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「意味のイノベーション」 TEDxプレゼンの日本語訳

デザインとその周辺を扱うポッドキャストTakramCastでロベルト・ベルガンティ教授の「意味のイノベーション」をテーマに収録をしたところ、Twitter上でちょっとした反響がありました。

イノベーションプロジェクトではよく「デザイン思考」が用いられますが、それだけでは片手落ちです。ときによって「意味のイノベーション」を使ったり、両者の要素を組み合わせたりしていきたい。実際、欧州委員会ではこの二つをデザインの両輪として扱っています。

2017年5月25日にミラノ工科大学で開催されたTEDxにて、ベルガンティ教授が「意味のイノベーション」について導入的なプレゼンテーションをしています。コンパクトでありながら学びの多い素晴らしい内容です。なるべく多くの人にこの考え方に触れて欲しいと思い、今回独自に和訳してみました(Youtubeの自動翻訳字幕はまだ実用からは遠いようです)。

以下、訳です。

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イノベーション
イノベーションの最も象徴的な例はなんだろうと聞くと、多くの人は「電球」を挙げるだろう。

人はイノベーションを「アイデア」の問題だと考えがちだが、果たしてそうだろうか。

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電球は意味のある(meaningful)イノベーション「だった」。アイデアが不足していた時代、世界が「暗い」時代において意味があった。でも今はすでに世界が「明るい」時代で、むしろアイデアはあふれている。

そして現在、アイデアを生むための材料も揃っている。
:クリエイティブな人材は多い
道具:いろいろな思考ツールがある。デザイン思考やオープンイノベーションは15年前の発明だ
テクノロジー:あらゆる文明の利器がある。スマートフォンでどこからでも情報にアクセスできる

いま世界はアイデアであふれている(the world is awash with ideas)。一つの例は2010年のメキシコ湾原油流出事故だ。事業会社はウェブサイト上で問題解決の案を募ったところ、数週間足らずで2万件ほどのアイデアが寄せられた。アイデアは無料で手に入ってしまう時代だ。

企業人はよく「そうは言っても、次の一歩となるビッグ・アイデアが見えない」という。でも実はアイデアは目の前にあり、ただ見えていないだけだ。

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アイデアが見えないのは、部屋が暗いからではない。部屋が明るすぎるのだ。あまりの明るさによって、大事なアイデアが見えなくなっている。

だから部屋を暗くしよう。手始めに電球を消してみる。

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代わりにろうそくを灯してみよう。

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30年前家で母に「ろうそくはある?」と訊いたら「停電のために備えてあるよ」と答えてくれた。でも近頃は停電もなく、いざという時にはスマホもある。現代社会では電球もその他の技術も広く普及していて、ろうそくなんて過去の産物は、産業ごとなくなってしまっていると、人は考えるかもしれない。

でも実際は、2010年までほぼ毎年ろうそくの生産量は増えている。30年前のおよそ3倍の消費量(EUだけで年間約70万トン)だ。

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いま、世界は歴史上最もろうそくを必要としているのだ。世帯ごとの消費金額でも、電球よりもろうそくの方が高い。

ただし、プレイヤーは入れ替わっている。1830年に創業したろうそくの老舗は2001年に廃業した。むしろ最近起業したYankee Candleという会社が伸びている。彼らが作ったのは「火を見えなくするろうそく」だ。瓶の中にろうそくを立て、瓶の周りはラベルで包んでしまう。炎は見えない。このアイデアは、一見辻褄が合わない。暗いろうそくなんて誰も欲しがらない、と思うだろう──もし「明るさ」を求めているのならば。

いま人がろうそくを買うとき、そこには異なる動機がある。異なる意味がある。実際、いま人はろうそくに明るさを求めていない。むしろ部屋を「暗く」するために使っている。部屋での居心地を求めているのだ。人はろうそくに「新しい意味」を与えた。

現代のイノベーションにおいて大事な視点を、三つ挙げたい。

(1)ソリューションではなく意味

イノベーションにはふたつのレイヤーがある。ひとつが意味、もうひとつがソリューションだ。意味とはそもそもイノベーションを起こしたい動機で、方向性であり「Why」である。一方ソリューションはそれを達成するためのプロダクトやサービスという手段「HOW」で、どのようにHOW意味を達成するか、だ。

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意味:根源にある目的、方向性、WHY
ソリューション:プロダクト、サービス、意味達成のための手段、HOW

