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「今と未来を生きる」 2年・須藤友介

大学サッカーってどのようなイメージを持たれているのだろう。
プロに行けなかった選手がラストチャンスとしてプロを目指すところ、サッカーを捨てきれなかった奴らが何かを達成しに足掻くところ、大学に行ってまでサッカーをしているむさ苦しい集団、こんなところだろうか。

いや、もしくは存在すら知らないかもしれない。私だって幼い頃は高校までがプロ以下のカテゴリーであると思っていたし、大学サッカーがあることさえ知らなかった。

きっとあんまり知られていないんだろう。でも、我々のように最後のチャンスとして、最後の舞台として4年間を自ら捧げにいく大学生が一定数いる。そのうちのひとりである今の自分だからこそ書ける考えを綴っていこうと思う。

大学生の4年間って何ができるだろう。留学に行って言語をマスターして今後の人生に活かすこともできるし、バイトをして金を稼いで飲んで騒いでブランド品を買い漁ることもできる。インターンに行きまくって就活の準備を早めから始めたり、リュックひとつで世界を見て回ることもできる。きっとなんでもできる時間がこの4年間なんだ。20歳前後の若者が、今を楽しく生きるのも良し、将来のために能力を身につけるのも良し。きっとそこには絶対的な正解なんかはなくて、それぞれが描く正解の中でどのように自分が生きるのかを選択し続ける時間。それがこの4年間なんだろう。

その4年間を、私はサッカーに捧げる選択をした。『大学でもサッカーをやるなんて偉いね。』って言われることがある。私は思う。一体何が偉いんだろう。我々の生活は忙しい。自由な時間が多いとは言えない。ただ我々は自らその生活に飛び込んで、様々な犠牲を払うことを自ら望んだ。なぜか偉いといってくれる人がいるが、この4年間をサッカーに注ぐことの何が偉いのだろう。14年間サッカーを続け、その費用は全額親が負担している。成人を迎えた今でもバイトをして自分で生活する時間的余裕はなく、そのくせオフになると遊びに出かける。バイトをしてそのお金で好きなことをしている人の方がよっぽど偉い。だって私は自分が好きで選択したサッカーを毎日しているだけなのだから。

大学で4年間サッカーをして何になる。「私は4年間サッカーをしていてあんなことやこんなことができたんだよ」。これを10年後自慢したところで何になる。将来プロ選手とは違う職業に就くお前にとってこの4年間は何の意味がある。もっと良い選択があったのではないか。というか、今でも新しい選択をするチャンスがあるんじゃないか。
そんなことは分かっているのだ。でもここに入りたい。最後に4年間サッカーをしたい。それを選択したからここにいるのだ。理屈では表せないサッカーへの執着心が私をここに残すのだ。

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高校生のころは良かった。FC町田ゼルビアユースという誇れるチームでただひたすらにサッカーで勝つことだけを考えていれば良かった。暗闇で自販機の明かりを囲んで食べたお弁当や、どんなところでも応援に来てくれるサポーターの皆様の姿や声。格上を倒して感動を共有し、でも結局負けて泣いた日々。俺らならもっとできるはずだ。もっと上手くなろう。練習しよう。そんなあったかい思い出が蘇るが、ただそれだけで良かったのだ。

大学生になった今、本当にそれだけで良いのか。あと2年もすれば社会に出る。今後の人生はどうする。サッカーだけしていれば良いのか。何かサッカーをしながらできることはないか。今だからこそ、今じゃなきゃできないことはないか。「お前の存在意義は何」。そう問われ続けるし、自問自答し続ける組織の中で、自分の人生と向き合うという行為の大切さを私は身にしみて感じている。

私に何ができるか。そう考えた時に、プロモーション活動を選択した。早慶戦前は早稲田の広報担当として多くの時間を費やし、今はマスコット・アルフの責任者として新しいア式の価値の創造に務めている。もとより新しい何かを企画し、生み出すことが好きだった私はこの活動が楽しくて仕方がない。

