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2024年9月 燕三条旅5

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 北三条駅前。車窓からも見えていたけれど、大きな広場があって洒落た外観の扁平な施設が大小二つ。素朴な色合いの木材が等間隔に配され構成された『三条スパイス研究所』という名前の割には、メニューがドリンクばかり?(あとで知ったことだけれど、カレー屋さんでした。もっと視野を広げましょう)今はお昼時。まずはご飯やさんを探さなくては。その向こうにあるどっしりとした外観の建物は、真新しい図書館。今は書よりもパンです。ただ首をぐるりと見回した感じ、飲食店の姿が見当たらず。駅前の通りには昔ながらっぽい佇まいの商店が『たばこ』の幟をはためかせている。自販機も外に整列。丁度、飲み物が切れたところだった。店内でも飲料が売っていそうだったので、ここはもちろん店内へ。冷蔵ケースからペットボトルの麦茶を手に取り、おばあさんの座るレジに持って行けば「120円」とのこと。お店の方からその土地の情報を得るのであれば、何かを買って接点を作るのが基本です。昔からそうしていました。「今このへんを旅してるんですけれど、近くにご飯を──」
「まだまだ暑いなぁ」
「えっ?」
「朝晩はいくらか涼しいけど、昼は暑いなぁ」
「そうですね。(気を取り直して)今このへんを旅してるんですけれど、近くにご飯を食べられるとこってあります?」
 何だか知り合いと間違われていたかもしれなかったけれど、この先を右に曲がって公民館の近くにラーメン屋が一軒あるとのこと。というか売り場の奥に目をやれば、品物棚手前の椅子の上で誰かが寝ていたけれど、これがこのお店の日常なのだろうか。とにもかくにも店主に礼をいい、冷えた麦茶を手に道を行きます。自販機ではこうはいきません。通りを歩き、でもどこで右に曲がるのか分からなくなったので、道行く年配の女性二人組に「公民館ってどこですか?」と尋ねます。そっちを真っ直ぐとのこと。旅人風の男が地域の人しか用がないであろう公民館ってわけがわからなかっただろうな、と思えたので、「公民館の近くに飲食店があると伺ったので」と聞かれてもいないことを説明し、先を行きます。燕市同様に道は赤茶けている。で、ようやくたどりついた飲食店。ちょっと日陰となった外観に少し嫌な予感はしたけれど、他に目についた飲食店もないので、えいままよ。三条はカレーラーメンなるものがご当地グルメのようだけれど、暑かったし冷たいラーメンを頼みました。うん。悪くはなかった。ただ、店主と女将さんの間に会話があまりなく、店内の薄暗さもあって、居心地はあまり良くありませんでした。ともあれごちそうさまでした。さて再び炎天下へ。先ほどの新しげな巨大図書館が気になったので少し戻れば、『まちやま』とう文字だけが浮かんだ感じの、自分が好みそうなアートっぽい名称表記。これだけで良さげな施設です。芝生広場を抜け、中へ入れば喫茶店も併設されている広々と図書館で。ここでカフェ飯でも良かったなぁ、と思いつつ館内をうろつき、お隣の施設へ。『三条鍛冶道場』はい、ここが目的地でした。初日の『こうばの窓口』において案内のプリントを渡されていて、ここでの鍛冶体験に惹かれたのでした。今日は鍛冶見習いをしようかと。
 中に入るとショーケース内に包丁やら鋏やら色々な鍛冶製品が飾られています。とりあえず受付の女性に鍛冶希望であることをお伝えし、和釘(わくぎ)作りとペーパーナイフ作りがあったけれど、神社建築に使われている和釘に興味があったので前者で。荷物をロッカーに預け、耐火っぽいエプロンとアームカバーを装備し、鍛冶場の前へ(トップの写真です)。ばりばりの職人さんが出てくると思ったら、若い男性。聞けば19歳。ただ火や工具の扱いは手慣れておりました。5本の小さく細い四角柱──鉄棒を熱して叩いて、5本の和釘を生み出します。まずは先生の実演。和釘の頭はへにょっと直角に曲がってます。頭とする部分を石炭より純度の高いコークス山積みの炉にやっとこ(掴むことを目的とした鋏のような形状の工具)で、突っ込んで焼けて赤くなるまで待ってから、金床の角を使って、ハンマーで叩いて曲げていきます。硬いはずの鉄が、見る見るうちにひん曲がっていく。これで釘の頭は完成。お次は尖った先端部。熱して正面を二回、側面を二回という具合に交互にハンマーで叩いていく。それを何度か繰り返していくと、尖りが形作られていき、最後に微調整をすればやがては釘となる。じゅっと水の中に突っ込んで一丁上がり。というわけで次は自分。やっとことハンマーを渡されます。ときおり先生に手と口を出してもらいつつ、和釘を作っていく。先端部が細くなれば細くなるほど熱されやすくなるので、炉に突っ込んでちょっと放置していると、釘が燃えて花火状態になります。あぁでもこれはきれいだ。和釘作り。肝心なのは一つ一つの工程を覚えるのと、あとはハンマーの扱いでしょうか。ハンマーの中心の感覚がわかってくると、思うように叩けます。そうして4本目からは巻頭(まきがしら)なる和釘を作ります。釘の頭を薄く丸く伸してそれをロールさせて、T字型を形作る和釘です。先端部は今までと同じだけれど、頭部はやはり難しい。思うように鉄が伸びていかないし丸くならないし、それをまたくるっとロールさせるってのも難しい。が、5本目を終えて、「初めにしては上手くできてますよ」とお褒めの言葉をいただきました。最後に新聞紙にくるんだ5本の釘をもらい、ありがとうございましたと鍛冶場をあとにします。その後も館内で三条の鍛冶の歴史を学んだり(包丁の藤次郎同様、農閑期に農民の方々が副業として始めたのが三条鍛冶の起こりのようで。農閑期、大事)、伊勢神宮に納品した和釘を眺めたりして受付にお礼を伝えます。ついでに「ちょっと伺いたいんですけど、このへんに美味い飲み屋ってあります?」と、受付内の男性に抜け目なく質問。そしたら受付から地図を手に出てこられて、入り口に一緒に立ち、三条の町並みを眺めながら教えて下さりました。このときの解説が、すこぶる良かった。ちょっと言葉選びに齟齬はあるかもしれないけど、書いてみます。
「三条の人が東京に出張行ったときには銀座とかで接待を受けるんですけれど、逆に東京の人が三条に出張されてきたときには、あっちの建物の向こうに屋根が少し見えてるんですけど、あそこには東本願寺の三条別院があって、あのお寺からまっすぐ伸びる道には昔から料理屋が集まっていて、あのあたりの割烹なんかでおもてなしをしていたんです。というわけで、お寺の前の通りなら古くから美味しい店が集まっています」という歴史を根拠とした飲食店を教えてくださる。それだけじゃない。「実は今日、燕三条駅で泊まるか、このへんで泊まるか考えていて良さげな宿は」と問えば、
「燕三条は20年くらいの比較的新しい街でチェーンのきれいなホテルが多いです。そしてここ三条にはいわゆる地元資本のホテルが二軒あって、その他だと(地図を指さしながら)ここは古くからの旅館で、お洒落というのは違うんですけれど、古風な建築等が好きな方でしたら、テンションが上がると思います。それと少し離れた川向こうには、昔のお金持ちが別荘として使っていた建物があって、そこをホテルとして改築したので、そっちも面白いと思います」という感じで、聞かなければ見逃していただろう宿の情報が。どっちもまずはその前まで行ってみようと決める。「昔は生活地から外れたところに駅が建てられていたので、実はこのあたりが三条の中心地で、戦争で焼かれることもなかったので町並みも昔のままなんです」そんなん聞いたら、新しいところよりも昔の人の息づかいを感じる町が好きな自分としては三条に泊まるしかありません。オススメの料理屋の名前もメモり、ありがとうございますと三条鍛冶道場をあとにします。いやー、やっぱ旅先では人に聞くのが一番だわ。