意味の時代において、アイデアを得るのは実はたやすい。「新しい意味」こそが最も難しい挑戦だ。ろうそくが成功したのは、ソリューションが良かったらからではない(今のろうそくが以前より明るいということはない)。あくまで意味によって成功を収めたのだ。

世界にアイデアが溢れているこの時代、イノベーションに求められているのはソリューションではない。意味だ。いま、部屋は暗いのではなく、明るすぎる。あまりの明かりによって、大事なものが見えなくなっている。

(2)態度:Outside inではなく、Inside Out

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イノベーションを起こすにあたって、「デザイン思考」や「オープンイノベーション」の活用はよく話題になる。これらの共通点はまず外に意見を求めることだ(極端な人物=エクストリームユーザーや有識者、いろいろな専門職についている人など)。

あるサーモスタット(自動温度調節器)企業がイノベーションプロジェクトに取り組むことにした。この企業の環境・燃焼操作部門の事業部長は、今の時代にふさわしいプログラマブル・サーモスタットを開発しようとした。人が求める温度環境にプログラムできる機能。まずアウトサイダーに話を聞き、その上でアイディエーションを実施。アイデアは無数にでてきた。基本的には全て機能を増す方向だった。

なかには機械が自己学習する、というものも。人は「サーモスタットをプログラムしたい」のではなく「サーモスタットを忘れたい」はずだから、細かい設定をせずとも次第にユーザが求める温度を察してくれるものがあってもいい。もちろん細かくプログラムできないけど、そいういうプロトタイプも作ってみよう。

実際にプロトタイプを複数作って、アイデアをユーザテストに掛けた。その後の事業部長の感想はこんなものだった。

We found that consumers prefer to control the thermostat, rather than being controlled by the thermostat.  
── President of the division of Environmental & combustion controls
消費者はサーモスタットをコントロールしたいのであって、サーモスタットにコントロールされたいわけではない。
──環境・燃焼操作 事業部長

にもかかわらず、事業部長は結局この自己学習のアイデアを却下してしまった。気づきとはうらはらに 「温度等を細かくコントロール可能な」サーモスタットを開発したのだ。


数年後、元Appleの社員二人がサーモスタット企業を立ち上げた。Outsiderを呼んでインタビューをしたり、アイディエーションをしたりは一切しなかった。内なるアイデアに従ったのだ。「人は、家庭では家族といるべき」であって、家庭で「サーモスタットの隣にいるべきではない」と確信していた。その後世界を席巻することになる、Nestの誕生だった。

ソリューション、すなわち解決策を求めているときは、外の声にヒントを求めるのは正しい。でも未来の方向性や意味を求めているときは、そうではない。「新しい意味」を探すときは、内なる声に耳を傾けるべきだ。Outside-inではなく、Inside-outであるべきだ。

イノベーションに取り組みたいなら、自ら信じるものに従う。信じられないことは、続けられない。信じられないものをつくっても、人は買わないのだから。

「これはギフトを贈ること」に似ている。ギフトにおいてソリューションは関係ない。ものは、買おうと思えばなんでも買えてしまう。本当に重要なのは意味(meaning)の方だ。ギフトを贈るとき、受け手本人に何が欲しいかを直接聞いてもいい。でもそれでは(思いやりやサプライズが薄れて)気に入ってもらえないだろう。他人に聞いてもいい。いいアドバイスを聞けるだろう。でもそれでは「他人の匂い」がしてしまう。気に入ってくれるギフトとは、受け手にとっての特別な意味を、あなた自身が見つけたものだ。

多くの場合、私たちは見たいものしか見ていない。無意識的に色々なものをフィルターしてしまっている。サーモスタットの事例からもわかるだろう。環境・燃焼「操作」の事業部長は、やはり「操作」するためのデバイスを開発したくなってしまうのだ。


(3)プロセス:「批判」を重んじる

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内なる声に耳を傾けるとき、単にやりたいことだけを見つめ続けると偏ってしまう。

そこで「批判」が必要になる。これはネガティブなコメントという意味ではない。建設的な議論のことだ。議論を通して、意志は正しい方向性にゆっくりと向かっていく。

Nestの場合、ユーザインタビューやアイディエーションはやらなかった。代わりにビジョンがあった。そして二人の創業者は常に「議論」していた。「smart home企業を始めたい」「そんなばかな!オタクしか相手にしないぞ」……。アイデアをもっと先に進めるための議論が始まった。