冒頭で大学サッカーが知られていないのではといったが、もっと知られるべきだ。ア式にはいろんな背景をもっている人間がいる。大学の講義で、日本人はスポーツにおける「頑張ったね話」が大好きだと聞いたが、まさにそんなストーリーなんてごろごろ転がっている。もっと知られて欲しい。もしかしたら自己顕示欲と承認欲求なのかもしれない。我々を知って欲しい。し、この活動はきっと将来の自分のためになる。必死にプロモーションして早稲田ア式を大きくすれば、書ききれない価値が出る。そして自分にその能力があるのか。早稲田ア式というブランドを使って挑戦できる。過程でいろんな人と出会える。ただ一方的に、「頑張っているんです。知ってください。」と言っても効果がない。硬い体育会のイメージを少し砕き、ちょっとでも多くの人に届くような企画を作る。「え。そんなことやるの」「意味ないんじゃない?」なんて何回思われたかわからないけど、我々を知って得などない方々に知ってもらうためには、名前も顔も知らない選手のかっこいいプレー集を垂れ流したところで見てもらえない。くだらないことか何かを叩くことがバズる社会で、それとは違う何か、我々にしか提供できないこと、かつ世の中受けするものを模索する。この活動をするという選択。楽しくて仕方がない。そういや高校までにこんなこと考えたこともなかった。あぁこれも大学サッカーの醍醐味かもしれない。

これまで活動してきて、サッカーに100%じゃないよね。逃げ。諦め。いらない。選手やめた?と言われてきた。サッカーとプロモーションそれぞれ100%ですと言っても分かってもらえないことが多々あった。言うまでもないが、あえて補足する。サッカーが軸だ。ここにいる部員全員がそうであるように、試合に出たいし、自分の力で早稲田を勝たせたい。そう思っていなければ、私はここにはいない。自分の中でこの気持ちが整理できているからこそ、なんと言われようとピッチ外とピッチ内で結果を出す。そして見返してやる。

私のサッカー的な話を少しするが、FC(社会人)登録選手として6月頃まで試合に出していただき、大学に入って初めて良い感触を掴むことができていた。その後早慶戦の前の1ヶ月からAチームに定着し、メンバーには漏れたものの、自分はやれる。はっきりとした光が見えていた。早慶戦が終わり1週間後、関東リーグ登録もと思った瞬間に怪我をして2ヶ月半の離脱。中学以来の長期離脱。ちょうど真夏に入った頃。ピッチではみんなが身体を追い込んでいる。怪我をしていなかったら私はどうなっていたのか。私だったら今はこうしていたな。と、ピッチ脇で走ることもできない左足を抱えながら流れていった夏。そして復帰しそうな今。これがざっとした私の近況である。

ここまで長く書いたが、まとめるとこんな感じだ。

私はこの4年間で「今を生きる」と「未来のために生きる」の2つの生き方を両立させる。

「今をいきる」に当たるのはサッカーだ。私のサッカー人生はあと2年しかない。人生を振り返れば本当にサッカーしかしてこなかった。朝から晩まで親友とPK合戦し続けた小学生の頃から今の今まで、ずっとサッカーだった。数えきれない人々と出会い、多くのことを学んだ。半端ない額を親に負担させた。あと2年しかない。早稲田で輝くために、よく頑張ったって思えるように私はサッカーで今を生きる。

「未来のために生きる」とは主にピッチ外。プロモーションもそうだが、大学での勉強や最近始めた英語の勉強もそう。サッカーの時間がより良いものになるために、サッカー外の時間で蓄えておこう。

1日は24時間しかない。私はこれからの時間で何を『選択』するのか。

これを考えるということが、大学サッカーなのかもしれない。


須藤 友介(すとう ゆうすけ)
学年:2年
学部:スポーツ科学部
経歴:FCトッカーノ(杉並区立杉森中学校)→FC町田ゼルビアユース(成城学園高校)
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