「VTuberのお気持ち表明」に対するお気持ち表明

今日は濃密な「オタクのお気持ち表明」が2つも収穫された。うち一つはVTuberに関するもので、その熱量と憎悪と諦観の強さから、けっこうな話題になっているように観測される。

ただ、お気持ちは表明すると100%自分が辛くなる。正直自傷行為と大差ない。無論、代償行為としての自傷はあって然りではあるけど、だからといって是とするのもなんかいやだ。特にVのオタクのお気持ち表明。あまりにウェットすぎて見ていられないことが多い。

そんな感じで今日は居ても立っても居られなくなったので、VTuberのお気持ち表明に対するお気持ち表明をしておく。これも一つの自傷行為だ。

広く見れていますか

だいたいこの手のお気持ちを表明する人はひとつの傾向がある。にじさんじとホロライブを仮想敵に定め、登録者数1000人もいかない配信寄りの個人勢を小馬鹿にしがち、ということだ。そして当人は、にじホロの直下にあるような箱や単独VTuberを好む、あるいは好んでいたことがあることが多い。これはもう読書感想文を見る先生のように何度もお気持ちを見てきたのではっきりとわかる。言い逃れは出来ない。

他人の趣向にケチをつけると地獄に落ちてしまうのだけど、こうした人達が見ている「VTuber」っていうのは意外と狭いスコープに閉じている。やれ「配信主体の売り込みが~」だの、「RPがなってない~」だの、いろいろ言うその人のスキなVは意外と配信メインのスタンダードな人だったりする。それで「これではVTuber業界はおわり・・・THE END・・・」とか言われても、そりゃお前井の中の蛙としか思えないわけですよ。

星宮ととのステージを目撃したか? ナギナミの物理的質感を知っていますか? レオン・ゼロミヤの企画はくまなく見ましたか? マシーナリーとも子が銭湯に広告を張り出したニュースを耳にしましたか? memexのライブは目に焼き付けた? NeosVRで遊んでいるクラスタには接触した?

「こういうVTuberおらん」と嘆く人ほど、その実見ているスコープが狭い気がする。小説家になろうと一緒。「こんななろう小説ウケるやろw」とのたまう人ほど、現行のなろうトレンドをロクに知らない。

ワンパになったと嘆く前に、自分の視野を広げられるかどうかは確認しておくべくだと思う。ただ、「にじホロのような配信」が現在のVTuber業界のメインストリームであることは否定しない。

いやなことでもあった?

発端になった上掲記事は、思想には共感できないが、感情には共感できる。「疲れたファンの文体」だからだ。比較的「自分は偏見を抱えている」という認知を得た冷静な文章だが、その体はおそらく傷だらけだろう。

そう推測できる理由は、文中に「電脳少女シロ」の名が何度か登場し、わざわざ楠栞桜について詳細な言及を行っているからだ。おそらく、この書き手は.LIVEの真摯なファンで、しかし夜桜たまの騒動で疲弊し、その末に箱のファンからは離れた身だろう。

正直、あの騒動は外野から見ても悲痛なものだった。ドル部のファンとして体験したのならば、その心痛は察するに余りある。その時受けた傷がもとで、それまで感じていたVTuberへの好意が反転する可能性は十二分にある。

負の感情にまかせたテキストというのは基本的に冷静さを欠く。書き手の私見のみならず、偏見や差別なども浮き彫りにするほど、その筆致は必ず荒くなる。必ずだ。

もし、VTuberを追ってて特大のいやなことにぶつかり、なにもかもイヤになってしまってその感情をテキストとしてぶつけようと思い立ったのなら、一回思いとどまった方がいい。そのテキストは高確率で炎上し、傷口はさらに広がる。

その感情は口から、音声として、誰かに酒の愚痴にでも発散させるほうがはるかに健康的だ。負の感情をテキストとして起こすと、まがりなりにも理屈付けを行ってしまい、感情の出自がわからなくなってしまう、というのもある。