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重要なのは、「世界がどう変わっていくか」についての自分たちの考えだ。「世界にどんな新しい意味をもたらすのか」だ。

内なるビジョンは、ギフトのようなもの。でもそれはまだラッピングされていない。誰かと一緒にそれを「本当の贈り物」にするには、ラッピングをする。それぞれの人が持っているギフトは別だけど、重要なのは、お互いを人として信頼できるかどうか。信頼できる人との対話が、少しずつ方向性を正していく。

イノベーションに重要なのは、ツールやプロセスではない。「人」だ。ボクシングにおけるスパーリングパートナー(パンチの応酬をするトレーニングの相手)を想像すると良い。スパーリングパートナーは、あなたを信頼して、旅路を共にする人だ。そして「あなたと戦う」人でもある。でも戦うのは、あなたを倒すためではなく、あくまであなたを強くするためなのだ。

アイデアが溢れているこの世界では、「アイデアを探す」のではない。「人を探す」べきだ。

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以上、拙訳でした。この原稿は、逐語訳というよりも意訳・超訳を含むものです。一部順序や表現、情報の濃淡が正確でないかもしれませんがご了承ください。質よりも速さを重視しました。詳細はベルガンティ教授自身の著作(日本語訳があります)や、安西洋之氏の『デザインの次に来るもの』をご参照ください。なお画像は当該YouTube映像からスクリーンショットを撮りました。著作権などに関して問題があればご連絡をお願いたします。

ちょっと蛇足

このプレゼンテーションには、えもいわれぬ魅力があります。内容はもちろんですが、作法やストーリーにも力が宿っています。特に「電球とろうそく」の事例がダブルミーニングになっている点。これらは直喩であり暗喩でもあります。

電球は「ガス燈を置き換えたかつてイノベーション事例」であり、「よく目立つアイデアの象徴(=意味を不可視化しかねない存在)」でもある。敢えて書くまでもないですが、人が何かを思いつくユーレカの瞬間に描かれるモチーフは、往々にして電球です。

ろうそくは、「前時代のものに見えつつ、意外にも現代的な文脈において意味のイノベーションを起こした事例」であり、「人が見過ごしてしまいがちな意味の象徴」でもある。暗い光でも、時間をかけて灯し続けることで空間の質を変えるものです。

だから「電球によって部屋が明るすぎるためろうそくの価値に気づかない」という命題は、字義的にも、象徴的にも成立します。

Takramのこと

Takramで私が取り組んでいるデザインプロジェクトには、多くの「意味のイノベーション」的事例があります。

「一冊、一室」の森岡書店は、書店という場の意味を再定義しました。敢えて在庫を一冊のみに絞り込むことで、狭い店内に著者を招きトークイベントを行なったり、展示を行いより本の世界を芳醇に味わったりといった体験が生じます。冊数という量への挑戦を一度諦めることで、本への深いアプローチという質への挑戦が可能になります。


一方、ISSEY MIYAKEと取り組んでいる「FLORIOGRAPHY」というプロジェクトがあります。これは花の形をしたアクセサリーのギフトであり、同時に「手紙」という性質も持っています。送り手は、花に手紙を寄り添わせて受け手に差し出す。手紙に書かれた言葉は、この架空の花の「最初の花言葉」となります(FLORIOGRAPHYは花言葉の意)。

FLORIOGRAPHYにおいて、我々デザイナーがつくったものは完成品ではありません。あくまでギフトの贈り手が手紙を書くことで完成します。デザイナーと贈り手が共犯関係を結び、受け手になにかを届ける。

このギフトは、2017年から2019年まで3年間にわたって、年末のシーズンに世界11ヶ国で発売されました(2020年6月追記)。


機能や技術の面で必ずしも新規性がなくとも、「新しい意味」によって価値を生むものがある。「意味のイノベーション」についてはTakramとしても共感する部分が多くあるので、今後も少しずつ事例を取り上げていきます。また、僕の提唱している「コンテクストデザイン」とも共振する考えです。

以上、拙速ですが、昨日のTwitter上の盛り上がりを受けてスピード重視で公開します。この周辺の議論が盛り上がりますように。


記事執筆は、周囲の人との対話に支えられています。いまの世の中のあたりまえに対する小さな違和感を、なかったことにせずに、少しずつ言葉にしながら語り合うなかで、考えがおぼろげな像を結ぶ。皆社会を誤読し行動に移す仲間です。ありがとうございます。