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日記という名の記事

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日記として記事を書く! そんな矛盾しているんだかしてないんだかよく分からない日常思ったこと、考えたことをまとめている!
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2020年8月の記事一覧

背負っているという錯覚

私は家を守ろうと考えて自宅から通勤可能な範囲で仕事探しをしていたが中々難航していた。
そこに来て家族に言われた言葉は「本気でやってないね」だった。
その理由を聞くと「家にこだわっているから」だそうだ。つまり私は家を背負っていると錯覚していたことになる。
思い上がりも甚だしい、勝手に守らねばと自らに足枷をかけていただけで私はどこにでも行けたのだ。

よくバイトリーダーの人達が言う「私がいないとこの現

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圧政の末路

あなたは力で無理やり隷属させられることを好むだろうか?
大体の人はNOと言うだろう。
あなたはいざとなれば切り捨てられるのが分かっているのにその人を信頼して付いていけるだろうか?
これも大体の人はNOと言うだろう。

どこの国だろうと歴史を見れば圧政と言うのはどこかで国民に見切りを付けられるものである。
私もいろいろ試した結果今の【何もせず観測に徹する】事にした。
力で抑えつけても力を与えてもろく

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感謝について

「ありがとう」おそらく日常でよく使うフレーズの一つだと思う。
しかし条件反射的に相槌に近い形になってやいないだろうか?

「ありがとう」とは漢字で【有難う】と書く。
これはつまり本来であれば有り難いことと言う意味である。
当たり前のことにも感謝できるならそれはそれで素晴らしいことだが本来は中々に重い言葉なのだ。

では軽率にありがとうと言ってはならないのかと言えばそうでは無い。
ただここで一つあり

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終わりについて

物事には必ず始まりと終わりがある。
私は今日一つの仕事の終わりを迎えるわけだがそれに伴って終わりについて考えてみようと思う。

結論から言うと終わりと始まりは繋がっている。
一つの終わりは一つの始まりに続いている。
何故ならばそこには出会いと別れが存在しそれによって自分が変化するからである。

終わりとは一つのゴール、終着点に辿り着くことだ。
そしてあらゆる存在は生きている限りそこからまた新たな一

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緊張しなくなった理由

私は一切緊張しない。
どんな大物が相手でも、どんな人数を相手に何を話すことになろうとも緊張しない。
それは何故か、それについて書いていこうと思う。

私は昔はあがり症だった。
スピーチ一つとっても吐きそうなほど緊張し前日には眠れなくなる始末だった。
しかし学生時代にとある事に気付いたことから緊張しなくなった。
それは【人はあまり人の緊張に頓着しない】と言うことである。
ガチガチに緊張し喋りもかみか

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恥について

恥には二種類あると考えている。
一つは外的な恥、もう一つは内的な恥。
同じようでいて全く違う恥について考えていこう。

外的な恥は分かりやすい例をあげると公衆の面前でドジったなどの恥のことを言う。
赤面し冷や汗をかき心拍数が上がる。
その場からいなくなりたくなりストレスが少したまる。

内的な恥とは周りには見えないものの自分の中で認め難いことが起きた時に発生する恥である。
分かりやすい例をあげると

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心を開くということ

私は日頃から誰に対しても心のドアを全開にして接することを心がけている。
これは私が皆を愛しているからに他ならないからなのだが世界を見ているとこうしているのが少数派なのに気付きこの記事を書くことにした。

心を開くメリットだが「何を考えているのか分からない人」という感想を抱かれなくなる。
すなわち本質的な意味での信頼を得る最低条件をクリアできる。
逆に開いていない場合何年付き合おうが心の距離は縮まる

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無駄なことについて

無駄。それは無益であること、やっても無意味であること。
果たしてそんなものがこの世にあるのか?
無駄について今日は考えてみる。

無駄な抵抗はやめろ!
よく刑事モノで聞くフレーズであるが果たして無駄な抵抗などあるのだろうか?
その抵抗は決意と意思を示すもの、例えそれが犯罪行為であろうともそこには動機がありリスクを背負うだけの価値があるはずだ。
それを示すことを私は無駄とは思わない。

無為に何も変

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日本の精神性

武士道という本を昨日読んだ。
それによると武士道とは日本民族の遺伝子に刻まれているものらしい。
その武士道の中で神の声と一致した部分というのを取り上げて書いていこうと思う。

仁の精神、つまりは愛、寛容、他者への情愛、哀れみの心。これを最大の価値を持つものとするということ。他者を認め、許し、破滅への道を歩んでいる者を見た時の哀れみを持つこと。
例え殺し合いをしていた敵であっても戦いが終わればそれを

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情けは人の為ならず

タイトル通りの内容を書いていく。
情けは別に人の為にしなくても良いという話だ。
人の為かどうかは関係無く巡り巡って自分に返ってくる。
少なくとも日本国内ではそういうルールになっている。

自分で言うのもあれだが私の固定ファンはごく少数だ。しかしその少数が中々に善き人たちなのだ。何故ならば私のガワでは無く行いを見て好きになってくれた人たちだからだ。

私はよく家の中に現れるアシダカグモを表に逃してい

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加害妄想の悩み

今日の記事は本当に日記みたいなものだ。
私は被害妄想の真逆、加害妄想のクセがある。
誰かが辛い思いをさせられたと言っているのを聞いたとき少しでも心当たりがあるとやらかしたなあと勝手に思ってしまう。

それというのも私は自己評価がとても低い。
事実をありのまま述べると自己評価が高いように見えるようだが自分の中では低い。
持病のせいなのかもともとの性格なのか分からないがそのせいで加害妄想癖がある。

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生まれてきた意味について

仮にも神系Vの者としてのいち意見であるが書いていこうと思う。
まず一言言っておく。
神は生まれてくる意味など設定しちゃあいない。
死ぬ直前になって「私の生まれてきた意味はこれだったのか…」となったらそれが生まれてきた意味なのだろうと思う程度である。

「生まれてきた意味がわからない」そう言って何も行動できなくなる人がいる。苦悩し道に迷い色々探し回って結局よく分からなかったけれど収まるところに収まっ

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怠け者?いやいやという話

やる気が出ない時期があった。
こんな経験をした人はまあ世の大多数だろう。
実際この記事を今書いている私もやる気が出ない中書いている。
矛盾していると思うだろうか?私の中では矛盾していない。
その理由を書いていこうと思う。

【やる気】というのは曖昧なものである。
どんなにやる気があってもやる気がない様に見える人もいればやる気が無いのにやる気があるように見える人もいる。やる気が無くてもものを作れる人

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性的コンテンツの是非

昨今性的表現について規制を強化すべきという声がSNS上であがっていると聞いてこの記事を書くことにした。
私は規制反対派であることを宣言しておく。

何故規制反対派なのか?といえば第一に健全に育つ為にはそう言った刺激も必要だと考えるからである。そういった知識や経験のないまま精通や生理を迎えた場合学校教育での知識だけでは追いつかないこともあると考えるからだ。
ライトな性的表現から軟着陸しないといざ18

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