知恵ある柴犬は自らを疑う

 私は犬である。名前は黒豆。犬種は黒毛の柴犬。
 善良な飼い主に恵まれた私は幸福であると言えるだろう。
 しかし、私は物心ついたときから続く大きな悩みを抱えていた。
 なぜ私は、こうやって人と同じようにものを考えることができのだ?
 
 だってそうだろう? 犬が人並みの知性を持っているなどありえない。

 本来の私は人間で、自分が犬になった夢を見ているだけと考えたこともあった。しかし、この体で感じる風や飼い主の匂い、狂犬病の予防接種の痛みは決して夢ではない。
 これは紛れもない現実であると五感が示している。しかし、犬に知性が宿っているというフィクションでしかありえない現象が成立している矛盾。
 この矛盾こそが私の悩みであり、ずっと私を苦しめている。

「誰か私の正体を教えてくれ!」

 私は天に向かって叫ぶ。
 しかし私は言葉を発することはできず、この口から出てきたのは単なる犬の鳴き声でしかなかった。

【続く】

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