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コネチカットにさよならを

中年の危機に陥った男性の行動パターンは大体似ている。早期退職、妻との離婚、子どもとの不和……。『コネチカットにさようなら』はそんな中年男性の悲哀を描いている。
物語の舞台はクリスマスシーズンのアメリカ・コネチカット州ウェストポート。華やかさに欠ける地味な街並みは退屈そのもの。
主人公は金融会社を早期退職し、悠々自適の日々を送るはずだった。実際にやることといえば、出先で知り合った女性と一夜限りの関係を持つくらい。
仕事を辞めた理由を問われた主人公はこう答える。
「変えたかったんだ」

「中年男性」は不器用な大人の代名詞
半年前に離婚したばかりの妻は、もう別の男と暮らしていた。しかも、自分が建てた一軒家で。当然そこに主人公はいない。彼は別の家で一人寂しく暮らしている。
不満を募らせる相手は妻だけではない。息子は大学を卒業してもなお、薬物依存が原因で経済的に自立できない状態だった。
息子も暮らす一軒家はまだローンが残っていた。なのに手元に金がなくなり、友人に借金を申し出る始末。
踏んだり蹴ったりの日々を送る主人公。終始その笑顔は引きつっている。表情が緩むのは、息子が幼い頃の映像を見ているときだけ。成人した息子を目の前にすると、その笑顔は影を潜める。あまつさえ息子に「自分を頼るな」と言って突き放す。
素直になれない主人公の姿は、ままならない親子関係に悩む現実世界の大人を想起させる。

分かり合えない
家族からも友人からも見放されても、なぜか友人夫婦の息子だけには慕われていた。自分の息子と同じくヤク中ではあったが。
ある夜、友人夫婦のヤク中息子が主人公の元を突然訪れ、自分の隠れ家に誘う。『スタンド・バイ・ミー』の冒頭に登場する秘密基地よろしく、男たちが逃げ込む場所はいつだって梯子を登った先にある。ジュール・ヴェルヌのSF小説『海底二万里』に出てくるネモ船長の部屋みたいな隠れ家でクスリを決め、中年男とヤク中がたわいもない話に興じる。
隠れ家の主は、親に猜疑心を抱く子どもの気持ちを代弁する。
「“とにかく”。パパがよく使う言葉だ。ちゃんとした言葉か?」
ここで主人公は気づく。なぜ息子が自分から遠ざかったのかを。思わず「親になるってクソだな」とつぶやく。
2人が隠れ家を出た後、ヤク中息子が銃で夜空に打ち上げた光線の明かりで中年男の顔が赤く染まり、表情が微かに緩む。冴えない人生に一筋の光が差した瞬間だった。

話し合うしかない
些細な行き違いで家族愛を手放してしまう登場人物たちの振る舞いは、何事にも欲張りがちな現代人の日常と重なる。特に主人公の妻とその友人でヤク中息子を持つ母親は、現代人のステレオタイプとして登場する。
何か悪いことが起こると、彼女たちは他人を攻撃する。とにかくすべて男たちのせいにする。自らもトラブルの原因であることには無自覚のまま、自己中心的な行動を繰り返す。
たしかに男たちはだらしないし、情けないし、面倒ばかり起こす。それでも、ニコール・ホロフセナー監督の脚本は一方的に男性を断罪しない。それどころか、女性たちも反省すべきなのだと軽い調子で諭す。
男ってどうしてこんなに不器用なのかしら。でも結局のところ、問題を解決するには互いに努力するほかないのよね。
そんな声が聞こえてくる。

『コネチカットにさよならを』(原題:The Land of Steady Habits)
2018年、アメリカ。ニコール・ホロフセナー脚本・監督。ベン・メンデルソーン、イーディ・ファルコ、トーマス・マン、チャーリー・ターハン、コニー・ブリットンほか出演。

(標題イラストはタナカ基地による作品)

タナカ基地(Tanaca Kichi)
イラストレーター。1994年生まれ。セツ・モードセミナー卒業。最近はどれだけ手抜きで美味しいお弁当を作れるか研究中。初仕事は週刊朝日ムック『医学部に入る 2018』(朝日新聞出版)。
Instagram@tanaca202
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編集者。1982年生まれ。思いつきでたまに書きます。