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百合に挟み撃ちにされる男

 薄汚い路地裏を恐怖に引きつった男が走っていた。
 自分が街の何処にいるのかもうわからない。ただただ必死に逃げ続けた。

「なんで、どうして」

 理由は分かっていた。手を出してはいけないものに、手を出してしまったのだ。
 男が何故と口にしたのは、己の不運に対してだった。
 彼はほんの十数分前のことを思い返す。
 お互い飽きてしまったという理由で前の彼女を別れてから、新しい出会いを求めて宛もなく街をぶらついていた時だ。
 男はとびきり可愛い女の子が手をつないで歩いているのを見かけた。

「君たち、仲がいいね! 俺も混ぜてよ!」

 別に”いただこう”とか”お持ち帰りしたい”とかそこまで邪な考えは持っていなかった。幼い子供が「仲間に入れてよ」と言うような、ほんの軽い気持ちだったのだ。
 礼を失するようなことといえば、手を繋ぐ彼女たちの間に無理やり入ろうとしたくらいだ。
 けれどもその言葉、その行いは、彼女たちにとって許しがたいものであったようだ。
 少女たち二人のウジ虫を見るかのような視線を受け、男はなにかの逆鱗に触れてしまったと悟る。

「ヤマちゃん、やっちゃおう」
「そうだね。ササちゃん。昨日買ったヤツ試したかったし」

 これまで数々のナンパを成功させてきた男は、女性の心の機微を鋭く察知できた。
 ゆえに理解した。この少女たちは自分を殺そうとしていると。
 男は一目散に逃げ出した。がむしゃらに走り続けた。
 そうして今、何処だかわからない路地裏に迷い込んでしまった。
 男は背後を見る。あの少女たちの姿はない。

 背後、には

 ホッと安心して前を向いた時、ササちゃんと呼ばれていた少女がいた。
 彼女の手には薪割り斧が握られていた。それが何のために使われるのかは容易に想像がつく。
 男は踵を返して逃げ出そうとしたが、すぐに足を止める。
 さっき見たときは誰もいなかったはずなのに、いつの間にかヤマちゃんと呼ばれた少女がいた。
 彼女の手には大ぶりのナイフが握られている。

 男は少女たちから挟み撃ちにされた。

 彼は何も出来なかった。ただ悲鳴を上げるだけだった。
 ヤマちゃんのナイフが腹に突き刺さり、そしてササちゃんの斧が頭をかち割った。

「あーあ、汚れちゃったね」
「臭い。早くお風呂入りたい」

 ヤマちゃんとササちゃんは互いの顔についた返り血を拭き取り合う。
 それからしばらく見つめ合った後、そっと唇を重ねた。

「早く”店長”のところに行こ。あそこなら、替えの服を常備しているし」
「怒られないかな? ”バイト”以外で殺しはだめって言われていたし」
「大丈夫よ。店長、前に女の子同士に挟まろうとする男は容赦なく殺せって言ってたじゃん。あー、でも”町内会”の人には余計な仕事増やすなって怒られるかも」
「死体の後始末してもらわないといけないからね」
「まー、でもちゃんと”狩場”に追い込んで殺したから、警察には通報されないし、怒られるにしても小言程度だね」

 二人の少女は仲睦まじい恋人のように寄り添いながら、この街の闇の領域へと姿を消していった。

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