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僕は魔法が使える


 僕は魔法が使える。万事において万能な訳じゃない。
 まあ、しかし、他人がおいそれと成しえない事を、それなりに達成できるぐらいには使える。つまり、そこそこ万能だ。
 断っておくと、これはフィクションでも異世界でもない。童貞を暗喩している言葉でもない。現実の話だ。
 ファンタジーのロールプレイング・ゲームみたいに、瀕死の重傷を負った怪我人をたちどころに回復させたりは出来ない。およそ人が成しえぬことを解決することは難しいと言える。しかし、例えば、これを読んでいる貴方を、呪文ひとつで飛ばしたり、這いつくばらせたりする事は出来る。
 多くの場合、僕の使う魔法には、絵や文字や記号や数字の書かれた呪符が必要だが、呪符の一枚もなしに魔法を発動することも可能だ。魔法が効きやすい相手には、呪文だけで充分。
 無論、この魔法が効きにくい人間も存在する。貴方がそうかも知れない。だけど今のところ、98%ぐらいの人間には効果が見られた。
 それから、同族。僕と同じような魔法を使える連中には効果がない。ない訳ではないが、戦うまでもなく、魔力の強い方が勝つし、呪符を無駄遣いする意味はない。基本的に魔法使い同士は争わない。そういう掟のようなものがある。いや、掟というのは大袈裟か。単なる暗黙の了解、だろうか。


 僕は魔法使いの家系に生まれた。
 多くの魔法使いは、魔法使いの家系に生まれている。
 中には、突如として頭角を現し、魔法使いになる者もいるようだ。魔法使いに仕え、魔法を学んだり、魔力の恩恵を受ける者もいる。しかし、道半ばで魔力を失ったり、呪符などを盗み出したりして呪いを受ける者もいる。
 僕は幼い頃から魔法について多くを学んだので、大きな失敗はしてこなかった。大きな失敗と言えるのは、たったひとつ。
 魔法の使い方、使いどころを理解していなかった事だろう。
 僕には有り余る魔力があり、それが当然だったのだ。
 そして、魔法使いの家系で、魔法を学び、魔力を高め、次の世代に引き継がせる事こそが魔法使いの本懐だと教えられていたからだ。
 魔力を高めること、それを魔法使いたち、そして、人々のために使うこと。これが魔法使いの使命だと思い込んでいた。
 だけれど、残念なことに僕は、立派な精神という意味での、魔法使いの資質に欠けていたのだ。
 魔法使い達の世界に貢献すること。僕には憧れる程の魔法使いがいなかった。大義名分は立派だけれど、魔力を高めることばかりで保守的。立派なことを言っても、こっそりと自分のためにしか魔法を使わない。
 かと言って、世界や社会や人々にも、興味が持てなかった。
 とりあえずは魔法使いの身分を隠せと教えられている。人々は魔法が使えると知れば、それを妬んだり、悪用しよう、利用しようとしてくるのだから。
 だから僕は、魔法使いも人々も愛せなかった。それならまだ、私利私欲のために堂々と魔法を使いたい。たとえ敵を作ろうと、畏怖と嫉妬の対象でいた方がいいじゃないか。
 手に入れた魔力を披露したがるのは、半端者ばかりだ、と教え込まれた。おそらく事実だろう。けれど、宝を持ち腐れさせることが、魔法使いの本懐だとも思えないのだ。
 だから僕は、魔法使いでありながら、魔法の使い方がわからないでいた。


 僕の魔力を、本当の意味で解放してくれたのは、実に怪しげな男だった。バーで知り合った、素性のわからない男。
 彼は魔法使いではない。彼は、気功の達人だったのだ。
 気功。よく、中国だのインドだので口にされる謎の体内エネルギー操作の事である。
 武術漫画なんかに出てくる、発勁とかいう奴だ。ブルース・リーが、1インチのストロークで相手を吹き飛ばすパンチが放てるとかなんとか。
 極端なのになると、手のひらからビーム的な何かが敵を倒したり。
 有り得ない。嘘だ。
 確実に根拠のある魔法と違って、こんなのはインチキだ。
 魔法使いの教訓にも、この類には耳を貸すな、とある。霊感商法の親戚だ。ナンセンスにも程がある。
 しかし、彼は怪しげな笑顔を浮かべて言ったのだ。
 「今から気功を見せてあげるヨ」
 魔法使いが子供だましに引っ掛かると、舐められているのか。単に僕が魔法使いだと気付いていないのか。あるいは、彼も魔法使いで、その名称を気功と呼んでいるだけなのか。
 彼は、道路の反対側にいるカラスを指さし、
 「今から、あのカラスたちを、ボクの気功で吹き飛ばすヨ」
 と言った。いや、有り得ない。相手の体に触れて吹き飛ばすならまだしも、触れもせずにカラスを吹き飛ばすなんて。
 「今から見せるのは、二ホンの古武術でも最も難しいとされる『遠当て』だヨ」
 無理だ。有り得ない。そんな事は僕の魔法でも出来ない。先ほど、魔法が通じにくい人間がいると言ったが、魔道具ならいざ知らず、魔法は動物には効果がない。魔道具が効いたとしても、効果は薄かったり、時間が必要だったりする。
 カラスは知能が高いと聞くが、人間の呪文が通じるはずはない。
 そんな動物であるカラスに、気功をぶつけるだなんて。

 動揺する僕を尻目に、彼は、両掌を軽く組んだ。
 まるで、野球のボールを持っているかのような形を作り、念を込めるようにして、半身に構える。
 そして、カラス目掛けて、その見えない球を、

 大きく、

 振りかぶったのだ。

 まるで野球のピッチャーのように。

 すると、石でも投げられたのかと思ったカラスたちは、バサバサと羽を鳴らし、その場から飛び去った。
 「ね、遠当て。気功の秘術ヨ」
 彼の言葉に、僕は爆笑した。
 その通りだ。間違いない。彼は宣言通り、通りの向こうにいるカラスを、手も触れずに吹き飛ばしたのだ。
 ー起こった結果は同じなのだ。
 そう。マジックと呼ばれる手品は、僕たちの使う魔法とは異なるものだ。
 しかし、誰かが引いたカードを当てるなんてマジックは、結果こそ一つでも、そのタネは何百通りとある。
 つまり、起きた結果さえ同じなら、それはイコールと呼べるのである。
 100kgある荷物を、押して運ぼうが引いて運ぼうが、荷物を運んだという結果は同じ。
 方法は何でもいい。
 かつて、高度に発達した科学は、魔法と区別がつかない、と誰かが言った。
 そう。魔法も科学もインチキも、結果が同じなら、それは同じことなのだ。
 僕はその瞬間、開眼した。

 どうやら場の安全を確認したのか、カラスが再び集まって来る。
 僕は、財布から呪符を取り出す。
 「今の、すごく面白かったよ。もう一度やって見せて?」
 僕の唱える呪文に、彼が不思議そうな顔をした。
 僕は、財布から、もう一枚、呪符を取り出す。
 「もう一回やったら、二万円くれるって? 本気?」
 僕はもう一度、呪文を唱える。
 「そう。もう一度やってよ。さっきより笑えたら、三万円でもいいよ」
 僕の言葉に、彼はもう一度大きく振りかぶった。

 僕は、魔法が使える。
 万能じゃないけど、大体のことは出来る魔法。
 僕は、魔法の使い方を、この時知ったんだ。
 極度に増大した経済力は、魔法と区別がつかないんだ。



 ※ この短編小説は無料ですが、筆者には魔力がないので、100円の投げ銭をしてくれると魔力が溜まります。
 なお、この先には特に何も書かれていません。

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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。