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世界は内緒でできている


タイトルのとおりだ。

この世は隠しごとだらけである。


かくいう私もその一部かもしれない。
特に仕事面においてはそうで、常に解禁前の情報と一緒に走っているから、ずっと内緒を抱えている。しかし、それはおそらく誰だってそうだろう。どんな仕事も、どんな生活も、言えることと言えないことの狭間にあるから。


私はあと2週間で仕事を辞める。8月からは実質、無職だ。この業界に飛び込んで10年が経つが、自他ともに認める仕事人間である自分から仕事を取ったら、一体どうなるのだろう。5年4ヶ月ものあいだ続けてきた仕事が、生活が、なくなるのだ。どうしたって緊張する。

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この仕事は、私には大役だった。身に余る光栄とはこのことだ。

色々あった。楽しいことも、嬉しいことも、そうでないことも。色々あった、というか、今現在も色々ある最中だ。ここまできてもまだ終わらないのか、とチーム全員が感じていることだろう。

しかしこの状況はきっと、最後の最後まで私たちが仕事をしている証でもある。昨日もそんな話をしてメンバーと笑い合った。私たちらしいですね、と彼女は言った。そんな彼女の笑顔を見て私は、私たちらしいな、と思った。

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目の前のことには大体、やれることがある。探そうと思えばいくらでも。放り投げたりしなければ、味方に恵まれることだってある。


「どんな立場であっても、『今目の前にあること』に全力であれるように」


これは、社会人デビューが決まった時、当時の上司から受け取った言葉だ。


この言葉は未だに私を動かしている。
今だってそうだ。あと2週間で大役を降りるというのに、終わってしまうブランドの終末をまだまだデザイン・ディレクションしようとしているほど、突き動かされるように進んでいる。
たとえ鬱陶しいと思われたとしてもまったく構わない。これは、私の仕事だ。もっと言えば、私の学びを活かすターンだ。

有名人でも社員でもなんでもない20代半ばの女が、東京の真ん中で5年4ヶ月もブランドをやらせてもらって、なんともあたたかい最後を迎えようとしている。こんな機会はもう二度と訪れないだろう。
だからこそ、全力だ。ディレクターとしてできること、ディレクターとしてしてきたこと、そこに全ての力を注ぎきって終わりたい。それが私の『今目の前にあること』だ。

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内緒への向き合い方

そんな今も、隠していることはたくさんある。
今週末に言えるようになるものも、来週ご報告できることも、一生言わないつもりでいるものも、たくさん。

だから私は今日も静かに燃えている。最後の内緒をこねて、丸めて、育てている。私には、こういう時間こそがブランドをつくっているように思える。商品をただただ生産していくだけの行為は、私の中では決してブランドとは呼べないからこそ。

他人からすれば面倒に思える時間の中には、ブランドづくりの大きなヒントがある。逆に、これを面倒だと放らない人は私にとって他人ではない。そういう人物はブランドの核になり得るとも思う。


内緒への向き合い方には、必ず“人間”が出る。その姿勢に名がついた時、そのアウトプットに心を使う時、そこにはきっとブランドが生まれる。

私たちは、内緒の数だけ試される。
試された分だけ、また内緒が生まれる。

抱えている内緒を手放す時、私たちは宙に放り出される。それぞれが着地した場所が、新しいステージだ。今まで本番だと思っていた場がリハーサルだったことに気がつく時、私たちはまた自分の手で、幕をひらく準備をするのだ。

これから、何でもできる。今から、何にでもなれる。何を始めても、何を辞めても、どんな服を着ても良い。新しい物事を、新しい自分を、優しく、あたたかく、育てることができる。私たちはもっと自由になるのだ。


でも、その前に。


私をここまで連れてきてくれたこの場に、とるべき姿勢がある。そんな気がしている。

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世界は内緒でできている

ブランドというものは、『最後』にこだわれないパターンの方が多いと思う。それも私が向き合っていた価格帯であればなおさらだ。終わってしまうものに対して、企業はお金や労力をかけない。ビジネス観点で言えば、そこにメリットなど無いからだろう。悲しいけれど、もっとも自然なことでもある。

しかしここには大きな溝がある。
大切なのはオープニングだけではないはずだからだ。オープニングがあればエンディングもある。どんな興行も、エンディングまでやりきらないのはプロフェッショナルと言えるだろうか。


だから、この仕事はおもしろい。
最後の最後に、それがブランドであったかどうか、そしてブランドをつくっていた人物がこの中の誰なのか、そういったことが現れる。どんなに偉い人も、どれほど長くいる人も、逆にどんなに短い期間のアルバイトでも。最後というものは、私たちを平等にジャッジして、答えをくれる。

思えば、私はずっとそんなことを考えながら、業界を流れる景色を眺めてきた気がする。そして気づけば、私の番だ。

何かを終わらせることは、思ったよりも大変で、簡単で、濃厚で、淡白だ。すべての感情や事実が表裏一体であることを教えてくれる。それも、今までの数百倍の感覚で。


私は、やりきれるだろうか。

正直に言うと、今準備していることがすべて正しいかはわからない。それはきっと誰かに判断できることではないとも思う。遠い未来から振り返った時、この感情をくれた存在が唯一無二であれば、きっと正解だ。こんなに思い詰める必要はないと言えばそうだけど、私にとっては、これだけは、そうじゃない。

だから、それまでは誰にも分からない。

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ブランドとは、表現であり、表明であると私は考える。

好きも嫌いも、共感も拒絶も、両論あって当然だ。


そこには必ず『内緒』が生まれる。美しい内緒も、汚れた内緒も、場によって、人によって、様々だ。


どんな内緒も、最後が肝心だ。
種明かしをするとしても、しないとしても。私たちは今その瞬間の只中にいる。こんなことって、ちょっとやそっとじゃ体験できない。私は今ものすごく興奮している。とてつもない時間の中を今、生かしてもらっているのだ。

この時間には、もう後からは戻れない。最後は、一度しかない。そこにどんな感情があろうとも、今選択する行動が自分という人間をつくる。私はそう思う。





この世界は内緒でできている。

内緒は私たちがつくっている。

それならきっと、世界は私たちでできている。


だから、最後の最後まで、私たちがつくりあげるのだ。



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