お前はプロデューサーではない

特に気をつけるべきは「僕はこの業界を憂いている!」という主張に駆られたときだ。そういうお気持ちを表明したい衝動に駆られたのなら、いますぐ北極海に飛び込め。頭を冷やして冷静になれ。

大前提として、ファンは業界にとっては究極的には外野だ。いくら想いを重ねようと、ファンが業界の運命を左右することなどないし、左右させるようなことはよほどの例外を除いてあってはならない。

「でも声を上げなければファンが離れてしまう!それでいいのですか!」という声もあるだろう。でも、ファンが離れてコンテンツが滅びるようなことがあっても、ただ単に「それまで」なのだ。ファンを維持できなかったコンテンツの末路は終わりであり、終わりは必ずやってくる。その終わりに対してファンは完全に無力で、涙を飲んで受け入れるほかない。これが基本だ。それを覆す手段が、現代だとたまたまいくつか存在するだけにすぎない。

この終わりを受け入れられず、そして「自分ならなんとかできる」という傲慢を抱いた者から、在野のプロデューサーというモンスターに変じてしまう。はっきり言ってそれは害獣であり、インターネット村八分の対象だ。村八分にあったモンスターの行き先は、同じく村八分にあったモンスターが隠れ住む魔窟しかない。そこまで追い立てられたものは、正気でいられるはずがない。コンテンツの終焉以上の悲劇だ。

ただのファンであるならば、プロデューサーヅラすることは絶対に避けるべきだ。怒りに任せて業界を憂うのは破滅への一歩だ。酸いも甘いも含めて、業界の、そして応援している人の歩みを見守る。それが、「狂ったファン」に堕ちないための唯一の自制だ。

それでももし、指をくわえて眺めるだけでは悔しくてたまらないなら、自ら業界に飛び込み、プレイヤーとして関わっていくほかない。これは極論ではない。道理だ。


僕自身が、VTuberのお気持ち表明に抱く感情はだいたいこの3つだ。

これを踏まえた上で上掲の記事をあらためて眺めると、まず相当にイヤな目にあったことが推察され、その心境には同情する。

ただ、見ているVTuberのスコープはやはり狭いよう(もっというとメインストリームに寄っている)に感じられるし、おそらくこの書き手自身も「リアリティーショー」と形容してしまうような、「人と人とのやりとり」を集中的に"見てしまって"いたように思える。当人は「人とキャラクターとの融合」を観測したいにも関わらず、だ。その行為の「醜さ」に対する、一種の自罰感情が吹き出てしまい、このような長いテキストを象っているような印象を受ける。

とはいえ、この方は「自分の偏見である」という補注を何度か入れていて、そこは個人的には評価したい。自罰感情を恥じらって主語をデカくすることは往々にあるが、主語を自分ひとりに集約させようという努力はまず大事だ。お気持ちはアジテーションであってはならない。ドがつくほどの偏見とワガママであることを、可能な限りオープンにしたほうが、まだいい。

総じて、自ら受けた傷を、界隈から離れて得た余裕も頼りにしつつ、(おそらく先のテラスハウス事件の反応に対する)半ば衝動的な怒りによって癒そうとしている。そんなお気持ち表明に感じられた。道中の論旨そのものが割とありきたりなのも、わかった上でのセルフケアなのではないだろうか。


ここまで書いた末に一つだけ言えるのは、可能ならばお気持ちはインターネットではなく、机の中のジャポニカ学習帳か、誰も接続できないEvernoteにとどめておいた方がいい、ということだ。さもなくば、僕のような性悪が現れておもちゃにしてしまうからだ。


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コメント (2)
拝読しました。ありがとうございます。一点お伺いします。「RPがなってない~」のRPはロールプレイの略でしょうか?
>「RPがなってない~」のRPはロールプレイの略でしょうか?
そのとおりです。
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