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超・攻・速


 アリゾナの太陽が焼けつくように大地を照らしていた。蜃気楼が景色を揺らす。
 乾いた荒野を突き刺すようなハイウェイが真っ直ぐに伸びていた。
 アクセルはベタ踏みだ。それでもなお引き離せない。時速433km。いくら陸路が発展した時代とは言え、それでも尋常な速度ではない。
 ーー冗談だろ?
 なのに、引き離せないどころか、接近を許している。ありえない。いや、ありえない訳ではない。おそらくはメタルローダーだ。否。確実にメタルローダーだ。
 ムウは冷静にハンドルを捌きながらも、焦りを感じていた。
 ーー冗談じゃない。
 色々と悪事に手は染めた。殺しだって初めてじゃない。だが、「ガイノイド殺し」に関しては無実だ。
 エルヴァイラ・セノー。当代最高と名高いセックスシンボルだ。そのあまりにも整い過ぎた美貌から、「機械仕掛けの女(ガイノイド)」と揶揄されるが、本人はむしろそれを喜んでおり、逆に自己紹介にさえ使うほどだった。
 頭抜けた美貌に気さくな性格、そしてゴシップをものともしない胆力。そんなエルヴァイラが大スターとなるには、そう長い時間は必要ではなかった。
 その大スターが惨殺。犯人は、恋人として交際が開始したばかりだと噂されていた、若き天才ロードレーサー。その名は無宇。この車を運転しているムウの事に他ならない。
 身に覚えのない濡れ衣だ。だが、証拠は山のように出てきた。いや、用意されていたと言うべきだろう。考えられないスピードで逮捕、拘留、裁判が行われ、あっという間に懲役280年を言い渡された。
 だが、ムウ自身だけは、己の無実を知っている。
 正直、自分を嵌めた相手が何者なのかは知らないが、あまりにも手際が良過ぎる罠だった。おそらくは無実を証明する手立てなどないだろう。それでも構わない。
 死ぬまで刑務所で過ごすなんてのは御免だ。ムウは、護送途中に隙を見て脱走した。いずれ捕まるとしても、一旦は逃げ果せられる。それぐらいの自信はあった。
 ちょっとした隙をついて車を奪い、途中で3度も車を換えている。だが、敵は確実に追って来ていた。
 考えられるのは、気が付かないうちに、ムウの肉体に発信機でも仕掛けられているのではないか、と言うこと。服装などはすべて交換済みだ。
 だが確実に追跡者はムウの位置を把握している気配があった。こうなれば物理的に都市部から遠ざかるしかない。そう考えてハイウェイに乗った。
 平均時速時速400kmでのドライブ。普通に考えて、追って来れる筈はない。都市部から離れて1200km。
 しかしそれでも、追跡者は確実に距離を詰めて来ていた。
 ーーメタルローダーに違いない。
 どうやってかまではわからないが、追跡者は確実にムウの位置を把握している。地球産の技術として不可能ではないが、ロードレーサーとして世界チャンプにのぼりつめたムウと同等以上の走りを出来る相手が、そこいらにいる筈がない。ムウにもその程度の自負はある。
 だがそれでも、追跡者は確実に距離を縮めて来ている。
 ーー面白え。
 ムウが料金所(チェック)をぶち破ってハイウェイを降り、荒野に近しい道に降りる。
 追跡者が、とうとう、その姿を現した。
 ーー馬鹿がよ。
 追っ手の車が明確になる。見た事のない車種だが、ボディはヴェクトール社のスーパー・スポーツに近い。中身の性能まではわからないが、おそらくは最高時速800km超えのモンスターマシンだ。
 だが、ムウが脅威を感じるのはマシン・スペックそのものではない。平均時速400km以上で追跡してきた事実の方だ。
 ドライバーが並大抵じゃない事は間違いないが、さすがにロードレーサーであるムウを3時間も追跡できるほどの腕と体力と精神力を持っているとは考えられない。
 だとすると、追跡者のモンスターマシンは「宇宙人・メタルロード」の技術が流入している。そう考えるのが妥当だ。
 舗装された道路で引き離せないなら、次は道なき道しかない。アスファルト舗装こそあるものの、ほとんど使用されずに何十年も経過している下道。
 道路状況は良くないどころか悪い。砂や石つぶて程度ではない。完全に亀裂が入り、隆起している部分まである。
 ーーそんな道にスーパー・スポーツは厳しいんじゃないのかい?
 ムウの唇が笑みの形を作る。
 こちらも適当に盗んだ車だ。時速400kmで走り続ける用途の車じゃない。そして、無論のこと荒野を走るための車でもない。だが、ムウにはそれが出来る。
 少なくとも、後ろの追跡者にはそれが出来ない。そう思っていた。
 ーーおいおい、冗談だろ?
 ムウの唇が引き攣る。
 砂煙を上げて、追跡者はその距離を縮めてきたのだ。しかも、その追跡者の姿は、
 ーー変形したァ!?
 先程まで見えていたフォルムは確実にスーパースポーツだった。だが、低かったはずの車高は倍以上に膨れ上がっている。ボディこそスポーツタイプの名残はあるものの、これではまるで、荒地に適した装甲車だ。
 ーーさすがに分が悪すぎるだろ!
 これでも引き離せないなら、道路を逸して荒野を走るまで、という想定はあったが、現状況を見る限り、道路を離れれば自身のリスクが高まるのみである。
 ーーマズいんじゃねぇの?
 追跡者の影がどんどんと大きくなる。
