【読書記録】弥栄の烏（阿部智里）

【あらすじ】
山内の朝廷の実権を掌握した若宮。彼に仕えるに雪哉は、全軍の参謀役となった。ある日、大地震で開かれた禁門の扉の向こうに「人喰い大猿」が現れ、ついに猿と八咫烏の最終決戦が始まる。若宮は記憶と名前を取り戻し、真の金烏となれるのか。山内の命運はーー？（あらすじより）

【感想（ネタバレあり）】

数年前から追っている阿部智里さんの八咫烏シリーズの6作目にして第一部の最終話を久々に再読。

時系列的には玉依姫と同じ＋そのちょっと後くらいまで？

玉依姫は志帆ちゃん側から見たストーリーがメインだったけど、弥栄の烏はそれを山内側から見た話＋大猿との因縁の対決という感じ。

玉依姫でも若宮や真赭の薄が出てくるんだけど、その心情とか山内側はどうなってるかは全くわからなかったから、その答え合わせのような気持ちで読んだ。

これ、みんな本当にしんどいんだよね…

特に雪哉が本当にしんどくて、一番の理解者である茂丸が山神に呪い殺されてしまって、本当に辛いはずなのに、全軍の参謀役として、若宮を、家族を守るために非情に見えるほど冷静に、冷酷に判断を下していく。

これまでの茂丸との友情や垂氷の家族を思う気持ちがきちんとえがかれているだけに余計に辛い。

宿敵の大猿を根絶やしにするため、女子供を囮にし、大猿を害虫の卵に例えて駆除しろと切り捨て、女猿、子ども関係なく鏖殺するよう軍に檄を飛ばす。心を無にして、化け物になって、大猿を掃討する。空棺の烏のときから、化け物感出てたけど、こんなに無慈悲で非情な判断をするように、せざるを得なくなっていようとは…

最後、八咫烏が過去に大猿の恨みをかうような出来事があったと明かされ、若宮がそれを後悔し、償いをしたいと言ったときに、雪哉が今まで押し込めてきた感情が一気に爆発して、痛々しくて見てられなかった。

例え過去に烏側の過ちがあったとしても、茂丸の死の原因をつくり、家族の生命を脅かした大猿たちに償いをするなんて、自分が大猿達を殲滅したことを後悔するなんて、雪哉には到底認められないし、認めるわけにはいかなかっただろうな。

最後、山内に潜入していた子猿が雪哉を殺そうとして、逆に斬り殺されるんだけど、その時に「ヨータ…」と言って死んでしまう。雪哉は絶対、3巻で出てきた子猿の兄弟の片割れだと気づいているよね。そして、自分の弟である雪雉と重ね合わせて、自分が殲滅させた猿にも親兄弟がいたことに思いを馳せて、罪悪感に苛まれたんじゃないかな。本当にあのかわいかった雪哉がどうしてこんな目に…

最後は暗闇の中にずっといた雪哉の時間が進むような、救いのあるラストでほっとした。

若宮も辛いよね。真の金烏として生まれたのは若宮のせいでもなんでもないのに、過去の真の金烏（＝自分）が大猿にしてしまったことを突きつけられ、責められ、復讐のために八咫烏たちを危険な目に合わせられてしまうという。

しかも大猿曰く、元々いたその土地の山神として八咫烏は、京都から新しい神がきたときに捨ててしまい、100年前の事件で新しい山神の眷属としての八咫烏も捨ててしまったから、今の若宮は完全な力を持っておらず、絞り滓のようなものであり、都合の悪いことは忘れて本来の役目を放棄し、山内の中でのうのうと生きてきた裏切り者とのこと。

大猿を化け物にしてしまったのは過去の真の金烏であり、それが巡り巡って八咫烏たちを大猿の餌にすることに繋がってしまったという絶望。民を守りきれなかった後悔。真の金烏って辛い役回り過ぎる…

でもそんな若宮に浜木綿が見方を変えるような声をかけてをあげて、最終的には姫宮も生まれて、若宮も普通の八咫烏のように幸せに過ごしていて、今までの八咫烏の世界がなくなってしまうのは淋しいけど、なんだかこれでもいいのではないかな、という終わり方だった。

ストーリーの本筋とは逸れるけど、澄尾の恋心も切なかったな。まさか澄尾が真赭の薄に思いを寄せていたとは…！それでいて、平民出身でわきまえざるを得ない澄尾は真赭の薄と雪哉の縁談を奨めたり、真赭の薄の身の安全のためにわざと嫌われるようなことを言ったり…

山神の呪いで全身にひどい火傷を負って武人としては生きていけなくなり、寝たきりで呪いが解けるのを待つしかないときに、思わず「手を、握ってはくれますまいか…」と口からこぼれてしまった澄尾、言ってしまった後にしまったと、苦笑するような表情を見せる澄尾…お前なんて健気でいい男なの〜

思いを寄せられていた真赭の薄は今作でめちゃくちゃいい女に成長した。
「これは『何が私に出来るか』ではなく、『わたくしが何をするか』という問題ですもの」と、「男は引っ込んでいなさい」と茶目っ気たっぷりに言って、山神のもとに向かった真赭の薄めっちゃかっこよかったなーー

山内の秘密は解き明かされたけど、新しい山神は１代限りだろうから、神の荘園としての役割を終えて滅びてしまうのかな？と思う。となると、第二部はどんな話になるんだろう？