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さよなら小説工房わたなべ旅2(てづバ大阪旅日記)

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 以前なら他のお客さんともつかず離れずの位置に腰掛けていたが、まぁコロナだし旅先だし、と端っこの席に腰を下ろす。というかカウンターだけのお店で、そのカウンターがかなり年季の入った黒い鉄板になっているというスタイル。いや、もうたまらん雰囲気ですわ。まずは女将さんに中生を注文。さくっと食べられるの何だろうということで、店のあちこちに貼られた茶色く染みた短冊──メニューを眺め、ゆず大根。それからっと、もうさっきから広島焼きの文字が頭から離れないので、大阪来てるのにそれで。ほどなくして中生。店内に溢れる関西弁。ええ心地です。二つ隣の席に他の客さんたちが来られたが、お好み焼き屋って随時換気扇回してるし、まぁ単純な飲み屋よりは良いかなと。頭上を仰ぎ見れば、油で茶に染まった通風口みたいなの。日焼けした招き猫の髭には埃がたまり、話し振りからそれと分かる常連さんたち。鉄板の上、鍋で煮込まれているモツ煮込みなんてのもありました。あぁ、美味そうだ。完全に当たりの店だ。コロナでこういったお店からは遠ざかっていたが、鼻はまだ鈍っちゃいません。そうして大将が向こうの鉄板で焼いてくれてる広島焼き……は何だかすごく大きいのだけれど。一人前だよね。そうして卵が下敷きになり、裏返され、運ばれてきた広島焼きは直径30cmはありそうな感じで。これで900円ってうせやろ。あとで焼きそばとかも食べようかと思ってたけれど、これ一人でいけるかな。まぁお腹すいているし、何とかなるかと切り分けられた広島焼きを一つすくいます。うまし。キャベツの水気がもう少し飛んでたら良かったけれど、いいお味です。チーズ焼きといった、薄い生地にチーズを焼いただけの名物料理があるようで、注文が立て続けに入っている。ほう、ハーフサイズなんてのもあるのか。そうこうしているうちに、隣のお客さんがまた一人増えた。皆さん関西弁。耳に美味しい。というかこの量に、中生じゃ足りんな。大生を追加。女将さんがビックリされていたように見えたけれど、「こいつ意外に飲むな」とでも思われたんだろうか。

 で、一切れずつ一切れずつへらで皿によそっては、口の中へ。半分くらい行ったところで、あぁ、これキツイなぁと。女将さんは無理だったらタッパーに入れるからと言ってくれるが、持ち帰ったところで食べるのは自分だからなぁ。こういう酒場なら──、箸つけたわけじゃないし──、と思いつつ、残り二切れ。もう無理。と、機を見るに敏。お隣の会話がちょっと一段落したタイミングで、そっとお声かけ。もう一人で食べられそうにないので、よろしかったら二切れ食べませんか? と。快く応じて下さった。感謝。そのまま、イベントの遠征で東京から初めて大阪に来て広島焼きを頼む阿呆ですとか何とか話す。ほんとは、こういったときに大いに気炎でも揚げたいのだけれど、まぁお腹いっぱいだし、コロナだし、控え目にしておきましょうか。そしたらお隣さんのお友達がさらに増え、席がぎゅうぎゅうになってきたところで、ビールを飲み干し、マスクをつけて立ち上がる。お愛想です。最初に書いた通り自分は端っこの奥の席に座っていたので、手前の方々が立ち上がって体を引いたり、カウンターに寄りかかって入口まで通して下さる。「すいません、何か大名行列みたいで。……下ぁにぃ~、下に!」とか言っちゃう。飲み屋でこういう適当は割とたくさん出てきます。そうしてお会計。3000円ちょいだったかな。とても安かったし、多かった。もしまた大阪来ることがあったら立ち寄りたいものです。そのときは煮込みに、チーズ焼き、それから焼きそばも食べたいなぁ。

 てなわけでほろ酔い加減ですぐそこのホテルに戻り、台風のことを調べたら、明日は午後4時から新幹線が運休と情報が更新されていて、自分の元々予約していたのぞみでも帰れることが判明(当初は午後から運休とのことだった)。え、でも、急いで午前の切符も予約しちまったけれど、どうすんのこれ状態。まぁ、明日も電話が繋がらないだろうし、新大阪駅の店舗に直接相談に行きますか。自然災害が相手だから難しいだろうけれど、午前か午後の切符、どちらかキャンセルできたらいいなぁ、と。そんなこんなで今日も広々とした大浴場に浸かり、キャンセルにならなかったら、急いで予約した分の切符代がパーだなぁ、と心配しつつも、眠りにつく。おやすみなさい。

最終日

 相変わらず朝食がうまい。メニューも昨日とは少し異なっていて嬉しい。たこ焼きまでありました。さて、相変わらず気を揉んでいるのは帰りの新幹線。とりあえず窓口のある新大阪駅まで行かなければ相談ができん。ので、ホテルを発ちます。2日間、ありがとうございました。いい宿でした、ソビアルさん。
 と、新大阪駅へと向かう前に、どうしても立ち寄っておきたい場所がありました。というわけで本町駅で途中下車。商売道具をころころ言わせて向かったのは、トップの写真の通りの住所、大阪府中央区久太郎町四丁目渡辺へ。渡辺です。久太郎町(きゅうたろうちょう)四丁目は番地が四つあって、1番、2番、3番、渡辺、という感じになってます。えぇ、数字の番地ではなく、とても珍しい苗字の番地です。そうしてその番地の3号(渡辺-3)に鎮座まします坐摩(いかすり)神社へ。通称ざま神社です。

