夏が咲っている。

 それがこびりついて剥がれない。一体どこに貼り付いているのだろうか。耳か、瞼かはたまた脳裏になのか。その全てのような気もするし、それ自体まったくの嘘で、全部わたしが作り出した幻影のような気もする。
 ぼうっとしていると鼓膜に嘘の潮騒が当たる。不快だと頭を振ると、何年も前に聞いた蝉時雨にチャンネルが変わった。期限切れの音が上半身を駆け抜けて、喉の奥に粘着質な唾液となって留まった。
 小汚い向日葵の花びらが、諦めるように垂れている。開きすぎた立葵が大袈裟に揺れている。暑さで腐った紫陽花が、翻った木槿を見上げていた。気が大きくなったわたしたちは大股で歩いている。
 知らない草原が風を受けて銀色に輝いている。右から左へ、平均的な少年が自転車を漕いで過る様子をカメラのようにじっと見つめている。あれが郷愁なのかと知らない夏に咲われた。

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