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コンテクストデザイン

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コンテクストとデザインについて考えています。まだ途中ですが、これはその断片です。
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#Takram

自ら「つくる」こと、たとえばバルセロナを旅するように

自ら「つくる」こと、たとえばバルセロナを旅するように

大人には単なる帽子にしか見えない絵も、子供にはゾウを呑み込んだウワバミに見える──サン=テグジュペリが『星の王子さま』の冒頭で描いた逸話は、わたしたちひとり一人のなかにいるはずの、眠れる「モーツァルト」(同『人間の土地』)の存在を思い出させてくれるものです。いやまたは、思ったよりモーツァルトの眠りは深い、と気づかされるものでしょうか。

では、いままで創造性を封印していた大人たちが、自らの見えない

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「つくる」はどこからはじまるか──足かせ、模倣、つくらないこと

「つくる」はどこからはじまるか──足かせ、模倣、つくらないこと

誰に乞われずともものをつくる人もいれば、表現に憧れや苦手意識を持ってその一歩を踏み出せない人もいる。この違いは、どこからくるのでしょうか。

自らを「表現者からは遠い」とみなしている人とともに、表現について考えて、手を動かす。 2023年3月、「つくるとつくらないのあわい──非表現者のための表現ガイド」と銘打った社会人向けの連続講義・ワークショップの最初のシーズンを終えました。

「非表現者のため

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数字と物語②──群と個、あるいは操縦士の眼差し

数字と物語②──群と個、あるいは操縦士の眼差し

「数字と物語」を色々のレンズ越しに眺めてみたい。もとは芸術と技術、自然科学と人文科学、論理と直観、有用性の問題の切り口を思い浮かべていたが、今日は少し迂回して、サン=テグジュペリの『人間の土地』で描かれている言葉をたよりに、これを考えてみたい。

『人間の土地』の冒頭に、「地理学者」と「操縦士」の眼差しの対比、とでもいえるモチーフを覗き見ることができる。一般的な知と個別の感覚、または「群」と「個」

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数字と物語①──再現性と一回性の波打ち際

数字と物語①──再現性と一回性の波打ち際

「はかどる」と「はかない」「はかどる」と「はかない」──それぞれ「仕事の効率」と「無常の美意識」に紐づくふたつの言葉は、実は「はか」というおなじ概念でつながっている。

はか、という言葉を辞書で調べてみると、「時間に応じた、仕事の進みぐあい」とある。もとは稲を植えたり刈ったりするときの田んぼの一区画のことをいったそうだ。どれだけの米がとれるのか、どれだけ能率的か。「はか」は、なにかを「量る」ことを

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なぜ時間を測ることのできない砂時計をつくるのか

なぜ時間を測ることのできない砂時計をつくるのか

私は砂時計を扱う展示会を開きたいと、かねてから考えていた。

時間を測ることのできない、いわば「用のない」砂時計──。一見無用の、不要のものに思えるだろう。でもあらかじめきまった用途がないからこそ、使い手ごとに豊かなコンテクストが生じることを期待したい。

数人にこの砂時計を渡す。時計には決まった使い方は定められていない。Inscriptus はラテン語で「書かれていない」を意味する。この時計を思

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「意味のイノベーション」 TEDxプレゼンの日本語訳

「意味のイノベーション」 TEDxプレゼンの日本語訳

デザインとその周辺を扱うポッドキャストTakramCastでロベルト・ベルガンティ教授の「意味のイノベーション」をテーマに収録をしたところ、Twitter上でちょっとした反響がありました。

イノベーションプロジェクトではよく「デザイン思考」が用いられますが、それだけでは片手落ちです。ときによって「意味のイノベーション」を使ったり、両者の要素を組み合わせたりしていきたい。実際、欧州委員会ではこの二

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Message Soap, in timeの強い文脈、弱い文脈

Message Soap, in timeの強い文脈、弱い文脈

「強い文脈、弱い文脈」の枠組みを通して、前回は一冊だけの本屋、森岡書店のことを考えた。

文脈の強弱はあくまで相対的なものだ。次の例として、向田麻衣さんという人物の活動を取り上げ、その文脈の強弱を(私の解釈や想像も少し交えて)考える。なお別項にあるように、Takramは向田麻衣さん率いるLalitpurとともに「Message Soap, in time」というプロダクトを手がけている。石けんのな