 坐摩神社。元々は現在の天満橋あたりに鎮座していて、そこの町名が渡辺町でした。そしてそこに定住した人たちが「渡辺」を名乗るようになりました。平安時代の武将、鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつな)が、渡辺姓の祖とも言われています(ちなみこの方のおかげで、渡辺姓はその名だけで鬼が逃げていくから、節分でも豆を撒かなくてもいいと言われている)。しかし豊臣秀吉の大阪城築城にあたって、この地に遷座することとなり、町名とともにご引っ越し。その後1989年に区の合併で渡辺町の名が消えかけるも、神社の宮司である渡辺さんや全国の渡辺さんの働きかけにより、例外的に番地という形で「渡辺」という名が残ることになったのだとか。

※詳しくはこちら→https://www.nikkei.com/article/DGXLASIH24H0A_U6A220C1AA2P00/

 つまり、この地名こそが渡辺姓の発祥であり、坐摩神社が「渡辺」の名を護ってきたとも言えます(渡辺さんたちが護ってきた神社でもある)。というわけで、この旅ではどうしても立ち寄っておきたかった神社です。別に中の人の姓が変わるわけじゃありませんが、小説工房わたなべにお別れを告げるにあたってご挨拶を。
 街中にあっては、広々とした境内。重厚な社殿。参道を進み、手を合わせます。目を閉じ、何やらご挨拶めいた言葉を思い浮かべましたが、よしました。もう、何も思わずこのままの心の有り様を見ていただこう、ということを思う。言葉は人間が、音や記号に意味を付与しただけに過ぎません。あるのはただ──。

 そうして境内を散策。由緒書きで御祭神に「綱長井神(つながいのかみ)」とある。渡辺姓の祖と言われる渡辺綱。綱。関係があるのだろうかと気になり、まぁネットで調べたら一発だろうけれど、聞くは一時の恥、聞かぬは──と、社務所のピンポンを鳴らす。「安直な考えの質問なのですが……」と前置きをしてから尋ねる。社務所の方いわく渡辺綱と関係はなく、井戸の綱の神様とのこと(神はそこにも宿るか)。そうして表には出していなかった坐摩神社の小さな冊子をいただく。ほら、ネットじゃこれは手に入らなかった。やっぱり手軽に調べるよりは、聞いたほうが楽しいのであります。ありがとうございました。
 さて、最後にもう一度礼をして、坐摩神社をあとにします。そうして離れてから気づく、そういや社殿の写真撮らなかったなぁ。まぁでも、参拝時の意図しない心持ちとしては、それで良いでしょう。

 そうして新大阪駅へ。帰りの新幹線どうなる問題は、あまりこまごまと書くようなことでもないので手短に。窓口めっちゃ混んでる、20人待ち、でも痺れを切らして立ち去った方が多く一時間弱で自分の番に。午前の切符はネットでの申し込みだからキャンセルは後日担当者の判断に(まぁ返金になったら嬉しいが、全額払っても仕方ないかと思ってる)。ただ元々の切符を無償で早い時間帯の便に振り替えてもらい、昼過ぎの大阪発としてくださった(台風どうなるかわからんから早いほうがいい)。
 出発まで二時間ちょい。万博公園の太郎サに会いに行こうかとも思ったが、時間的に厳しい。じゃあ駅でのんびり何か食べて帰ろう、とキャリーケースとともにうろちょろし、551のレストランの列にこれまた並ぶ。ていうか連休と台風の影響で、新大阪駅かなり混雑してた。551ではあろうことか定番の豚まんを頼まず炒飯と餃子に決めました。炒飯は美味かったけれど、餃子は皮同士がくっついていて、剥がすときに破れるわで少し残念。やはりここは定番の豚まんにしときゃよかったか。
 食べ終えても時間は余り、駅構内は人でごった返しているので、あとはやや蒸し暑いホームに上がって、相変わらず電話の繋がらない旅行会社の窓口宛にキャンセルご相談のメールをちまちまと書いて時間をつぶしてました(南米系?外国人観光客の団体。マスクせずに喋りまくってて、日本人はほとんどみんなしてるのに、とげんなりしました。そうして列車到着時、黄色い線の内側に下がらず何度も注意されていた)。
 ただ新幹線に乗り込めば快適で、指定席でも満席かと思いきや自分の隣二つはずっと空席で、窓の向こうに大雨を見ることはあっても、一切雨に打たれることのないまま帰京することができました(窓ガラスを横にうねうねと流れていく雨がまるで生物のようで見入ってました)。
 最後のほうは人混みやらでかなり疲弊したし、台風の影響もあって観光する時間もあまり取れなかったけれど、それでも昨夜のお好み焼き屋と坐摩神社だけで、何だか旅を満喫できた気分でした。新幹線内では気になっていたシンカンセンスゴイカタイアイスも食べたし。
 それではまた次の旅でお目にかかりましょう。アイお世話!

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