイデア考えて、作って、売れるじゃないか。この道にしよう決めました。

4. WebスクールとWebディレクター見習い

とはいえ、HTMLすら書けないWebの素人。Web業界に適正があるかも分からない。じゃあとりあえず、とお金を貰いながら学べる職業訓練校に行き様子を見ました。卒業制作ではディレクターとして立ち回りつつ先生から高評価をいただけたので適正はなくはないだろうと思うことにしました。
その後、Web系の職歴を作るため派遣で「大手ファッション企業EC本部の進行管理ディレクター」として1年間の実務経験を積みつつ、休日も足らない知識・スキルをひたすら上げていく日々を過ごしました。

※ 後に、この職場の同僚とMogyura(モギュラ)というディレクトリマップ作成を自動化するWebサービスを作ることになります。

5. Web制作会社時代

が、まだまだ実力不足。まずは普通のWebサイトを作れるようなるために転職エージェントから紹介された1社目の紙系デザイン会社のWeb部門にあまり深く考えず入りました。上司からは営業経験を活かし「前に出ていけるエンジニアになれ」とのことで案件に応じてディレクターかフロントエンドという2つの関わり方をさせてもらいました。傾向としては直のナショナルクライアントや3大代理店関連に対してはディレクターとして、それ以外はフロントエンドとして関わる事が多かったです。

<ディレクター・PM>
ブランドサイトやキャンペーンサイト、大学サイト、コーポレートサイトの構築。テクニカルディレクション

<フロントエンド>
サイト内の簡単なアプリケーション制作や小規模サイト制作

制作会社で働いたみた感想
実制作は何から何まで初めて、しかもディレクターとフロントエンドをスイッチしながらプロジェクトを進めるのはかなり大変でした。今考えるとかなり無茶な働き方をしていたと思います。アウトドア用で買った寝袋を事務所で使うとは思わなかった。。。でもその分、学び多き毎日で、実装ができるディレクターにクラスアップしました。(自己評価)この二役を担った経験はWebディレクター向けのサービス開発で、ニーズ把握やコード理解に活かせてるはず(だと思いたい。)

様々なタイプのWeb制作に携わる中、Webサイトの重要性、制作のやりがいを感じました。しかし、やはり自分はWebアプリケーションの案件に関わっている時が一番楽しいと感じ、使われるものを作りたいのだということが再確認できました。また紙系グラフィック会社でのWeb制作にも限界を感じ、一旦身軽に一人でやりたいことをやってみようということでフリーランスの道を歩み始めました。

※ 同じWebチームで働いていたWeb黎明期の著名人(森川眞行さん)もフリーランスとなり、今でもタッグを組んでいます。

6. フリーランス(現在1)

前項で「フリーランスの道を歩み始めた」とは書きましたが、実際は仕事のアテがある訳ではないので無職でした。ただ、焦らずにしばらくは実装系の知見を深めたくてコードばかりを書いていました。そうこうして数ヶ月経った頃、前の勤め先や前職のクライアントさんから声をかけていただいてご仕事をいただけるようになりました。(助かります)

その後、仕事仲間であった森川さんとタッグを組んでEC系、福祉系のWebサイト構築をしたり、企業様とフルリモートの社員・準委任契約で働いています。

まとめるとだいたい仕事の要約は下記になります。
 【受託系
・ディレクション業務
・フロントエンド実装
・WP開発

社員・準委任※フルリモート
・ディレクション業務
・フロントエンド実装
・WP開発
・多言語CMSパッケージ開発(企画・調査・開発)

7. Webサービス開発(現在2)

そして念願のWebサービス開発です。受託や準委任の仕事をこなしつつ、時間を作ってサービス案を練り、仲間とWebサービスの開発・運営をしています。

Webサービス リリース第一弾
Webサイトの管理や構造把握に利用される「ディレクトリマップ」を自動作成するツール系サービスをリリースしました。
※ 最近話題のhttp混在のチェックも可能です。

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Mogyura(モギュラ)

今後はWebサービスの開発に力を入れていくので知見を広めたり、仲間が見つかったら良いなとモダンな技術の勉強会や個人開発者などが集まる会などに顔を出すようにしています。どこかでお会いしたらお声掛けください。

最後まで読んでいただき感謝です。


加筆修正:2020年8月5日

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Webディレクター&エンジニアです。 Twitter:https://twitter.com/kitto_kato 運営サービス:https://mogyura.com ディレクトリマップ作成サービス Mogyura(モギュラ)