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森岡書店の「強い文脈」、「弱い文脈」

森岡書店の「強い文脈」、「弱い文脈」

■森岡書店のこと

森岡書店 銀座店は、一冊だけの本を扱う、一室だけの小さな書店だ。店主は森岡督行さん。Takramもいろいろな形で関わっているが、お店のオープンにあたり、まずロゴデザインとブランドスローガンを制作した。

森岡書店は、一冊だけの書店です。
一冊だからこそ、解釈はより深く。
森岡書店は、一室の小さな書店です。
一室だからこそ、対話はより密に。
一冊、一室。
森岡書店。

森岡書店に

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Message Soap, in time ― いつ届くかわからない手紙

Message Soap, in time ― いつ届くかわからない手紙

これはいつ届くか、ほんとうに届くかも分からない手紙だ。いたずらや賭けにも近い。曖昧で、投瓶通信のように頼りないメッセージだからこそ、ちょっと思い切った気持ちで本音を伝えられるのかもしれない。

蝋で閉じられた封筒型の箱を差し出す。開くと、一見普通のフェイス&ボディソープが入っている。泡立ちがいいから毎日使ってと手渡す。

受け手はひと月ほど経ったある夜、角が丸く溶けた石けんのなかから、うっすら

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コンテクストデザインとは

コンテクストデザインとは

コンテクストデザインとは、それに触れた一人ひとりからそれぞれの「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みや現象を指す。換言するならば、読み手の主体的な関わりと多義的な解釈が表出することを、書き手が意図した創作活動だ。

もともと現代的なデザインは産業革命以降の大量生産・大量消費を背景に成長してきた。それは、特定の使い手を一意に想定し、特定の問題を解決するためのものだ。

デザインはふつ

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強い文脈、弱い文脈

強い文脈、弱い文脈

ハムレットに登場する有名な台詞 "To be or not to be, that is the question.” は時代によって色々の訳され方をしている。

「世に在る、在らぬ、それが疑問じゃ」としたのは坪内逍遥、1909年。

「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」は小田島雄志の訳で、1972年。

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」これは2003年の河合祥一郎訳。

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コンテント、コンテクスト

コンテント、コンテクスト

パブロ・ピカソの『盲人の朝食』という絵画がある。頬のこけた盲目の男性がテーブルにつき、パンと水だけを摂っている。部屋も男性もその服も、すべて青みがかった重い空気をまとう。この絵を見て、ある美術評論家は「青の時代に描かれた一作品」と解説し、ある小学生はそれを「ちょっと不気味だ、お隣の井上さんに似てる」と思うかもしれない。ある通りすがりの鑑賞者は例えば「画家が盲人を描くということは、絵画に伴う『見る』

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読書リスト 2『宇宙と踊る』の料理と語源、科学と恋愛。

読書リスト 2『宇宙と踊る』の料理と語源、科学と恋愛。

#読書バトン のテーマに合わせて先に「『波打ち際』の読書リスト ― 年末に読むおすすめ」で10冊を簡単に紹介したけれど、それぞれの本にまだ尾ひれがつきそうなので、続けていく。

冒頭に「物理学と文学の波打ち際」として紹介したのはアラン・ライトマン 『宇宙と踊る』だった。

先の記事で紹介した、空っぽのオーディトリウムのステージで練習するバレリーナの動きを物理学的に観察し、その跳躍が地球の軌道にどの

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実体、接線(の彫刻)

実体、接線(の彫刻)

以下のテクストは、あるひとつの「もの」について記述している。これはなにか。

それは底面はもつけれど頂面をもたない一個の円筒状をしていることが多い。

それは直立している凹みである。重力の中心へと閉じている限定された空間である。

それはある一定量の液体を拡散させることなく地球の引力圏内に保持し得る。

その内部に空気のみが充満しているとは、我々はそれを空と呼ぶのだが、その場合でも

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