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逃げられない、


これは、実に無いものねだりな話かもしれないが、

夫婦や恋人、パートナーと一緒に、
ひとつの仕事やクリエイションができる人たちを羨ましく思う時がある。


書き手:キルタ(Flat Share Magazine)
Photo by Kazuki Takahashi



妻とは、今年で結婚5年目になる。

最初の1年くらいまでは、家ではよく”仕事の話”をしていた。


ある時それが、苦しくなった。



妻とは業界も違えば、働き方や得意な事も全然違って、
自分の業界をすごく理解している人というわけではない。

それが心地良くて一緒にいる。
だからか、僕は仕事の話をするのが少しずつ難しくなっていった。


やっぱり褒めてほしいから、
頑張った事も、辛かった事も、嬉しかった事も伝えたい。
けどその何が、どうすごいのか、とかまでを理解してもらうのは、
どうしても難しいのかもしれないと感じた。

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時に、恋する人からの褒めの言葉は、
側から見たらそれほどでも無い出来事でも、
自分がまるでとても偉大な事を成し遂げたかのように感じてしまう。


時に、恋する人からの慰めの言葉は、
自分が本来向き合うべき事実も、
誰かのせいであったかのような、自分が正しかったかのような、
事実を誤解してしまうこともある。


それに、浸かってしまっているかもしれないという恐れも感じた。



僕は、家では仕事の話をしないと決めた。
それで、よかった。


何者かでなければいけないような、
自分を表すわかりやすさを、纏わないといけないような、
そんな世界を日々生きているからこそ、

家では、裸の、ひとりの人間でいられた。


でも、だからこそ見えてくる、本当の自分がそこにいた。

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普段、外でどんなに高い地位にいようが、
周りから尊敬されていようが、才能が評価されていようが、

朝は起きれなかったり、片付けは苦手だったり、
何度言われても忘れてしまったり、面倒は後回しにしてしまったり、


とても人間的な本当の自分が、必ずいる。


そういった些細なことを、叱ってくれる人は妻だった。
同時に、褒めてくれるのもそうだ。

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あの日、
"健やかなる時も、病める時も、その命ある限り真心を尽くすこと"
と誓ったけれど、

”真心を尽くしていく” ということが、
ただ認め合えばいいだけではないということを少しずつ理解してきた。



最近思う。
叱ることって、とても愛がないとできない。


もちろん怒るのと、叱るのは、違う。
相手を思っているからこそ、それは間違っているんじゃないのと言いたいし、誰かに叱って欲しいとも思う、
けど自分から叱れないことがあるのは何故だろうか。

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そう感じる時に、
その人に対して自分の愛が足りていないのか、
自分が逃げているだけなのか、わからない時がある。
そこで、許してしまうのも違う気がしている。


然るべき時に “叱る” のはとても愛がいることで、
病める時に ”許す” のはとても無責任なことなのかもしれない。


だから
ダメだなと感じた自分と対峙してしまった時に、

君はそれでいいんだよと言う人が、
一番近くにいるのが、一番怖い。

周りからはそんなことないよと言われても、
一番近くにいる人が、一番叱ってくれないといけない。

家は、逃避できる場所ではなくて、
本当の自分から逃げられない場所が、いい。

そう思う。

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じゃあ、本当の自分って何?

"逃げ恥"ということわざがあるように、
逃げることだって、時には良いとされることなのではないか?


それもまた、とても複雑で、とても怖いことだ...


何をやっているか、何と関わっているか、
どこに属しているか、どう見られているか、
そういった “外側のもの” で、
自分の価値を思い込ませてしまうのはとても簡単だから。

“外側にあるもの” にしがみついても、
それは自分自身ではないとわかっていても、しがみついていたくなる。

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“本当の自分から逃げられない場所” と言ったけど、

大切なのは、
”本当の自分を知ることから逃げない” ことだと思ってる。


敵わないと思う敵が目の前に出てきたら、
それは時に逃げたっていいと思う。


けど、本当の自分からは、
逃げても、逃げても、逃がれられない。
またきっと、逃げた分大きくなったその自分自身と対峙してしまう。

傲慢でも、怠惰でも、捻くれていても、
それは本当の姿の、裸の自分だからこそ、
逃げずに、知ろうとしなければならない。

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それに気づくためにも、
叱ってもらえるというのはとても恵まれていることで、
誰かを叱ることもまた、
愛をもって本当のお互いを知ろうとすることなのかもしれない。

大切な人を気遣うことも、褒めることも、許すことも、
本当の自分を大切にしようとすることから、はじまるのかもしれない。


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“夫婦を超えてゆけ 二人を超えてゆけ 一人を超えてゆけ”


有名な曲の、この歌詞、深いなあ...

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