 とりあえずオススメされた宿二軒、古くからの旅館にまずは行ってみる。古風な旅館。会津のほうで文化財になっている旅館に泊まったことがあります。建築は非常に興味深かったけれど、おそらくハウスダストで鼻水が止まらず、夜中でも鳴る柱時計のボーンのおかげでろくに眠れなかったみたいな記憶あり。だから古風な旅館はちょっとした賭けになるのだが……。玄関前までやってくる。スリッパは並んでいるので、やってはいそうだが、外から見える帳場に人は見当たらず。とりあえずもう一つの別荘を改築したという宿も見に行ってみますか、というわけで三条の町中を歩き大きな川を越えて、先ほどもらったざっくりとした地図を目安にしていたので橋向こうでは結構迷ったけれど、めっかりました。大きな看板の横の道を抜けていけば、木に遮られてはいるけれど、ちょっと洋風っぽい感じの建物。玄関は開け放しになっていて、ちょうど館主らしき男性が通りかかり目があったので伺えば「今日は準備ができていなくて」と申し訳なさそうに。そりゃそうです。15時過ぎに泊めてくださいなんて、まぁだいぶ無理な話です。であるならばと退散し、最初の旅館へ。ただこちらも飛び込みできるかどうかは分からない。というか旅館探しの道のりは片道1kmで、猛暑のなか陽を浴びながらの移動は結構堪えます。で、最初の古風な旅館に戻ってくる。玄関に先ほどと変化はなし。とりあえずガラス度を引いて中へ。「ごめんくださーい!」も手慣れたもの。が、返事はなし。鍵は開いているが無人、なんてことはないだろうと並べてあるスリッパをお借りし帳場の前へ。中は暗い。人はいない。廊下は細長く、けれど掃除はされていて「あぁ、この感じだな」と。「ごめんなさーい!」と何度か叫ぶ。勝手に上がって図々しいもの。でも反応はなく。じゃあ仕方なし、とあきらめるわけもなく。その場でgoogle mapから電話番号を調べて、即電話を鳴らしました。数コールで女性が出られる。「ごめんなさい。今玄関におります」と告げると、奥から出てこられました。怪訝な表情のご年配の女性。「すいません。今日って一名泊まれますか?」と尋ねれば、困惑のご様子。この感じは難しいか?「素泊まりですか?」と返ってきたので「はい、ご面倒でなければ朝食もいただければ嬉しいですが、素泊まりで大丈夫です」と率直なところを述べます。「何の準備もできていなくて」と、飛び込みが迷惑というのではなく、十分なもてなしができないことに困っている様子だったので「いきなりであることは承知しているので、何のお構いもなくて大丈夫ですので」と畳みかけます。であるならと素泊まりで受けて下さる。やったー。まずはお部屋のクーラーをつけてきますねと奥へと行かれたので、その間自分は宿泊者名簿に記帳をしつつ待ちます。古い設えの建築を見回し、今日こういった旅館に泊まることになろうとは、と口元むずむず。
続→

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