 ぶつけて止めるか? ムウに逡巡が生まれる。だがおそらく、あのモンスターマシンとぶつかり合えば、負けるのはこちらだろう。
 ーーどうする? 降参ってのは性に合わねえな。
 そう思った瞬間、追跡者の姿が一気に巨大化した。
 ーーロケットブースター!?
 ムウの全身の体毛が逆立つ。ただでさえ怪物級のマシンに、まだロケットブースターを積んでいる。だが、その事実よりも今は、
 ーー馬鹿が! 追突するぞ!
 ハンドルを切ってもおそらく間に合わない。どんなスーパーカーであろうと、やはりドライバーは素人だったという事か。いや、ひょっとすると追突しても問題ないと踏んでの行動かも知れない。
 ーー機体性能だけで潰しに来るってか!?
 だがムウは諦めなかった。いや、こんな窮地こそがムウを活かすのかも知れない。
 ーー南無三!
 子供の頃に祖父から聞かされた「神頼み」の言葉を飲み込む。
 その瞬間に、ムウが選んだのは、アクセルを力の限り踏む事だった。
 アスファルトの隆起は、ムウの車体を美しいまでに射出したのだ。
 空中に舞い上がった車体の下を、とんでもない速度ですり抜けるモンスターマシン。おそらくは時速800kmをゆうに超えていただろう。
 衝突による大破こそ免れた。着地も問題なく成功した。だが、マシンが限界だった。
 右後輪のタイヤが吹っ飛んでいくのがバックミラーに映る。
 それでもスピンせず、どうにか真っ直ぐに走らせる。こちらの時速も400kmは超えているのだ。わずかなハンドル操作で死を招きかねない。
 今は追い越していった追跡者よりも、無事に停車する方が先決だ。そう思った瞬間だった。
 かなり前方に、あのモンスターマシンの姿があった。おそらくはあのモンスターマシンだ。いや、ボディから察するに、間違いなくあのモンスターマシンだ。
 だが、その姿はスーパースポーツでも、装甲車でもなかった。
 手足がある、強いて言うなら「人型」をしている。
 ーーロボットに変形しただと!?
 目測で、全長約8メートルの人型ロボットが、ムウの前に立ちはだかっていたのだ。縦の全長であるため、正確性はやや落ちるが、ロードレーサーのムウからすれば、ロボットとの距離も全長もまず見間違えはしない。
 ムウが車体を制御しながら速度を落とす。車輪が足りていない。スピンを防ぎながらも、車体は完全に後ろを向いていた。だが、それ自体は計算だ。このままあのロボットとぶつかるにしても、フロントからぶつかればこの速度だ。怪我では済まない。可能な限りの最善策だ。
 そう思った瞬間、視界がピンクで閉ざされた。
 ーー天国ってのはピンク色なのかね?
 何事か? 少々呑気に構えるムウだが、間もなく事態を把握する。
 エアーバッグだ。おそらくは、あのロボットがエアーバッグのようなものを射出してムウの車全体を包み込んだのであろう。
 しかも、ご丁寧に強烈な粘性のあるグルー状のオマケ付きと来た。
 最後に、衝撃とともにムウの車からエアーバッグが飛び出す。
 ーー捕まったか。
 だが、焦燥は少なかった。理由は簡単だ。追跡者は真っ当な筋の人間じゃない。そして、真っ当な相手じゃないのに、銃器を使用して来なかった。
 つまり、ムウの身柄は押さえたい。殺す気もない。そして、おそらく警察などの表の人間でもない、という事。
 ムウは、エアーバッグの森を掻き分け、グルーに触れないように車から抜け出した。
 「とりあえず降参」
 待ち構えていた人型のロボットに、両手を上げてみせる。
 『レイ、身柄は確保した。どうするんです?』
 無機質なロボットの中から、無駄に良い声がする。どうやら、レイ言うのが追跡者のボスらしい。
 『もちろんスカウトよ。腕前は今見た通りでしょ、マヤ』
 同じくロボットから、これまた良い女の予感をさせる声が聴こえる。マヤと言うのが、無駄に良い声の追跡者の名前らしい。
 『僕ァ、こんな山猿と組むのは御免被りたいですがね』
 マヤが芝居掛かった口調で答える。
 『でも彼、インカちゃんが山のようなデータから、あなたの最高のパートナーとして選び出したのよ』
 2人のやりとりを聞いていたムウが割り込む。
 「勝手に話を進めるなよ」
 『あら、ごめんなさい。でも、あなたに選択権はないと思うわ。断れば280年の禁固刑が待ってるだけ。あたし達なら、あなたの無実を証明してあげられなくもない』

 良い女の声だ。だが、嫌な女だ。ムウが唇を歪める。
 「脅迫かよ」
 『いいえ。交渉よ。少し一方的ではあるけど』

 気に入らない。ムウの直感がそう告げる。だが、ムウの野生の勘は同時にこう告げていた。
 ーー面白い。
 「で? 俺に何をやらせたいんだ?」
 『話が早いわね。ようこそ、私達は【サーカス】 政府公認の非公式武装集団よ』
 「へえ?」
 『あなた達には、世界平和を乱す火種を叩き潰してもらうわ。その超攻速マシン、ガルビオンでね』

 その言葉に、ムウが歯を見せて笑った。


 ※ この短編小説はロボットアニメ「超攻速ガルビオン」の二次創作となります。
 基本設定や人物名以外は全然関係ないです。いわゆる同人小説です。


 ※ この二次創作は無料で読めますが、投げ銭(¥100)を設置する事をどうか許して欲しい。
 なお、この先には「あとがき」的なモノしか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。