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入道雲の思い出

 今日はアイドルのイベントを観るために地元のライブハウスに行った(めっちゃ良かった)。秋田の魔夜中保健室、WIL・D・CONSENSUS、仙台の凛々しくも臨界に咲くARTERIAの3マンだった。いつからかアイドルの方達との対バンが増えていって、自ら観に行く機会も多くなった。表現の形が自分とは全く異なってすごく勉強になる。
 彼ら彼女らは、歌うけれども、「シンガー」とは名乗らないし、踊るけれども、「ダンサー」とは名乗らない。
 その場にあるすべて、歌もダンスも表情も衣装も照明も音響も、お客さんやスタッフさえ、その箱にあるあらゆる事象を巻き込んで表現するのが「アイドル」というアーティストなのかなと思った。バンドマン、弾き語り、アイドルなど、それぞれ特有の表現をもってステージに立つのって、種族によって剣術だったり魔法だったりで戦い方が違うファンタジーの世界みたいで、なんかイイね(?)。

 ただ、そのイベントに行く前に、少し野暮用があったので、1時間近く運転した。コンビニでアイスコーヒーを買って飲みながら、のんびりとしたドライブをした。
 そうして運転している間ずっと、目の前に入道雲が見えていた。
 大きな雲だった。
 実は、僕はあの雲に乗って地上を眺めたことが、一度だけあるのだ。

 小学生の頃、夏休みのある日、カラスに襟元を掴まれて、そのまま風船みたいにふわふわと空を飛んでいってしまったことがあった。カラスといえば、恐い、とか、イタズラ好き、とか、ずる賢いみたいなネガティブな印象を持つのが普通だろうが、僕の実家にはインコがいたので、カラスに対して「可愛い」と思えてしまう感性が育っていた。近くで見ると、つぶらな瞳でなんて可愛いんだと思った。触ると意外に毛並みはふわふわなんだなと思った。あと人間を持ち上げられるくらいだから、本当にめちゃくちゃ握力が強かった。全ての鳥飼いの目には、どんな鳥類も愛おしく映るものなのである。
 それから徐々に高度が上がっていくと、水平線があっという間に歪んでいってしまった。地球は、やっぱり丸いんだなと思った。まるで、神様にでも出会ったかのような感情を覚えた。その感情が、落っこちてしまう恐怖よりも勝った。ちょうど夕暮れ時で、オレンジ色に染まっていたその景色は、まるで目の前に巨大な絵画が現れたかのように幻想的だった。おそらく地上では一生出会えない芸術だった。
 そうしてカラスに連れられてあっという間に入道雲の上まで到達した頃には、まじでジェットコースターも乗れないのに、高すぎていよいよ死んだと思った。っていうか本当は死んでから行くところだったんじゃないかな、多分。今考えると普通にお邪魔してしまったな。
  入道雲に乗ってみた感想は、思ってたよりも全然固いな、だった。なんというか全体的に硬いというよりも、繊維の一本一本がスチールウールみたいにチクチクしていた。触ると見た目によらず金属たわしのような感触だった(あまり知りたくなかった)。ただこれは後から聞いた話だが、それほど硬い天然の雲は入道雲ぐらいらしく(他の雲よりも形がくっきりして見えるのはその為。輪郭が作りやすいのだ)、すじ雲やしらす雲なんかは、羽毛のようにふわっふわらしい。それで作った布団でいつか寝てみたい。ちなみにうろこ雲は、天界での諸々の儀式で使われるようで、神様が歩けるように人工的(という表現が合ってるか分からん)に等間隔に配置し直されて、さらに歩いたところが硬くなる特殊な加工が施されているようだ。天界の人たちも意外に工夫して生活しているんだな。
 そういえばあの時、すっかり雲に夢中だったけど、あのカラス、いつのまにかいなくなってたな。
 そして周りには、写真が塊になってところどころに落ちているのが見えた。
 どの写真をみても知らない人が写っていたけれど、おそらく同一人物の、子供の頃からおじいさんおばあさんになるまでの写真がまとまっていた。なるほど、このようにして、人間の走馬灯の素材を誰かが準備してくれていたのだなと気づいたのは、もっと後のことだった。
 そうしてしばらく雲を触ったり眺めたりちぎって投げたり(申し訳ない)して遊んだ後、目の前が、陽炎みたいにぼんやりしているのが分かった。辺りをよくよく見渡すとあちらこちらにその陽炎はあって、よく見るとそれらは、それぞれ人型になっていた。
 正直ものすごく怖かった。多分天界の住人さんかなんかだったんだろう。でも自分は死んでないから、はっきり観測することができなかったのだと思う(ちなみに霊感はびっくりするほど皆無だ)。
 その目の前にいた人は、俺に何を言いたかったんだろうな。恐ろしさのあまり、脳裏にこびりついている。
 それからその場を離れて、あちらこちらにいる陽炎になるべく近寄らないように迂回しつつ、地上に戻る方法を探していた(が、正直パニックだった)。今考えると、その時歩き回っていた雲の、足裏の感触は、固かったりふわふわだったりしていた気がする。近すぎて分からなかったけど、おそらく色々な種類の雲を歩いていたんだと思う。うろこ雲、まじで歩いてないと良いな。
 それでも陽炎はあちらこちらに立っていた。恐怖と歩き回った疲れで、心身ともに限界に達していた。
 でも一つだけ、妙に小さな陽炎が少し先にいるのが分かった。
 そしてそいつは、僕を見つけるや否や、こちらを向いてものすごい勢いでダッシュしてきた。
 明らかに異様だった。けれでもその時の僕は、なぜかそいつに対してだけは恐怖を微塵も感じなかった。
 ……っていうところで雲の上での記憶は、なぜかそこで途切れている。


 気づいたら、実家にある古い犬小屋に腰掛けて空を眺めていた。
 そういえばあの時は、ちょうどお盆くらいの時期だったな。


全部が虚の妄想日記 #1 「入道雲の思い出」
2024/08/16

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